某は、同族に会う

 ふむ、退屈だ。街が見えぬ。

 ここまで長々と街にたどり着けぬのは久々で、あまりに退屈だ。

 行けども行けども山道ではないか。

 これならばそろそろ海を見るのも飽きたなどと言わずに、海の傍を進むべきであったか。


 まあ、そのおかげで腹が減る事が無いのは好ましいが。

 虫も小動物も沢山いるので、以前の様に空腹で困る事は無い。

 む、なんだ、何やら騒がしいな。


 森がざわめいておる。いや。震えておるのか?

 ・・・これはまるで、母上が狩りに出ている時の森の様だ。

 ふむ、もしかしたら、同族がこの森に居るのかもしれんな。


 もし同族の縄張りなのだとしたら、挨拶に行かねば。

 この辺りには匂いが薄いゆえ、もう少し離れたところをねぐらにしているのだろうな。


 お、やはり同族の縄張りであったか。

 立派な羽を広げて吠えておるわ。

 うむ、久々に聞く同族の声は、いささか兄弟を思い出し、懐かしく思うな。


 いやいや、いかんいかん。

 某は世界を見ようと旅を始めたのだ。

 母上と兄弟を恋しいと思うような、そんな情けない事はあってはいかん。

 そのような様では、母上に叱られてしまう。


 おや、何やらあやつ、こちらに落ちて来るな。

 丁度良い、挨拶をしておくか。

 お、なんだ、何か様子が、こちらに突っ込んでくるよう・・・・おおおおお!?


 あ、あやつ某を攻撃してきおった!

 なんだ、そんなに縄張りに入られたことが気に食わなかったのか!?

 もうちょっとで腹が真っ二つになるとこで有ったわ!

 身体強化をしなければ避けられなかったぞ!


「すばしっこい猫だ。隠れもせず堂々と歩く間抜けかと思えば・・・遊び相手には丁度いいか」


 あ、遊び相手だと?

 貴様、某を遊びで真っ二つにするつもりだったのか!

 縄張りに勝手に入った謝罪と挨拶をするつもりであったが、気が変わった。

 その性根、少々叩き直してくれる!


「ふん、口の回る猫だ。貴様がごとき小さき存在が、われらにどうや―――」


 奴が喋り終わる前に落雷を叩き落す!口上が長いわ!


「なっ!くっ、こいつ、なんなんだこのふざけた猫は!」


 ちぃ!躱しよったか!

 当たっていればそのまま畳みかけてやったと言うに!


「こいつ、魔法を使うのか!猫ごときが!」


 何を訳の分からぬことを!猫だから魔法を使うのではないか!

 我ら猫は、世界の覇王!

 生命の頂点に立つ者!その力は身体能力に頼らぬからこそであろう!


「貴様こそ何を訳の分からぬことを!いいだろう、ならばこちらも本気で相手になってやろう!」


 あやつ、火球を放ってきおった。

 火の魔法だと? 馬鹿者が。このような森の中で使えば火が回り、大火事になるであろうが!

 仕方がないが、某が消すしかないか。火球を躱さずに水の魔法を正面から叩きつけ、完全に火を飲み込み、そのまま奴にもぶつけてくれる!


「なっ、俺の火球を――――」


 ふん、どうやら今度は躱せなかったようだな。水に叩きつけられ落ちていきおった。

 自身の力を過信しすぎだ、馬鹿者め。

 その程度の魔法では、母上のしごきには一切耐えられんぞ。


 さて、あの程度で猫が死にはすまい。

 少々説教をたれに行ってやるか。








 お、おったおった。やはり頑丈だな。あの程度の高さから落ちたぐらいでは、大したことはなさそうだな。

 某も早くそれ位になりたいものだ。


「く、このくそ猫がぁ!」


 はっはっは。そのような様で凄んでも何の迫力も無いわ。

 某を怖がらせたければ、母上並みの迫力でやってくるのだな。


「な、何なんだ貴様!このような強い猫、見た事もないわ!一体貴様は何なのだ!」


 ふむ?

 どうやらこの辺りの猫はあまり強くないのか。

 いや、母上と兄弟が強すぎるだけなのか?

 そういえば、お主、母上とは少々形が違うような気がするの。


「猫の親なぞ持った事は無い!」


 ・・・ふむ、なるほど、そういう事であったか。

 お主、某の様に魔法を鍛えてくれる者がおらなんだか。

 それでは礼儀も何も無かろうな。同族相手に警告なしで攻撃を仕掛けるのも致し方なかろう。


「・・・お前はいったい何を言っている?」


 よかろう!某が直々にお主を鍛えてやろう!

 なに、某この通りの体躯ゆえ、身体能力に自信はないが、魔法は大得意だ!


「だ、だから、一体何の話をしてるんだよ!」


 む、だから言っているではないか。お主の魔法が貧弱故、鍛え直してやろうと言っているのだ。

 喜べ、母上直伝の魔法を教えて貰えるなど、名誉な事だぞ。

 なにせ母上は、郷では長を務めている偉大な猫だからな。


「ね、猫の長だからどうした、俺は貴様の教えなぞ・・・!」


 強情なやつよの。だがその様では・・・む、咆哮?

 もう一体居たのか。ここはお主の縄張りでは無かったのか?


「あ、あいつ、こんなとこまで・・・」


 ふむ、どうやら知り合いの用ではあるが、あまり良好とはいえぬと見た。

 こちらにやってくるようだが、あやつはいきなり襲ってくるようすは無い様だの。


「よう、見てたぜ。何にやられたのか知らねえが、綺麗に叩き落されてたじゃねえか」

「何の用だ・・・!」

「いやなぁ、その様じゃ、この辺は荷が重いだろ?俺が貰ってやるよ」

「この間も俺の縄張りを奪ったくせに・・・!」


 ふむ、どうやら縄張り争いのようだな。

 こやつら、某の里の者と違い、同族同士は余り仲が良くないのだな。

 猫の社会も様々であるの。


「っぷは、何だよお前、弱っちいからって、小さな猫とお友達にでもなったのか!?あっはっは、こりゃいい!」

「くっ、てめぇ・・・!」

「あ?誰に向かっててめえなんて言ってんだ、ああ!?」

「うっ・・く・・・・」


 ふむ、力関係は見ていればはっきり分かるが、ちと頂けぬな。

 お主、どれだけ強いのかは知らぬが、同胞の面倒も見れぬ様なものは、いずれ同じように滅ぼされるぞ。


「ああ、何だこのくそ生意気な猫は。うぜえな。とりあえずそいつの嫌がらせに食ってやるか」


 ほうほう、そうかそうか。貴様、相当性根が腐っていると見える。

 いいだろう、相手になってやろう。

 久々に心底腹が立ったわ!無事な状態で帰れると思うな!


「な、なんだ、す、姿が変わって」


『――――――――――――――――――――!!』


 全力で咆哮をあげ、奴を威嚇する。

 同族に本気でやるのは本来気が引けるが、貴様のような者は別だ。

 猫として、誇り高き猫として、貴様の性根は許せるものではない!


「ぐっ、う、うるせえぇ!上等だ、相手になってやらぁ!!」


 ふん、腰が引けておるぞ。怖がっているのがまるわかりではないか。

 ほれ、かかってこぬか。貴様は弱い物にしか吠えられんのか!


「く、う、うるせええええ!」


 ほう、くるか、すくみ上らなかった事だけは褒めてやる。

 だがそんな物が、母上のような猫に通用すると思うな。

 奴の放つ前足を受け止め、逆の前足で思い切り殴りつける。

 加減なしで、思いっきり。


「がぁっ」


 おう、吹っ飛ぶ吹っ飛ぶ。

 だがそれでは済ましてやらんよ。特大の雷を食らえ!


「かっ―――――」


 ふむ、防御も出来ずにまともに食らいおったか。

 全く、猫の風上にも置けぬほど弱いやつだ。兄上たちならば、あそこから余裕で反撃してくるというのに。

 あ、しまった、雷で森に火が。いかんいかん、消さねば山火事になる。

 雨を、大雨を降らして消そう。ふう、危ない危ない。

 火球を説教しておきながら、某が火事にするとこで有ったわ。


「・・・なんなんだ、あんた」


 む? 某は旅猫よ。母上直伝の魔法を学んだ、少々成長の悪い猫よ。

 いずれ魔法を使わず、立派な成猫になりたいものだが、母上には難しいと言われておってな。

 故に、この未熟な体躯でも生きていける様、魔法だけは鍛えに鍛えたのよ。


「猫・・猫、なのか」


 うむ、何処からどう見ても猫であろう?

 故に、お主を同族として、手を指しのばしてやろうという訳だ。

 どうだ?


「お、俺もあんたみたいになれるのか?」


 やる気次第で有ろう。

 某は言った通り、これしか強くなる術が無かった。

 お主は恵まれた体躯が有る。努力すればきっと、某よりも強くなれるであろうよ。

 とはいえ、某は旅の途中故、鍛え切ってやることは出来ぬがな。


「・・・お、お願いします。俺も、その旅に連れて行って下さい!」


 ぬ、い、いや、だが、某の旅は目的のない旅故、ここには帰ってこぬぞ?

 お主の縄張りであろう?


「構いません!お願いします!」


 う、うむ、仕方ないの。

 あいわかった。おぬしの気持ち、しかと理解した。

 旅の同行を許す。


「ありがとうございます!」


 だが、その姿では街に入るのはいささか面倒では有るな。

 人間達は幼猫には甘いが、成猫には厳しい故な。

 まあ、街に近づいてから試すか。それまでは道すがら鍛えてやろう。


「はい!」


 まあ、旅の道連れが増えるのも醍醐味であろう。

 あまり気にせず楽しむ方が、某らしい。


 未熟な同族の面倒を見るのも義務であるしな。

 某は、猫ゆえに―――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る