某は、要塞都市に行く

「師匠、俺の背中に乗ってくれても良いんですよ?」


 む?

 まあそれも悪くは無いと思うが、自分の足で道を踏みしめてこそ、旅だと思っている故な。

 乗った事のない乗り物等に乗る場合は別だが、空は某も飛べるでの。

 もし急ぎの時が有れば、乗せて貰うとしよう。


「はい、解りました」


 うむ。しかしいやに畏まったの、お主。

 最初に出会った時の悪態が嘘のようではないか。

 いや、そちらの方がお主の本質であったか?


「まあ、誰も頼れませんでしたから、強く有ろうと無理はしてましたね」


 同族同士であのような様子では、確かに気も安らぐまいな。

 その点、某は幸せ者だったのかもしれん。

 母上は優しく、兄弟たちもとても優しい者達であった。


 一族は知を与え合い、力を研鑽しあい、そしてともに力を貸してあって生きていく。

 それもこれも、長である母上の力量故の事かもしれぬが。


「師匠の母君は、そこまでなのですか?」


 おうとも。母上はとても素晴らしいお方だ。

 里で母上を尊敬せぬ猫など、一匹もおらなんだ。

 某も例にもれず、母上を尊敬しておる。


 目を瞑れば今でも思い出す。あの母上の厳かな佇まい。

 鋭く、だが優しさを含む眼光。ありとあらゆるものを圧倒するあの体躯。

 そして何よりも、あの魔法の技術の高さ。


 今でこそ、某は魔法で母上に勝つことも出来る様になったが、その母上がたたき上げてくれたからこその某である。

 感謝も、尊敬も、どれだけしても足りぬ。


「羨ましいですね。俺もそこで生まれたかったです」


 ふふ、某の誇りよ。

 あの里の者である事こそが、某の自信の源よ。

 っと、話しているうちにどうやら森を抜けるようだな。

 お主が言っていた街は、あれか?


「はい、以前傍に寄ったときは、人間が言う、矢という物をぶつけられ、その上何か硬い丸い物を大小ぶつけられました」


 ふむ、やはり人間は成猫にはきびいの。

 いやまあ、それはどうしても、しょうがないのかもしれんな。


 我らは他者の命を狩り取って生きる者。

 彼らも食われたくないのだ、自分達よりも大きい者に攻撃するは致し方なしか。

 それにしても、矢はともかく、大小の硬い物とはなんだ?


「上の方にある、黒い物が見えますか?あれから大きい物が出てきたんです」


 む、どれどれ。ふむ、あれか。

 なるほどの。おぬしはその時はどうしたのだ?


「流石に痛くて。そこまで無理して人間を狩るなら、森で狩った方が楽だと、森に帰りました」


 ふむ、猫としてはいささか情けないと、少々思わないでもないが。

 だがそれが正解だな。あれはなかなか危険故、未熟者があまりに近づけば、叩き落とされていたであろう。


「師匠はあれが何か知っているんですか?」


 あれは人間たちが使う道具で、大砲という物だ。おそらく小さい物は銃という物であろうな。

 某も数度向けられて、えらい目にあった事が有る。

 母上に鍛えられておらねば、今頃皮をはがれ、毛皮になっていたであろうな。


「あれを正面から突破したんですか?」


 まあ、諸事情あって、突破せざるを得なくてな。

 攻撃する気は無かったのだがな・・・。

 とはいえ、攻撃して来たからには返さねば、この身が危なかったのでな。

 攻撃は全て、暴風で弾き飛ばさせてもらった。


 まあ、そのような昔話は良いとしてだ。

 お主を町に入れるために、魔法をかけるとしよう。


「俺に、ですか?」


 うむ、小さな村ならば、攻撃されることもそうないが、あの手の街では成長した我らは嫌われているでな。

 幼猫の姿を取るが良いだろう。どれ、他者にかけるは慣れておらぬが・・・。

 お、いけるものだ。


「お、おお・・・」


 どうだ、その姿ならば、攻撃されまい。

 某が大きくなった時と同じように、お主の赤い鱗を赤い毛皮にしてみた。

 少し動いてみよ。違和感はないか?


「はい、問題なさそうなんですけど・・・なんかこう、鱗が無いのは不安ですね」


 それに関しては案ずるな。ほれ、叩いても痛くなかろう。

 某の場合は完全に成猫に変化する魔法だが、お主にかけたのはただ姿を変える魔法だ。

 その性質は殆ど変わっておらん。その姿でもそこそこの動きが出来る筈だ。


「こんな魔法、見た事も無いですよ」


 この魔法に関しては、某のオリジナルで、母上に教えたぐらいだからの。

 ただ悔しいのは、某が季節が一度めぐる程時間をかけたというのに、母上は三日で習得されおった。

 流石と思う反面、悔しくてたまらぬ。

 いやまあ、それはよいか。とりあえず街に向かうとしよう


「はい、師匠」








「なんだか、物々しいですね。武装した人間たちが多い」


 そのようだな。何やらえらく騒がしい。

 何か事件でも有ったのかの。

 そこな青年よ、一体何が有ったのだ。


「ん、何だこの猫。野良にしてはえらく人懐っこいな」


 まあ、某は旅も長く、人とも多くかかわっている故な。

 野生の者達と違い、様々な面白きものを作り出す人間は見てて面白い故、良く関わろうとするのよ。

 これがなかなかに飽きぬ。最近の目的は、あの車とか言うやつに乗る事なのだ。

 だがこれが何故か、車を持つ者は猫に厳しい者ばかりでな。いつも放り出されてしまう。

 まあ、此方が勝手に忍び込んでいる事ゆえに、その対応は致し方ないのだが。


「な、なんか凄くしゃべる猫だな」


 おお、すまぬ。訊ねておきながら、また長々と自分の事を喋ってしまった。

 某の悪い癖だ。許されよ。

 で、青年、一体なぜ、この街はこのように物々しいのだ?


「うーん、何か良く解らないけど、とりあえずうちに来るか?」


 ふむ、お主の家で詳しい話を聞かせてくれるという事かな?

 あいわかった。では弟子よ、この青年について行くとしよう。


「はい、わかりました」


「ん、そっちの子もなのか。・・・赤い猫って珍しいな。まあいいや、ミルクぐらいは飲ませてやるよ」


 おお、これはすまぬ。話を聞かせて頂けるどころか、ミルクまで。

 どうやら青年は良い人間のようだの。

 では、よろしく頼むよ。







「お帰りなさい、あらその猫は?」

「来るかい?って言ったら、ついてきたんだ。とりあえずミルクだけでもあげようかなって」

「あらあら。声をかけただけでついて来るなんて、賢い猫ね。それともあなたが好かれたのかしら?」

「さて、どっちかな」


 ふむ、青年のご家族の方かな?

 見た所年若い女性。青年より少し上にみえるの。姉上・・かの?


「はい、どうぞ、猫さん達。ミルクよ」


 やや、これは申し訳ない。入って早々に催促したようで気が引けるの。

 だがお気遣いは有りがたく受けるが礼儀。頂くとしよう。

 うむ、久々に飲むミルクは美味い。感謝するぞ、お嬢さん。


「ねえ、なんだか一昨日から兵士が騒がしい理由は、教えて貰えた?」

「ああ、それが、近くで大きな魔法が観測されたって大騒ぎなんだよ。危険な魔獣でも現れたのかもしれないって、バタバタしてるんだ」

「ああ、それでなのね。そんなに近くなの?」

「近くも近くさ。友人に聞いたら、あの大きな雷と大雨はどちらも魔法らしい」


 ・・・何やらものすごく身に覚えのある話がされておる気がするの。


「奇遇ですね。自分もそんな気がしてました」


 はやりか。おそらく今のは某の魔法の事だの。

 うーむ、そうか、魔獣だと思われてしまっていたか。

 それは申し訳ない事をした。ならば街の物々しさも理解できる。

 しかしなぜ、あれを魔法と断じられたのであろうか。

 遠くから見たのならば、自然現象にも見えなくは無い筈なのだが。


「ただそれで、友人が困った事になっていてね」

「どうかしたの?」

「魔法を観測して、危険を察知する装置を作った本人なんだが、彼は敵が多くてね。今回調査に出た兵たちからの中間報告では、特に異常なしとの事らしくて、機械の不良ではないのかって責められてるんだ」

「そんな、危険察知の為なんだから、異常なしでも別に良いじゃない」

「危険察知の道具がまともに使えてないのであれば、彼は今まで国に嘘をついて金を貰っていたって言い出した馬鹿な連中がいるらしい。今回の観測の規模はおかしいってね。さらに馬鹿な事にそれが通りかけてる」

「そんな、でも今までは彼の道具で助かっていたのに」

「その今までを見ずに、彼を引きずり落として、彼の功績と利益だけを奪おうとしているのさ。正式に観測ミスと判断されれば、彼は彼の持つ権利も剥奪されかねない」

「ひどい・・・」


 ふむ、兵を出しておったのか。道中人に一度も会わなかったが、まあ森の中ゆえそうそう簡単に出会えるはずも無いか?

 とはいえ、人間が兵を出したというからには、それなりの数の筈だが。

 何やら少し気になるな。


 青年、ミルクは馳走になった。某は気になる事が出来た故、申し訳ないが失礼する。

 弟子よ、付いて来い。


「はい、師匠」


「お、もういくのか?」

「あはは、やっぱり猫って気ままねぇ」







 ここか、物々しいのう。しかしこの町は武装が多い。

 周囲は堀と二重の塀に囲まれておるし・・・こういう街を要塞都市と言ったか?

 さてさて、目的の人物はどこに居るのかの。


「師匠はどうされるおつもりなのですか?」


 うーむ、人間は身分が高くなるときらびやかな家に住む種族故、あの大きな建物に住んでいる物が責任者の住む家だと思うのだ。

 そこで某の魔法を説明して、先程の青年の友人の疑念を晴らしてやろうと思っての。


「ですが師匠、それでは、おそらく・・・その」


 ・・・解っておるよ。流石に某もそこまで馬鹿ではない。

 おそらく某はこの街から追われる身となろう。

 世の中心優しき人間ばかりではない。特にこのような街ではな。

 某が幼猫であれば気にせずとも、その力をみせれば攻撃されよう。


「ですが、師匠。師匠がなぜそこまで」


 感謝には、礼を返さねばならん。

 恩義には、それ相応の事を返さねばならん。

 それが道理だ。


 先程の青年は見ず知らずの某に良くしてくれた。

 そして青年の友人が困っておる。某にはそれだけで理由には十分よ。

 街の見学が暫くできんのは少々残念だが、致し方なかろう。


 これが、某の。

 いや、母上に教えられた道理よ。

 弟子よ、お主も誇り高き猫を目指すならば、この道理に生きられる者になれ。


「は、はい、師匠!」


 うむ、良い返事だ。では行くとしようかの。








「くくく、これでアイツが失脚すれば、あいつの権利は私の物になる」

「ええ、あの装置は様々な国で、街で使われています。利益は莫大でしょう」

「昔は権利をあやつにやってしまった事を後悔したが、国防に関わるミスを理由にその地位を降格させれば、奴にはその権利は無くなる」

「あの男も、訳の分からない道具の開発費に使っているようですし、我らの私腹にしたところで何も変わりますまい」

「中央には、あやつが自ら辞め、私に譲ったという様に作っておけよ?」

「ええ、もちろんです」


 ・・・何とも、解り易いやつらよの。

 そしてすさまじく解り易いタイミングで来てしまったの。


「あれが、その友人の男の敵でしょうか」


 まあ、間違いなかろう。

 しかし、これでは説明して解って貰うのは不可能だの。

 なにせ、こういった事にきちんと対処すべき人間が腐っておるのだから。

 まあ、それならそれで、良いだろう。やりようはある。


「何をされるのですか?」


 まあ、見ておるがいい。

 よっと、やあやあ、領主殿、中々に腹の黒い人間性をしておるの。

 某、領主と名乗る人間に何度かあったが、お主はその仕事を全うできぬ男の様だ。


「な、何だこの猫は、いったいどこから入った」

「兵よ!猫をつまみ出せ!」


 ふむ、話すら聞く気が無いか。

 なるほど、だがしかしそうはいかんのだよ。この程度の人数何の苦にもならん。

 兵よ、お主らには恨みは無いが、少々眠って貰おうか。

 なに、雷の魔法で少々痺れて貰うだけよ!


「ぐあぁ!」

「があああ!」

「ぎゃっ!」


 ふん、他愛ない。

 外からならばともかく、入ってしまえば要塞都市もあっけない物よな。

 さて、この兵のありさまは貴様のせいであるぞ。

 貴様が無駄な欲を出し、某を監視できる存在を蔑ろにしたせいである。

 貴様も雷をその罰として受けるがいい!


「ひぎゃああああ!」


 ま、とりあえずこんなものかの。

 おい、弟子よ、降りてくるのだ。


「はい師匠」


 さて、今ので、観測機は機能しておるのかの。

 しておるならば、駆けつけてくると思うのだが。

 お、大量の人が、駆け付けて来おるの。

 弟子よ、窓際に立つのだ。某も隣に立つ。


「領主様!こちらにおかしな魔力を観測―――」


 ふむ、お仕事ご苦労。

 観測装置のおかげで間に合ってしまったか。

 まあよい、某は少々うっぷん晴らしをしたかっただけなので、これで帰らせて頂く。


「な、なんだ、ね、猫達が大きく・・・!」

「こ、これ、森で観測した魔力とそっくりな波形が出てる!」

「まさか、あれが!?」

「もしあの人が早急に気が付かねば、今頃領主様は死んでいたのでは・・・。」


 さて、某にはあずかり知らぬこと。

 だが多勢に無勢では、やっていられん。

 さらばだ兵士諸君!行くぞ弟子よ!


「はい師匠!」


「大砲だ!銃もありったけ用意しろ!」

「倒せなくても良い!街の外に追い出せ!」


 全力で逃げるぞ弟子よ!街中で撃たせては、街に被害が出る!

 あの青年の家でも潰れたら夢見が悪い!


「はい、師匠!」


 全く、久々の街をゆっくりと見物したかったというのに、ままならぬ。

 まあ、こういう事も有ろう。

 義には義で。礼には礼で通すのが某の生き方よ。

 某は、猫ゆえに―――。

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