某は、小人に会う

 んー、んー?

 うーん、おかしい。何故だ。


「師匠、どうされたんですか?」


 ん、ああ、すまん。この森どうにもおかしいと思ってな。

 入る前の目測では、間違いなくここまで長い物では無かったはずなのだが・・・。

 どう考えても既に抜けていなくてはおかしい。

 いや、これはまさか誘導されているのか?


「ここ数日、ずっと森の中ですもんね」


 うむ。食料に事欠かぬのは良いのだが、ずっと森の中は飽きる。

 人間の使う道でもないせいで、余計に何もないただの森だ。

 物珍しい物と言えば、小動物の魔獣ぐらい物であったしの。


「あれは驚きました。リスの魔獣なんているんですね」


 うむ、小柄ながら中々の力であった。

 まさかリスのくせに樹木を引き抜いて投げて来るとは予想外であったわ。

 クマや猿の魔獣などは似たような事をしてきた事が有ったが、あの大きさでもそんな事が出来るものなんだの。

 某の様に見た目通りの力しかない者にとっては実に羨ましい事だ。


「え、いや、あー」


 む、どうした弟子よ。何かあったか?


「あ、いえ、何でも無いです」


 む、そうか? ならば良いのだが。

 さて、どうしたものか。ここまでどうにもならぬならばいっそ飛んでいくしかないか?

 いや、まだ体力的に余裕は有るし、森で迷う事はいつもの事だ。

 もうしばらく歩いてからでも良かろう。弟子の修行にもなるしの。


 ・・・む、今何か、人間の声が聞こえたような気が。

 弟子よ、聞こえなかったか?


「聞こえました。でも音が跳ねてどこからかは・・・」


 ふむ・・・んー・・・良し、こっちだ。弟子よ、付いて来い。


「はい、師匠。良く解りますね」


 まあ某、耳の良さにも少々自信が有る故な。森の中を歩くのも慣れた物だ。

 とはいえ知らぬ森に入れば、暫く迷うのはいつもの事であるがな。

 迷うも醍醐味と思い、知らぬ動植物を見つけるのも楽しい物だぞ?

 以前何やら紫色に光るキノコを食べてえらい目にあったがの。


「し、師匠、そういう無茶は止めましょうよ」


 魔法で解毒すれば何とかなると思ったんだがな。いや、何とかはなったのだぞ?

 ただ解毒までの時間、地獄のような苦しみにのたうち回っただけで。

 あ、だが味は良かったぞ。なかなか面白い味わいで毒さえなければもう一度食べたいと思っておる。


「師匠・・・」


 何だその残念な物を見る目は。生物として生まれた以上、食べられるならば食べてみたいではないか。

 人間達にも毒物を食べている者も居る。人間に出来るなら我ら猫にもできる筈だ。


「いや、それでも毒は毒だと思うんですけど・・・」


 何だ細かい男だな。もうちょっとおおらかに生きるが生を楽しく生きるコツぞ?

 お、人間の娘が居たぞ。先の声はあの人間のようだな。このあたりの子供であろうか。

 周囲にあの子供以外居る気配がないが、森の中に子供一人とは不用心だな。

 娘よ、こんな森に一人でなにをしておる。この森には魔獣もでるゆえ、一人では危険ぞ。


「え、なに、猫? 何でこんな森の奥に猫が?」


 む、すまぬ、驚かせてしまったか?

 某はただの旅猫よ。とくに人間を害す気は無い故、あまり警戒されるな。

 こやつは某の弟子故、同じく問題ない。

 それに某は人と良く関わるでの。あまり人を狩る気は起きぬのだ。


「えーと、うん、なんか凄い喋るね、君」


 うむ、挨拶は大事故な。とはいえ某は猫の中でも特におしゃべりの様だが。

 そういう性格なのだ。すまぬ。

 だがしかし、こうやって会話をする事で色々と聞ける事も有って、楽しい物だぞ?


「うーん、なんか良く解んないけど、もしかして君迷ったの?」


 うむ。ここ数日森から出れておらぬな。ここまで広い森な筈はないのだが。

 娘よ、お主はこの森になれておるのか?

 もしよければ道案内をお願いしたいのだが。


「んー、ついて来る? 猫さん」


 お、有りがたい。じゃあついて行かせて貰おうかの。

 足取りから察するに森には慣れておる様子に見えるが、お主の家はこの森から近いのか?

 子供が一人歩くというのは少し不安が有るが、親は知っておるのか?


「あはは、良くしゃべるねぇ。君」


 ううむ、偶には黙ろうかと思う時も有るのだが、どうにも黙っておれんのだ。

 母上にもよく少し黙れないのかと叱られたものだ。

 結局この性格は変わる事が無く、諦められてしまったようだが。


「お友達は余り喋らないんだね」


 うむ、弟子の事かの。弟子は必要なとき以外あまりしゃべらんな。

 無口という訳では無いのだが、あまり必要のない雑談は好まぬようでな。

 あまり気にしないでやってくれると助かる。


「あはは、仲いいねぇ、君達」


 それは勿論。某を慕っていてくれるのだからな。しっかりと面倒を見ているとも。

 む、なんだ、この辺り、何か様子がおかしい様な・・・。

 娘よ、大丈夫か? 本当にこの道で会っているのか?


「あら、もしかして猫さん解るの?」


 む、という事はやはり何か有るのか。

 どうやら事象を知っている様だな。ならば心配する必要もないか。


「ちょっとまってねー。よっと」


 む、鍵? 実在する物では無いな、あれは。魔法で作り上げた鍵か。

 ふむ、何となく読めてきたぞ。

 この森、何かしらの結界を張っておるのか。


「ちょーっとまってってねー。今開けるから」


 おお、鍵を差し込んだ所から空間が開くとな。

 なるほどなるほど、幻覚の類であったか。おそらくここにたどり着けぬように誘導されておったようだな。

 むう、某もまだまだ未熟であるの。この程度も見破れぬとは。


「ほら、猫さんどうぞー」


 お、すまぬな。ではお邪魔しよう・・・む?

 なんだここは。村なのだろうが・・・大人がおらぬような・・・。

 この辺りに大人がおらぬだけか? いや、そう広くない村に見えるが、大人らしき存在が見えん。

 娘よ、この村には大人がおらぬのか?


「ん、どしたの猫さ―――」

「おかえりー!」

「お母さんおかえりー!」

「あら、ただいま。変わりなかった?」

「うん、何にも問題な・・・なにこの子」


 ・・・母だと? ん、某耳がおかしくなったか?

 弟子よ、いまかけてきた子供らが、この娘に母と言ったような気がするのだが気のせいかの?


「いえ、自分も母と言ったように聞こえました」


 そうか、某の幻聴では無かったか。

 いや、おかしいであろう。どうみてもこの娘、母と呼んだ子らと同じ大きさだぞ。

 どう考えてもこの娘も子供であろう。


「お母さん、なんかすごくにゃあにゃあ言ってるけど、これなにー?」

「初めて見るー。何この動物―」

「この子たちは猫っていうのよ。森にはすんでないはずだから、珍しいから連れてきちゃった」

「猫―!」

「ねこー!」


 む、この森には猫が住んでおらぬのか。

 ふむ、成程、某を案内したのはそれも理由であったのか。

 しかしそれにしても、この子らへの対応・・・本当にお主母親なのか?

 あ、こ、こら、髭を引っ張るでない。こら尻尾を握るな!


「はいはい、猫さん嫌がってるからやめようねー」

「えー?」

「え―じゃない。お母さんのいう事が聞けないの?」

「はーい・・・」

「ん、よろしい」


 ふう、酷い目にあった。

 しかし、どうやら本当に母親のようだな。

 むう、という事はもしや、周囲に見える者達も見た目が子供なだけの大人か?


「ごめんね猫さん。さて、ようこそ小人族の村へ。とりあえずお家に行こうかしら」


 小人族とな。ふむ、普通の人間では無いのか。

 なるほど、という事はこの娘、見た目より年を取っている可能性が有るな。

 そういえば以前同じように小さい種族に世話に案った事が有る。その時の連中はやたらとガタイが良かったが。

 まあ、素直について行くとするか。








「お帰り。どうだった?・・・む、何だその猫は」

「ただいま。この子たち森で迷子だったみたいだから拾って来た」

「ふむ、この森で猫とは珍しいな」

「でしょ」


 この少年も子供に見えるが・・・会話から察するに同年代なのだろうな。

 人間は見た目である程度年齢を把握できるが、この種族はさっぱり解らんな。

 まあよいか、特に困るわけでも無し。

 では、お邪魔するぞ。


「あはは、いらっしゃい」

「良く喋るこでしょ」

「そうだね。それにもう一匹の猫は珍しい色だね」

「そうね、赤い猫なんて滅多に見かけないわね。この子は無口だけど」


 ふむ、確かに赤い毛皮の猫は余りおらぬが・・・成体になれば赤い鱗が立派な猫も居るぞ?

 兄弟にもとても光り輝くような綺麗な赤い鱗の者が居る故な。

 日中に羽ばたく時のきらめきと言えば、とても素晴らしい物であった。


「・・・で、どうだった?」

「全然だめだったわ。話にならない」

「そうか・・・」

「どうする、いくら何でも森を潰されたら結界の維持は出来ないわ」

「移るしかないか・・・」

「そうね、辛いけど、それしかないかもしれないわ」


 む、どうしたのだ、何の話をしている?

 もし何か困っているのならば微力ながら某が力になろうぞ?


「ん、ああごめんな――――ー」


 なんだ、今何か不思議な衝撃が走ったような・・・。

 何が起こった。


「あなた、子供たち見てて!」

「解った!」

「お母さん!」

「おとうさん、おかあさん大丈夫?」

「ああ、だいじょぶうだ。お母さんはこの村で一番強いんだから」


 むう、何か事件のようだな。あの娘の慌てようは只事では無かった。

 弟子よ、我らも行くぞ!


「はい、師匠!」


「あ、ちょっと・・・大丈夫かなあの猫たち・・・」








「貴方達、つけてたのね!」

「こんな所に住処が有りましたか」


 結界が消えておるな。先の衝撃はそれが原因か。

 どうやらあの男の仕業のようだな。

 しかし、後ろにいる連中から察するに、おそらくどこかの軍隊か。

 あの人数が傍にいて物音が聞こえとは、何かそういった音を隠す道具でも有るのかもしれんな。

 いや、単にそういう魔法を使える物でもいるのかもしれんの。


「出て行くなら見逃してあげるわよ」

「おやおや怖い。ですがこれを見てもそんな事が言えますか?」

「なっ!」


 ・・・あの男、子供を人質にとるか。

 いや、見た目が同じなので解らぬが、どちらにせよあの者は非戦闘員のようだ。

 刃を突きつけられ、刃から目が離せないあたり荒事には慣れておるまい。


「卑怯よ・・・!」

「そちらこそ。この森は我らの国の管轄だ。勝手に住んでいるお前たちの方が卑怯ではないか?」

「ふざけないで!私達は何百年も前からずっとここに住んでいるのよ!」

「人間様の開拓の邪魔になる弱小種族の事情など知った事か。まあ安心するがいい。このまま貴様らは国の為の労働力として使ってやる。いやお前たちははずっとその見た目なのだし、良い値段で売れるか」

「あなた・・・!」


 ふむ、成程。

 おそらく人間の国が資材を求めて森を切り開き、もともと住んでいた小人たちの住処を追いやっているという所か。

 以前似た様な事に遭遇したが、どの国に行ってもこのような事が絶えぬな。


 人間以外の種族は基本的に生まれた地の周辺から動かぬが、人間達はどんどんとその縄張りを広げようとする。

 数が多く、なせることが多いせいかもしれぬが、現地の者達をあまりに蔑ろにするのは頂けぬな。

 何より種族が違おうとも、おぬしらは言葉の通じるもの同士ではないか。何故そうも一方的な要求を突きつけようとする。

 この森においてはこの小人たちの方が先輩であろうに。


「な、何だこの猫は」

「ね、猫さん?」


 某はただの猫故、おぬしら人間の様に金だの種族内での蹴落とし合いだのはあまり解らん。

 だが解らぬなりに解る事が有る。人間は解り合える生き物でもあると。

 優しき人間も居ると知っておる。そのような事をせず、解り合おうと手を取る気は無いか?


「く、何だこの猫は!ええいうっとおしい!」


 おっと、蹴られてはかなわん。この身は未熟な体故、まともに蹴られてしまえば人間の蹴りでもかなり痛いのでな。

 しかし、解ってくれぬか。残念だ。

 まあ、軍隊を率いてた種族を排除しようなどとする者達だ。話して解ってくれるとは思わなかったが、出来れば話し合いで解決したかったものだ。

 弟子よ!奴に噛みつけ!


「はい、師匠!」


「ぐあ、いっつ!」


 良し、某に意識が言っていた故、上手く行った。そこの小人よ、今の内だ!逃げよ!


「う、うわあ!」

「く、しまった!」


 よしよし、これで人質はおらぬ。形勢逆転であるな。

 さて、お互いの立場が同等になったところでもう一度話といこうか。

 ―――うを!?


「うわぁ!」

「ぎゃぁあ!!」


 ・・・人間が吹き飛んでいくの。

 風の魔法か。それも大分強力であるな。なるほど、人質を取るわけだ。

 あの娘、相当強い。


「もう人質は居ないわ。貴方達、覚悟は良い?」

「くっ、だが私がやられたところで結果は変わらんぞ!」

「・・・そうでしょうね」


 悔しそうな顔で男を睨んでいるな。某には良く解らぬが、あの男を追い出すだけでは解決しないのであろうな。

 ・・・致し方ない。某が少し手を貸してやるとしようか。

 少々連中を脅してやるとしようか!


「な、なんだ、何が起こっている。何だこの化け物は!」

「っ!何!?あなた猫じゃ無かったの!?」


 ふふふ、驚いておる驚いておる。

 さてもうひと驚きして貰おうか。


「―――――――――――――――!!」


 周辺が振動で震えるほどの咆哮をあげ、人間達を睨む。

 震えて動けぬ者、へたり込むもの。中には失神している者もいるの。

 む、しまった、小人たちも怖がらせてしまっておるな。


 まあよいか。さて人間達よ、某は誇り高き猫だ。この地を守護する猫だ。

 もしこの小人たちにむやみに手を出すのならば、某も相手になるぞ?

 なあ、そうであろう、小人の戦士よ。


「え、あ、えっと、味方してくれるの?」


 うむ、そうなるの。

 まあ成り行きだ。人質などという行為が少し気に食わなかった故な。

 そういう訳だ、人間達よ、どうするかね?


「ひっ、こ、小人の制圧だけって話だったのに!」

「に、にげろっ!」

「あ、き、貴様ら!くうっ!」


 ふむ、この間の要塞都市の兵と違って精神が貧弱だのう。

 まあよい、その程度の方がやり易かろうて。


「兵士は戦意喪失してるみたいだけど、どうするの?」

「くっ、はったりだ!お前たち御得意の幻覚か何かだろう!それに幻覚で無かったとしてもそんな化け物がお前たちに従うはずが―――」


 おっと、おしゃべりが長いので思わず雷を落としてしまったぞ。

 おお、運が良いの。どうやらけが人は少なめの様だ。


「か、雷の魔法?そんな、馬鹿な」

「・・・これを見てもこれが幻覚だと?この子がこの森を守る者じゃ無いと?」

「う、うわああああ!」


 おー、逃げ足が早い早い。あの手の連中は攻める時は強気な癖に、不利になるとすぐ逃げるの。

 まあおそらく信念など無く、欲望だけで動いておるのだろうが。

 さて、奴らが見えなくなるまではこの姿のままでいるか。







「ありがとね、猫さん。猫さんで良いのよね? 大きくなってもずっとにゃあにゃあ喋ってたし」


 うむ、猫で間違っておらぬ。

 しかし、やはりこの地を離れるのか? 折角追い払ったというのに。

 一から村を作るのも、安住の地を探すのも大変であろう。


「多分猫さん、きっと頭の良い猫さんなんだろうね。助けてくれたのは本当に有りがたかったしスカッとした。

 けど多分、あいつら暫くしたらきっとまた来ると思うの。多分次は猫さんの退治も考えると思う。だからあたしたちはここを離れるしかないんだけど、猫さんはどうする?」


 そうか・・・。やはり人間は面倒なものだな。

 すまぬな、某がここに定住するならば追い返すことも出来たが、某は旅を続けたいのだ。

 もしまた縁がつながれば、その時は手を貸そうぞ。


「そっか、猫さん行くんだね。じゃあね、ありがとう。また会えると良いね。元気でね、猫さん」


 ああ、そうだの。お主も元気でな。また縁があれば、な。

 さて、弟子よ行くとするか。


「はい、師匠」


「あ、そっちの赤い猫さんもアリガトねー。じゃあねー!」


 との事らしいぞ、弟子よ。


「自分は師匠の言葉に従っただけですので」


 ふふ、そうか。まあ良い。

 弟子が感謝されるは、何故か某も嬉しい物だな。


 さて、某はしがらみ無く旅を続けるとするかの。

 某は猫ゆえに―――。

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