第6話 キャニーシャさんと適当に誤魔化すミケさん

 キャニーシャさんの相棒ホワイトドラゴンのミケさんの具合が悪いらしい。


 真夜中、キャニーシャさんに呼ばれ、慌てて俺はシバジロウを抱きかかえて彼女の自室へと向かった。


 彼女の部屋でミケさんは寝台に横たわって寝ていた。お腹を上下に動かしているから眠っているように見えた。外傷はなさそうだが、どうしたのだろうか。


 キャニーシャさんは寝台の傍に立ち、青い顔でミケさんを見つめている。


「一体何があったんだ? 眠っているように見えるけど……」


 そう彼女に近づきながら俺が問いかけるとキャニーシャさんは顔を曇らせながら言った。


「ミケが起きないのよ」


 なんだって?


「もう丸二日も寝たままなの。きっと何か起きたんだわ。でも私にはわからなくて……」


 キャニーシャさんがうな垂れて苦しそうに言う。


 昨日、ミケさんを見かけないと思ったら、そういうことか。二日も寝たままなのは心配してしまうな。


 抱いていたシバジロウに「何かわからないか?」と問いかけてはみたものの、さすがのシバジロウは「?」とキョトンとしている。


 うむむ、シバジロウにも現状がわからないようだ。

 当たり前か、シバジロウは医者じゃないもんな。


「魔獣病院はには連絡した? とりあえず医者に診てもらおう」


「夜中だけど……ええ、緊急なら対応してくれると思うわ」


「じゃあそうしよう。キャニーシャさん、俺がミケさんを抱きかかえるから――」


「いいわ、私がする。だってミケのことは私が面倒をみるべきだから。気を遣ってくれて、ありがとう」


 少しでもミケさんと離れたくないのだろう。その気持ちはわかる。俺もシバジロウが病気になったときは、ずっと傍にいたかった。なら、ここは彼女の気持ちを尊重してあげるべきだろう。


 そこでキャニーシャさんは弱々しく笑った。


「ええ、……ごめんなさい、ありがとう、リュウ。病院のことも思い浮かばなかったわ、こんな状態じゃ駄目ね。私がもっとミケに気を遣ってあげていたら」


 キャニーシャさんがミケさんを抱き上げながら言った。

 ミケさんは寝台から抱え上げられたというのに、クタリとした様子で何の反応も示さない。


 一体、ミケさんはどうしてしまったというのか。


 嫌な予感に自然と身体が震えてしまう。


 俺ですらこれほどに不安が募ってしまうのだ。キャニーシャさんはそれ以上だろう。


「やっぱり私は未熟だからミケに負担をかけてしまったのかしら」


 不安そうに胸に抱いたミケさんを見ながら言う彼女に、俺は彼女を部屋から出るように促しながらも言った。


「そんなことはないと思うけど……キャニーシャさんは頑張っているよ」


「そうかしら」


 キャニーシャさんは俺の言葉に納得していないようだ。

 だがミケさんがこんな状態なら仕方ないだろう。


 部屋から廊下に出ながらも彼女は暗い声で言った。


「最近、ミケに甘えてばかりだったの。会話も通じるようになったから言わなくても大丈夫かなって思えることが多くなっていて……無意識に気を遣わなくていいように考えてしまっていたのかもしれないわ。結果、ミケに負担をかけてしまっていたのかも。反省しないといけないわね……」


 なるべく足音を立てないように廊下を素早く歩きながら彼女は言う。


「どうしたんだ、キャニーシャさんらしくない。でも心配するのはよくわかる」


 俺だって、シバジロウがずっと伏せったままだと心配になってしまうからな。

 そんな俺の言葉に彼女は再び俯いた。歩きながらも言う。


「もし私の未熟さが原因でミケに何かあったらどうしよう」


「大丈夫だ、自分のできることをしよう」


「でも……」


 キャニーシャさんはますます暗い声を出す。


 俺は困ってしまう。どうにかして彼女を手助けしたいのに。


 無力感で暗い気持ちになりかけた俺に、キャニーシャさんがゆっくりと顔を持ち上げながら言った。


「……でも、とか繰り返すのは良くないわよね」


 いつも通りの輝きが彼女の双眸に宿った。弱々しいながらも俺に笑いかけてくる。


「わかったわ、私、ミケのために頑張ってみる。とにかくまずは病院よね、それから……」


『必要ない』


「ミケ!」


 ミケさんの声がした。

 見るとミケさんはムクリと顔を持ち上げていた。意外と平気そうな顔をしている。


「ど、どうしたの……ああ、じゃなくて……」


 咎めるようなミケさんの視線に、自分が人間の言葉で話しかけようとしていることに気付いたのか、コホンとキャニーシャさんは咳払いをすると、たどたどしい古代語で話しかけた。


『ど、どどどど、どうしたの、元気になったの? 大丈夫なの?』


『どうしたもこうしたもない。少し疲れたから二日間ほど眠るといわなかったか? お前は聞いていなかったのか?』


『……あれ、そうだったかしら』


『……あれ、話していなかったか……』


 その時、俺は先程の彼女の言葉を思い出していた。



 ――最近、ミケに甘えてばかりだったの。会話も通じるようになったから言わなくても大丈夫かなって思えることが多くなっていて……



 もしかしてミケさんも同じだったのでは?


 キャニーシャさんに甘えて、本来は伝えなきゃいけないことをそのつもりになって忘れてしまったのでは?


 もしそうだとしたら、キャニーシャさんとミケさんは似たもの同士、というか――

 思った以上に仲良くなっているのでは?


『ええと、聞いていなかっただけなのかしら、私?』


『……』


 キャニーシャさんの問いかけに、ミケさんは目をパチパチして首を傾げた。おっ

と、とぼけているぞ、ミケさん。わかりやすく誤魔化しすぎて逆に誤魔化しになっていない。


 キャニーシャさんも、そんなミケの態度に気付いたのか、すっと無表情になった。


 不満げに言葉を続ける。


『やっぱりミケってば、私に話していなかったりするのかしら?』


『そうかもしれないな』


『そうかも……って、とっても他人事のように言うのね、ミケったら』


 プンとでも言いそうな顔でキャニーシャさんは歩くのをやめた。

 足下にミケさんを降ろすと、彼は居心地悪げにキャニーシャさんの部屋に戻っていく。


『ちょ、ちょっと待って、ミケ。まだ話は終わってないのよ』


『……』


 おっと、ミケさんはキャニーシャさんの言葉を露骨に無視しているようだ。いや、無視というよりはどういう反応をしていいかわからず、とりあえず何事もなかったように振る舞おうとしているほうが正しいか。


『もう、ミケってば意地悪。心配したんだから』


 キャニーシャさんは慌ててミケさんのあとを追いかける。


 でも、その横顔はいつもの元気な様子に戻っていた。


 不器用なミケさんの意外な一面を見た気がして、俺は思わず頬を弛ませてしまったのだった。

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