第4話 ダーグナーさんとお見送りするシバジロウ
春休みのある日、俺はダーグナーさんに空き教室に呼ばれていた。
ダーグナーさんは裏生徒会と呼ばれる組織の一員で、俺やキャニーシャさんと因縁のある先輩だ。とくにキャニーシャさんの元専任騎士候補であり、どうやら俺は彼からマイナスな意味で特別な感情を持たれているようだ。
そういっても、いくら考えても今、彼に呼び出しを受ける理由がわからなかった。
シバジロウを鞄の中に入れたまま教室のドアの前で躊躇していると鞄の中身がガタガタ動いた。外に出たがっているのだ。
鞄から出したシバジロウを抱え上げてドアを開く。
教室には壁に背を預けたダーグナーさんがいた。その肩の辺りに小型化したブラックドラゴンがふわふわと浮き上がっている。
俺はジタバタするシバジロウに向かって、
「大人しくしないと鞄に入れるからな。わかったなら、ちゃんとするんだぞ」
そう言うとシバジロウはフンと鼻息を吸い込んだ。
本当にちゃんとわかっているのだろうか。俺は不安になりながらもシバジロウを地面に降ろした。シバジロウは俺の足下をウロウロフンフンしていたが変に暴れる素振りはなさそうだ。そう安心してシバジロウから目を離した瞬間、シバジロウは素早くダーグナーさんの足下のほうへ駆け寄った。
「わあ! こらっ、シバジロウ!」
真っ直ぐダーグナーさんへと向かったシバジロウを俺は拾い上げた。
ダーグナーさんが責めるような響きで言う。
「おい、きちんと魔獣を制御しろ。……鞄の中に閉じ込めておくのが通常運用なら俺のときでもそうするべきだろうが」
「いや、最近、シバジロウは外に出たくて。とくにダーグナーさんの臭いがわかったら暴れ出すんだよな」
「暴れ出すんだよな、と他人事のように言うな」
ダーグナーさんの言葉に俺は苦笑する。
再びシバジロウは暴れ出した。とにかく今は昂ぶった気持ちを解放したいらしい。
俺はシバジロウの目を見つめながら「どうしたら大人しくしてくれるんだ」と言ったがシバジロウは首を傾げるばかりだ。すぐにバタバタ手足を振り回し始める。
これは一度走り回さないと駄目か。
俺はヤレヤレと肩を動かしながらシバジロウを放す。
「おい、なんで舌の根も乾かぬうちにシバジロウを自由にするんだ」
「走ろうとする素振りを見せたら、すかさず抱っこするから大丈夫だよ。少し走れば大人しくなると思うから、すまない。それにシバジロウは俺の周りをウロウロしているだけで、ダーグナーさんには迷惑をかけていないだろうから……」
「そういう問題じゃない」
ダーグナーさんは苛々している。ダーグナーさんの苛立ちもわかるが、俺はとにかく用事を済ませたい。
「――そもそも、どうして俺を呼び出したんだ」
尋ねたがダーグナーさんは無言のままだ。
シバジロウは相変わらず教室内をウロウロ動き回っている。
俺がダーグナーさんへの対応に困っているとダーグナーさんがウロウロするシバジロウを指差した。
「おい、なんでこいつは周囲をウロウロしているんだ」
「いや、部屋を探索したいんだと……」
「今は真面目な話をしようとしている。そいつを大人しくさせろ」
まだ話すら始まっていないのだが。ダーグナーさんがそう言うなら仕方ない。
「わかった。おいで、シバジロウ。もうあちこち動き回るでないよ。うーむ、膝の上で抱っこしたら落ち着くのかい?」
俺は椅子に座るとシバジロウを膝の上に置いた。するとシバジロウは俺にゆったりと身体を預けてくれる。この選択肢は正しかったらしい。俺の腕に顎を乗せてフンと眠たそうだ。
ダーグナーさんだけ立たせるのは申し訳ないが、シバジロウを大人しくさせるためだ。大目に見てほしい。
膝の上に乗せるにはシバジロウは少し大きいが、ダーグナーさんと会話する間くらいなら何とかなるだろう。
「おい」
「――え?」
どうやらまだダーグナーさんは不機嫌のようだ。舌打ちでもしそうな顔で告げる。
「魔獣使役者として、そんなふうに魔獣に接していいと思っているのか?」
「これが俺にとってのシバジロウへのスタンダードな接し方だからな。大体、普段は
もっと酷いぞ?」
「――酷い?」
ダーグナーさんの眉毛が徐々に吊り上がってくる。
どうしてそんなにダーグナーさんは怒っているのか正直サッパリわからないが、聞かれたことには答えておくことにする。
「本来の魔獣と使役者の関係がどんなものかはわからないけど、俺とシバジロウはずっとこうして来たんだ。シバジロウは我が儘だけど、俺の話は聞いてくれている。これが俺とシバジロウにとって一番楽しい関わり方なんだ」
「愛玩動物と相棒の意味が兼ねられると思ったら大間違いだ。最初に言っておくが――」
きっぱりとダーグナーさんは俺の言葉を切り捨てた。
「魔獣使役者がどういう立ち位置なのか、お前はわかっているのか?」
「わかっている。何よりも誰よりも魔獣のことを考える存在だ」
ダーグナーさんは深く嘆息した。軽蔑したような目で俺に問いかける。
「もし魔獣を犠牲にして人を救わなければいけない場合はどうする? その時も魔獣への愛がどうのこうのと、曖昧な概念を振りかざす気か?」
「シバジロウを信用する気持ちがあれば、そんな状況も覆せるはずだ」
「……」
ダーグナーさんは額を指でぐりぐりと押した。頭が痛いとでもいうような顔だ。
「お前に仮定を言ったところで無駄のようだな。……ただお前はバハムートの子孫である闇の仔どもを倒した実績がある。その実績を認める必要はある……それに大体……」
そこでダーグナーさんは俺の鞄に目をやった。
「いつも鞄に入れて閉じ込めるというのはどうかと……」
「シバジロウの魔力にみんなびっくりすると思ったんだけど……そうだな。もう不要かな?」
「そいつの凄さはもう知っている。今更隠す必要などない。そうやって外に出たがるというのであれば好きにさせてやるべきだろう」
「それもそうだな」
ダーグナーさんの意見に俺は頷いた。
するとダーグナーさんは壁から身を離すと俺の横を通り過ぎようとする。
「あの、結局ダーグナーさんは俺に何のようが……」
「もう、終わった」
どういうことだ?
そんな俺の気持ちが伝わったのだろう。彼は呆れたような顔で首だけこちらに向けながら言った。
「闇の仔どもを倒したというから、その影響のでかさを自覚するべきだと警告したかったのだが、警告する以前の問題だな。もっと魔獣の使い方を含めて精神的に鍛え直せ」
「ええと、つまりダーグナーさんなりのお節介?」
素直に感想を口にしてしまうとダーグナーさんが嫌そうな顔をした。
ハアとため息をついたダーグナーさんは足を動かそうとしたが――
シバジロウが膝から飛び降りたかと思うと、そのまま壁まで駆けていった。シバジロウはピョンと飛び跳ねて壁をドンと蹴り飛ばして部屋の中を走り回る。最後には俺の膝の上に前足をタッチしてくる。どうやら抱っこともう一つをお願いしているようだ。だから俺はシバジロウを抱え上げてダーグナーさんへと近づいた。
「おい待て」
ダーグナーさんから戸惑いの声が上がる。
「何故、なんだ、それは」
「お見送り」
「違う! そういうことを言いたいわけではない……」
「だってシバジロウがダーグナーさんを見送りたいって」
「はあ?」
意味がわからないといった顔だ。
シバジロウは誰かの見送りがしたいときはアチコチ駆け回って抱っこをしろとアピールするのだ。抱っこをすると、お見送りしたい相手を凝視する。ご機嫌なときは身を乗り出して鼻をフンフンする。その行為が楽しいらしい。
「シバジロウはダーグナーさんが気に入っているんだよ」
そう俺が言うとダーグナーさんは、これまでになく嫌な顔をしたのだった。
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