第3話 災難
突然ですが、今から俺は自殺まがいなことをしようとおもう。だが安心してほしい。決して俺が生への執着を捨てたわけではない。まさかの不可抗力がこのような形で現れるとは、この世界はどうやら植物に大層厳しいらしい。こんなことになってしまったけれど、もし生き残ることができれば、今度こそ慢心をしないようにしよう。慢心せずして何が王かとかいう人いるけど別に王になりたいわけじゃないからやはり慢心しないのが一番である。
しっかし、油断大敵とはよくいったものだ。人、気を抜くとろくなことにならない。植物でもそういうことは適用されるようで。まぁ心だけは人間のままで、人間であることを諦めるつもりはないが。そうして、俺は半身を宙に浮かしつつ、崖の下にある川を眺めているこの状況についてなのだが。
(まぁ、大丈夫か)
俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物俺は植物
今だけは心までも植物になって欲しかった。ほら、植物人間って恐怖とか感じていなさそうではないか。酷く論点がずれた考えではあったが、違う意味で植物人間である俺にとっては無縁の話である。とはいえ、今の状況で長考はまずい。これから取る行動の選択肢だって一つしか思い当たらない。足に絡む泥が固まってしまえば、死ぬまでここから抜け出すことはできなくなってしまうかもしれない。そう自分に言い聞かせて、なんとか恐怖心を振り払って、意地になって引き止めてくれていた足を覆う泥を蹴って、川に向かって身を投げた。
あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ああぅっっっぐわぁぉぁぉぁぉ...... ぐっ...ぉ...ぁぷはっ
やはり恐怖心に打ち勝てることは叶わないらしい。目を瞑っていても、全身を包む不快な浮遊感から正気を保つのは酷であった。自由落下が怖すぎて叫んでしまった。
なぜここまで追い詰められたのか。こうしたにはわけがある。現実は奇なりとはいうが、つまらないことが多いのも事実。こうなった原因もつまらない出来事からの派生に過ぎないが、結果的に奇妙なことになってしまったのかもしれない。
時間を遡る。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ゲリラ豪雨のおかげで体が以前よりも少し動きやすくなり、周りの環境にすっかり適応した俺は少しずつ大胆になっていた。音がないからなんだ。それにみたところここはどうも生物が生息していないようだ。あくまでも推測だがここは植物の楽園だ。結構な距離を歩いたと思うが植物以外の存在はいまだに出会っていない。こんな短い脚でもちりも積もれば山となるとかなんとか。少なくとも数キロは移動した、と信じたい。もちろん周囲には相変わらず気を配っている。当初の絶望はもはや見る影もない。体調に問題はなく、むしろ好調とも言える。水源の探索で周りを物色しながら歩いていくうちに、俺は自分が呼吸していないことに気づいた。実際そう気が付くほど気が緩んでいたのだ。
『呼吸がない?なにせ鼻がないからな。ははっ。』
『いや、皮膚呼吸かもしれない。』
『ほら、植物だし、多少はね?』
などと頭のネジが飛んだようなことを考えていた。
そんなバカなこと考えてたところ、周りの異変に気がつけず、勢いよく横から近づいてくる土砂崩れに巻き込まれることについては断じて必然ではない。そう思う。
土砂崩れが近づいてきた際、それなりに音がするはずなのだが、どうやら俺は集中したら周りのことが見えない、聞こえないとの悪い癖があるようで、気がつけなかったらしい。というのは嘘で、まさかのこちらも音がなかった。だが幸運か不幸か、そのおかげというのも癪ではあるが、川が見えるところまで流された。ただしその立地には少し問題があった。
崖の先っちょなのである。泥が足を支えてくれるおかげで上半身が宙に浮いていて、実に恐怖を煽るシチュエーションとなっている。植物だから腹筋はいらないからいいものの、でないとすぐにでも落ちていたのかもしれない。細胞壁に感謝を。
というよりこの状況、うまく身動きが取れなくて、よく考えると飛び降りるしか選択肢がないんだよね。しかも急がないと泥が固まって、それこそ一巻の終わりである。心の準備はまだだが、このまま衰弱死っていうのは実に勘弁である。というよりまたあの激痛がくると思うと、今の恐怖など取るに足りないように感じた。
そして今に至る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
だいぶ流されたと思う。何とか途中でうまいこと木の枝に引っかかって、それをよじ登って何とか陸地に戻れたが、まさか川に流される枝の気持ちがわかる日が来るとは、人生何が起こるかわからないものだ。まさに命懸けの大冒険を終えた俺は完全に腰を抜かして地面にしがみついていた。奇妙なことにメンタルがやられて息絶え絶えのに反して身体は色彩を増し、つややかに、一歩間違えたら輝き始めそうだ。植物としてパワーアップしても素直に喜べないが、まぁ生きていくうえでマイナスになることもない。しばらく心を落ち着かせよう。
放心状態になってからだいぶ時間が経つ。
『、、明日、絶対筋肉痛....ぁっ』
そんな呑気な考えができるほど持ち直した。やはりこの森には動物がいない。一通り探索して来てそう判断した俺は一気に体中の力が抜けていくことを実感する。そうと分かればもう怖いものはない。木の根っこに寄り添って、葉っぱに隠れるようにして座り込んだ。気を抜いたせいなのか先程から強い眠気を感じる。植物でも休息が必要なのかと思ったら、動けるんだから休む必要があるに決まってるでしょとか、そもそも植物ってずっと休んでるんじゃないの?などと考えているうちにどうやらうまく眠りにつけたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます