マメシバ頼りの魔獣使役者ライフ ~俺の相棒が異世界最強になりまして ~

ファミ通文庫

第1話 エメラルダさんとキマイラの春休み

「さて、リュウ。春休みはどう過ごすのか決まった?」


 俺は隣に座っていた金髪美少女のキャニーシャさんに話しかけられてドキリとした。


 ここはガルダーム学園にある、空き教室。


 ガルダームは、数多の国から魔獣使役者を目指す子どもたちが集うほど有名な学園都市であり、巨大な島国でもある。人間だけでなく様々な種類の魔獣も生息している場所だ。


 俺に話しかけてきた美少女はレティシア国のお姫様であるキャニーシャさん。リュウと呼ばれた俺は彼女の専任騎士をつとめている。


 輝くような笑みを浮かべた彼女に対して俺の気持ちは暗いままだ。


 一週間後から春休みに入るのだが、キャニーシャさんから課せられた宿題がまだ終わっていない。


 宿題――それは春休みの過ごし方だった。


 新学期が始まるまでは、どう過ごしてもいいらしく、俺はキャニーシャさんの専任騎士として判断は任せると告げたのだが、その言葉に彼女は納得しなかった。


 専任騎士としての仕事も大事だが、俺の気持ちを踏まえた上で一緒に春休みを過ごしたいというのだ。だから期日内に春休みをどう過ごすか考えてほしいといわれていた。


 キャニーシャさんは俺の顔を見て心配そうに言った。


「もう、たしかに専任騎士としての立場は大事だけど、私はリュウに立派な魔獣使役者になってほしいの。だからちゃんと自分で今後のことを考えてほしいのよ」


「そうだな、俺はシバジロウにふさわしい相棒……魔獣使役者にならないといけないからな」


 さて、どうしたものか。


 考え込む俺を見てキャニーシャさんはクスリと笑った。


 俺は日本人だったがこの異世界に転生して、今は魔獣使役者育成学校に通っている。

 相棒はシバジロウという名の黒柴犬で、今は俺の足下の鞄に入っている。


 その鞄を持ち上げて膝の上で開けると、中からシバジロウが顔を覗かせた。

 不安げにあちこち見回して俺の膝の臭いをクンクン嗅いだあと、ゆっくりと上を向く。ぱあ、と愛らしく笑うシバジロウを見て俺は幸せな気分になる。


 どんなふうに過ごしてもシバジロウと一緒なら大丈夫だ。


 シバジロウがいたから俺は異世界での色々な苦難を乗り越えられた。


 キャニーシャさんを狙う暗殺者に襲撃されたけどシバジロウの力で撃退できた。そのあとも試験コロシアムという行事で悪しきものによる爆発に巻き込まれたときも助けられし、バハムートの眷属であり闇の子どもと呼ばれる悪しき魔獣との戦いになったときも無事に勝つことができた。


 全てはシバジロウのおかげだ。

 だからこそ俺は隣に立つふさわしい存在にならないと。


 キャニーシャさんが笑いながら言った。


「……なら答えは出ているじゃない。シバジロウちゃんと過ごせばいいのよ。私と一緒に勉強の時間に使いましょう!」


 彼女の明るい言葉に俺の気持ちも晴れる。


「ああ、よろしく頼むよ」


 難しく考えることはなかった。シバジロウを見るとキャニーシャさんと同じように楽しそうに笑っている。どうやら俺の答えにシバジロウも賛成してくれているようだ。


「……でも、こんなギリギリに決めてキャニーシャさんのほうは大丈夫なのか? ほら、お姫様だし色々あるんじゃないか?」


「お父様に何か言われるかもって心配してくれているの? 大丈夫、そこは私が何とか言いくるめておいたから」


 俺の問いにキャニーシャさんはウフフと声を出して笑った。


 その反応をみるに、どうも無理矢理何とかしたように思えるが、ここは彼女を信用しよう。俺もキャニーシャさんと一緒にここで勉強したいしな。


 勉強といえば――


「他のみんなはどう過ごすのかな?」


 クラスメイトたちのことが気になる。


「……うーん、エメラルダさんは里帰りするんじゃないかしら、あんなこともあったわけだし」


 そう、先日のバハムートの眷属、闇の子どもと呼ばれる魔獣を封印から目覚めさせて悪巧みをしたのはクラスメイトであるエメラルダさんの叔父だったのだ。


 彼女がどうするかも気になるし、今夜辺りエメラルダさんに会いに行ってみよう。


                 ☆ ☆ ☆


 夜、俺は寮の廊下でエメラルダさんとバッタリ出くわした。


 エメラルダさんは俺と同じドラゴン寮に住んでいる。 長い髪にエメラルドグリーンの瞳、モノクルが印象的な可愛い女の子だ。


「奇遇、そして幸運。私、リューちゃんに用事があったの。実は頼みたいことがあって……」


  俺が春休みの予定を聞くと、エメラルダさんは珍しく柔らかく笑いながら俺に話しかけてくる。


「春休みは魔獣と使役者を高め合うためにあるから。君のシバジロウを借りてキマイラで試したいことがあるの」


 そう言ってエメラルダさんは足下にいる、自分の使役魔獣キマイラを抱きかかえて悪そうな笑みを浮かべる。


 キマイラはガタガタと手足を震わせていた。


「なあ、キマイラの様子おかしくな……」


「おかしくない。気にしないで。リューちゃん」


 俺の言葉を遮ってエメラルダさんは唇を弛めたが目は笑ってない。


 な、なんだ?

 エメラルダさんは一体、何をしようとしているんだ?


                 ☆ ☆ ☆


 そうして春休み初日。

 フロアの角に位置するエメラルダさんの部屋に、シバジロウを伴って訪れていた。


「キマイラとシバジロウだけにして部屋に閉じ込めるの。同じように色んな魔獣と二人きりにしたんだけど、どうにもうまくいかなくて……喧嘩することもあって……」


 エメラルダさんはそう言って、シバジロウとキマイラを自室にあるソファーとテーブルしかない隣の部屋に閉じ込めた。


 どんな仕掛けか俺たちのいる部屋の壁からシバジロウたちのいる隣室が丸見えなのだ。まるで壁全体がマジックミラーになっているようだった。


 というかエメラルダさんの部屋は俺のと違ってかなり広い。

聞いてみると、学園に無理を言って特別に広い部屋にしてもらったらしい。

どうやら曰く付きの部屋らしく、学園側も簡単に了承してくれたそうだ。だから同じ寮の部屋といっても彼女だけ部屋数も多いうえ、色んな仕掛けもあるそうだ。


 ガタガタと震えるキマイラの態度を見るに、色んなことができるのだろう。


「色んな魔獣と交流したいとは聞いているけど、一体何をしたんだ。キマイラと二匹きりだとしてもシバジロウには危険ないと言ってたけど……」


 仕掛けからして大がかりだ。思いつきレベルではない。交流会と呼ぶには何かおかしい。彼女は何をしでかすつもりなのだろうか。

 不思議に思った俺にエメラルダさんは嘆息しながら言う。


「うん、交流会なのは最初に話したでしょ。キマイラは他の魔獣とのコミュニケーション能力が弱いから、それを補いたいの。シバジロウは普通の魔獣と違うし、人語も喋らないし、だからこそキマイラのコミュニケーション能力を高めることができるんじゃないかと思って。……それにしても……」


 エメラルダさんはソファーのクッションの上にフンと座っているシバジロウを観察しながら言った。


「どうしてシバジロウは君のほうを見つめているの? 向こうからはこっちの姿が見えないはずなのに」 


 魔力でも使って俺の存在を察知しているのか。


 シバジロウはフフンとしたドヤ顔で俺のほうに顔を向けている。


 何故だろうな。俺も不思議だ。

 試しに横に身体をずらしてみたが、シバジロウは俺が動いた方向にススーッと視線を向けてくる。


 エメラルダさんはヤレヤレといった顔で肩をすくめた。


「んもう、シバジロウはリューちゃんのこと気付いているじゃない。それに比べてキマイラときたら……私に気付いてほしい」


 エメラルダさんは床に伏せてシバジロウを見上げているキマイラに視線を向けた。キマイラは困惑したような表情だ。どうしていいかわからないといった様子にも見える。


 今にもキマイラたちのいる部屋に入っていきそうな雰囲気だったので俺はエメラルダさんの肩を優しく叩きながら彼女の気を鎮めようとした。


「エメラルダさん、これはあくまでキマイラのコミュニケーション能力向上のためだから。手を出したいかもしれないけど、ここはぐっと堪えて」


「そうだった! でも悔しい。シバジロウとリューちゃんは本当に仲が良いのね」


 エメラルダさんは唇を噛みしめているので、彼女の気を紛らわせるためにも俺は話題を逸らした。


「このまま観察するだけじゃないんだよな?」


「もちろん、ご飯を出して反応をみる。たくさん床にばらまかれたご飯にどう二体は反応するか……。さてキマイラはどうするかな」


 エメラルダさんはポケットからリモコンのような謎の物体を取り出すとスイッチを押した。どんな仕掛けか、ソファーの下から平たい皿に入ったドッグフードのようなものが出てきた。


 キマイラが普段食べている餌なのだろうか。キマイラはひょこっと首を持ち上げて餌のほうにトントンと跳ねるような足取りで餌に向かい、ハムハムと食べ始める。


 ところが――


 ぴょんと床に降りたシバジロウが割り込んで、貪るようにしてムシャムシャと凄まじい速さで餌を食べはじめる。


 ゆっくりと噛むようにして食べていたキマイラは唖然として横にいるシバジロウを眺めている。やがて我に返ったキマイラはむっとした顔で丸めた手をシバジロウに叩き込んだ。


 キマイラ、猫パンチしているぞ。


 シバジロウは驚いたように一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに気にしないでガツガツ飲み込むようにご飯を食べはじめた。キマイラはまさか食事を再開すると思わなかったのかポカンと口を開けている。


 キマイラは両手でシバジロウの顔を挟み込むように、さらに猫パンチをした。


 シバジロウはチラとキマイラをみると、口の中いっぱいに餌を頬張って、素早く壁の隅のほうに駆け寄った。キマイラと距離を取ったことを確認したシバジロウはキマイラに注意を払いつつもムシャムシャしはじめる。


「もう、理不尽な暴力は駄目なのに。キマイラったら私の目がなくなると、私との約束を破っちゃうんだ」


 いつも冷静なエメラルダさんが珍しく感情的になっているぞ。


 理不尽じゃない、正当な行動だと思うが。


 シバジロウが餌を独り占めにしているわけだしな。


「シバジロウががっつきすぎてるだけで、キマイラは悪くない……次のアクションにいこう」


「むむ。わかった。ご飯の次は玩具を出してみる」


 再びエメラルダさんがリモコンめいたいもののスイッチを押した。そうするとソファーの下からポンとフワフワもこもこした茶色のボールが飛び出てきた。


 餌を食べ終わったシバジロウは目を輝かせながらボールに飛びつく。


 キマイラは餌を満足に食べきれなかったことをいまだ気にしているのか、伏せながら餌の入っていた皿を凝視している。


「玩具に反応したのはシバジロウだけ……」


 エメラルダさんが愕然として呟く。


「キマイラ、遊んでくれない。シバジロウと一緒に遊んでくれることを期待したのに……」


 俯いたエメラルダさんの拳はかたく握りしめられている。


「キマイラの馬鹿……」


 素早く顔を上げたエメラルダさんは、


「もういい! 私がキマイラと遊んでくる。ここで待っていてね、リューちゃん」


 そう言ってキマイラたちのいる隣の部屋に駆け込もうとした。


「エメラルダさん我慢だ。あくまで魔獣同士のコミュニケーションを見たいんだろう」


「うう、わかった、我慢する」


 エメラルダさんは目をぎゅっと瞑って身体を小さく震わせた。


 エメラルダさん、プライベートではキマイラにベタベタに甘いんだな。

 彼女の意外な一面が見られてホッコリしする。


 向こうの部屋でキマイラはシバジロウがコロコロとボールとじゃれている様子を眺めている。


 キマイラはボールがそうやって遊ぶものだと気付いたらしい。シバジロウのほうにトコトコと近づいてボールを見ようとしたが、シバジロウは取られると思ったのかボールをくわえてキマイラと距離を取る。


 そんなシバジロウをキマイラは悲しそうに見つめている。


 まったくシバジロウの独占欲ときたら。


 キマイラと一緒に遊ぶくらいの気持ちになってくれたら。


 そう俺がハラハラしているとシバジロウが俺を一瞥した。意味ありげな視線に不思議な気持ちになる。


 シバジロウはチラとキマイラを見るとボールをくわえたまま、少しだけキマイラに近づく。何をしていいわからないキマイラの困惑に気付いたのか、バッと上半身を屈めてプレイバウの姿勢をとった。キマイラはというとプレイバウの姿勢を真似をして、ゆっくりと身を伏せた。


 エメラルダさんが目を見開いて言った。


「真似っこしてる。キマイラ、シバジロウの動きを学習してる? もしかすると今回はうまくいくかも?」


 エメラルダさんの言う通り、キマイラはシバジロウと交流しようとしているようだ。

 かなりの進展ではないだろうが。


「それで次のアクションは何だ」


 少しだけ興奮しながらそう言うと、エメラルダさんはフンと鼻息荒く言った。


「今度は部屋の温度を下げてみる」


 さきほどのリモコンめいたものを握ってポチリとスイッチを押す。


 黙ってシバジロウたちの様子を見守った。

 寒くなってきたのかシバジロウがボールをポイッと投げ捨てた。辺りをキョロキョロと眺めはじめる。


 エメラルダさんは腕組みしながら言った。


「さて、どうする? シバジロウは魔力で何とかしそうだけどキマイラは微妙な体温変化はできないはずだからシバジロウと協力して解決してくれないと……」


 キマイラは小刻みに身体を震わせはじめた。毛が逆立っている。どうしようか困っているのか尻尾をパタパタ揺らしはじめた。


 シバジロウがそんなキマイラにゆっくりと近づいた。キマイラは戸惑うようにそれを見つつ拒む様子はない。シバジロウはキマイラに寄り添うようにして座る。


 キマイラはシバジロウが何もしてこないのを悟ったようで、戸惑いつつもそのまま身を委ねて伏せる。そうして安心したように鼻をピクピクと動かした。


「……」

「……」


 俺とエメラルダさんは顔を見合わせた。


「……やっぱり、へ、部屋の中に入っちゃ駄目かな」

「しばらくそっとしておいてあげよう」


 そう俺が言うとエメラルダさんは頬を弛ませながらコクンと頷くのだった。

 彼女は鏡ごしの向こうの部屋を見つめて、頬に両手を添えて無言で足踏みしている。


 とっても喜んでいるようだから、彼女についても、そっとしておいてあげよう。

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