某は、海に着く

 壮観である!

 もう一度いう、壮観である!

 なんだこれは!なんだこのでかい湖は!!

 素晴らしい!素晴らしいぞ!こんなに広い湖を見たのは初めてだ!

 世の中にはやはり見知らぬものが沢山あるな!


 ふう、感動のあまり叫んでしまった。

 喉が渇いたし、ちょうどいい。この水を飲ませてもらおう。

 どれ・・・・・・しょっぱ!ぺっぺっ!

 誰だこんなに大きい湖をしょっぱくできるほどの塩をぶちまけた大馬鹿者は!!


「なにやってんだオメエ」


 む?誰だ?

 なんだ、同族ではないか。

 何と言われても、某はこの湖に塩を入れた誰かに憤っておる。


「ばーか、逆だよ逆。塩をぶちまけたんじゃねえ、そっから塩が取れんだよ」


 なんと、塩はここからとっておるのか!?

 どうやって!?


「んなことオレが知るかよ。人間に聞け、人間に」


 ふむ。最もであるな。

 我々にそのようなことは必要ないゆえ、知らぬのは道理か。


「だいたいそれは湖じゃねえ。海っつうんだ」


 海、とな。ふむ湖ではないのか。

 なるほど、理解した。

 しかしすごいなこの広さは。どこまで続いているのか向こう側が全く見えん。

 某、かなり山奥で育ったのでな。

 こんな平地にこのような大きな水たまりがあることなぞ知らなかったのだ。

 いや、海とはすごいものであるな。


「変なヤツ・・・じゃあ、海の魚も食ったことねえだろ」


 海の魚?このしょっぱい水の中で魚が育つのか!

 それは興味がある!

 どこか取りやすいところがあるのか!?


「お前わざわざ山の中から歩いてきたってことは、腕っ節は多少自信があるんだろ?だったらいいところがあるぜ」


 おお、面白い。某腕には少々自信があるゆえ、それ相応の獲物を狩って見せよう。

 いいところに案内してくれる礼に、お主の分も狩って見せよう。


「いらねえよ。まあとりあえず付いて来い」








 ついて来いと言われついてきたが・・・なんなのだこの同族の量は。

 かなりの量がいるではないか。しかもうるさい。

 これでは狩りにならぬぞ。


「うるさいのはお前もだと思うけどな・・・まあ、あっち見てみな」


 むこうか?

 む、何だあれは・・船・・か?

 だが某が知っているものよりかなり大きいな。

 あの船が何か関係があるのか?


「大アリだ。ここの人間どもはな、漁から帰ってきたら取れた分のいくらかを俺たちに渡すんだよ

 それのいいところを取り合うために腕っ節がいるってことさ」


 なるほど、ここの人間たちはいい者達のようだな。

 某、我ら猫に優しい者には、好感を持てる。

 だが様子がおかしくはないか?

 戻ってくる船に魚が乗っておらぬように見えるが。


「そういや、戻ってくんのもはえーな・・・・」


 一番早く来たものに聞いてみるか。

 どうしたのだお主ら、魚が一匹ものっておらぬではないか。


「あー、集まってんな・・わるいなおめぇら。今日は魚をやれねえんだ。なにせ一匹も取れてねえ」

「悪いが散ってくれよー。ほかの連中も戻ってくるから踏まれちまうぞー」


 ふむ?釣れなかったのか?

 だがこ奴らだけでなく、他の者達も釣果がないというのはいかがなものか。


「なあ、どうする・・・誰が言いに行く・・・?」

「どうすっか・・でも誰かがいいに行かなきゃなんねえよな・・・」


 む、何か気が重そうだな。

 見れば戻ってきた他の物たちも何やら暗い顔をしておる。

 なにかあったか?


「あれ?あのバカがいねぇ・・・おい、おっさんども!あのバカの船はどうした!」


 む、どうしたのだ?

 誰かいなかったのか?


「俺のダチが戻ってきてねぇ!あいつも今日は一緒に漁に出たはずなんだ!おい、おっさん!」


「どうしたお前、今日はどんなに粘られてもないぞ?」

「おい、そいつ、あいつの猫じゃないか?」

「ん・・ああ、ほんとだ・・・・だからか」


「おい、なんだよ、どうしたんだよ、あいつどこに行ったんだよ!」


「お前のご主人はな、俺たちのために船食いの囮になったんだ」

「あいつのおかげで俺たちは生きてる・・・すまねぇ」


「おい、ふざけんな、冗談が過ぎるぞ!はなせあのバカを探しに行くんだ!」


「いてっ、お、おい!」

「探しに行った、のかな」

「・・・・かもな」

「気が重いな・・・あいつの嫁さんガキできてんだろ?」

「ああ・・・・ほんと馬鹿だよなあいつ・・・くそっ」


 船食い・・か・・。






 ここにいたか。


「・・・お前か、なんか用か」


 用、といえば用だ。


「なんだよ」


 仇を討ちたくはないか?


「・・・何言ってんだお前」


 仇を打たぬかと聞いておる。

 船食いとやらに食われたものはお主にとって大事なものだったのであろう?

 ならば、仇を討ってやろうではないか。


「ふざけんな!こっちゃ本気で落ち込んでんだよ!」


 フザケてなどおらぬ。

 某は真剣に問うておる。

 仇を討ちたくはないか?


「討ってどうすんだよ・・・んな事したって、あいつが戻ってくるわけじゃねえだろ」


 確かに、死んだ人間は戻らん。

 だがその魂は救われる。

 船食いに食われた人間はその魂も食われておるやも知れぬ。

 それを助くことぐらいは出来る。


「おい、なんだよそれ、どういうことだよ!」


 船食いは魔獣の一種と聞いた。

 魔獣は人の魂すらも食うといつか聞いたことがある。

 意味は出来たぞ?

 どうするのだ?


「・・・助けてやりてえよ・・けどな!俺は船を襲うような化物なんか倒せねんだよ!どうしろってんだよ・・・・!」


 猫ならば倒せるはずだ。お主は真に猫としての誇りがあるのならば。


「・・・お前何言ってんだ?」


 我ら猫は王者だ。他の命を狩り、食い、生きる。

 他者の命を自身の命とし、全ての動物を刈り取れる、生物の王者だ。

 その誇りさえあれば、やってやれないことなどない!


「おまえ、無茶言うな・・・すごいな、お前」


 ふふ、もっと褒め称えても良いのだよ?

 まあ、やる気になったなら即行動だ。


「なにか策があるんだな」


 うむ、船を使って船食いをおびき寄せる。

 よって船を出したいのだ。操縦は任せた。


「馬鹿かお前!猫が船動かせるわけねえだろ!」


 なん・・・だと・・・・!?

 お主、船や海について偉そうに語っておったではないか!


「あんなもんただの常識だ!たくっ、信じた先からバカバカしくなってき・・・ん?」


 どうした?

 む、船が出ようとしておるな・・・女、か?


「あいつ、何やってんだ!」


 あ、おい、まて、某も行くぞ!






「ばかねぇ、なんでついてきちゃったの」


「バカはお前だろ!なんで船出してんだ!化け物がいるんだぞ!」


「小舟出ちゃったし、波に流されてるし・・・もうお前を返しに行ってあげられないね。ごめんね?そっちのお友達も」


「ゴメンネじゃねえ!なにしてんだよ!」


 知り合いか?


「ダチの嫁だ」


 ああ、子がいるという。

 身重でこのような無理は感心せぬな。


「身重でなくてもだよ!いつ船食いが来るか分かんねんだぞ!」


「あの人はこの海で死んだ・・・追いかけたら会えるかな・・・」


「おい、まさか、お前!」


「ごめんね?わがままなことして。お母さんを許して・・・」


 まだ自我もない子に許しを請うにはずるかろう。

 戻り、母として勤めを果たすが良いだろう。

 辛さはわかるが、子に責はない。

 なに、某が助けてしんぜよう。

 ・・だがその前に客人をもてなさねばな。


「客?何言ってんだお前」


 下を見よ。来ておる。


「なっ・・・で・・けえ・・・!」


 この小舟の10倍以上あるな。それ以上か?

 まあでかいが、所詮魚だろう?


「お前!こんなのに襲われたらたまったものじゃ・・・!」


 ふむ、飛び出してきたか。

 わざわざ上から襲いに来るとは、悪趣味な。


「きゃああああああああああ!!!」

「うわあああああ!!」


 恐怖を煽るが生きがいのタイプか。だがさせんよ。

 風の塊を魔法で作り、降ってきた魚にぶつけて打ち上げる。

 打ち上げられた魚はびたんと水面に叩きつけられ、その上で跳ねる。

 なぜならば某が凍らせたからだ。

 そこそこ広範囲凍らせたので、その上でびたんびたんはねておる。

 ちょっと凍りにくくて焦った。


「お前・・何したんだ・・・!?」


 なに、魔法で吹っ飛ばして、水を凍らせただけだ。

 あとは焼き魚にでもしてくれよう。

 火球を作り出し、投げる。

 うむ、いい感じにこんがりになった。


「なんなの・・この猫・・わたし、夢でも見てるの・・?」


 夢ではないぞ?某この体躯ゆえ、魔法の修練をとことん突き詰めてな。

 魔法は大得意なのだ。


「おまえ、すごかったんだな」


 うむ、であろう?

 お主も某を見習って、強くなるが良いぞ。


「ははっ、まあ頑張ってみるよ。けど、どうする。どうやってもどる?」


 大丈夫だ。ちょっと待っておれ。

 氷の上に乗り、成猫に変化する。

 船の上だとひっくり返りそうだったのでな。


「なっ・・・・!」


「え、なに、これ、なにがおこってるの!?」


 ふむ、驚かせてすまない。

 某、いつも説明不足で驚かせてしまうことが多いな。反省。

 これはそれがしの母上をモデルに、成猫と変化する魔法だ。

 この姿ならば送って帰れよう?

 ついでに魚も持って帰ろう。


「にゃあにゃあいってる・・・さっきのネコさん?」


 そうだ。落ち着いたか?

 ならば乗るといい。陸まで帰ろう。


「乗れってことかな・・・一緒に行こうか」


「おう」


 ふふ、仲がいいな。では行く――。

 そうか、まだ別れの挨拶がまだであったな。


「?何言って――」

『すまない。子もお前も残して行ってしまって』

「あなた・・・?」

『お前には悪いと思ってる。けど頼む。生きてくれ』

「・・・あなた・・・!!」

『お前も、寿命のある間だけでいいから、こいつらのこと、頼むよ』

「・・・けっ、気が向いたらな」

『はは、やっぱりお前思ってた通りの性格だな・・・じゃあな』

「・・・・おう、じゃあな。バカ野郎」

「あなた・・・あなた・・・・・!」


 泣くが良い。今は思いっきり泣くが良い。

 そして気が済んだら強く生きよ。

 託していったものの願いを聞き届けるのだ。

 お主の子がきっと、お主の生きがいになるであろう。






「いくのか?」


 ああ、某は旅猫ゆえ、旅を続ける。

 短い間だったが楽しかったぞ。


「気をつけてな」


 ああ、お主もな。子を守ってやるといい。


「けっ、言われなくてもわかってんよ」





 数年すれば某と違い、あやつも立派な成猫となろう。

 そうなれば安心であろうな。

 さて、次は何処に向かおうか。

 この海沿いに歩いて行ってみるか。

 気ままに歩むが良いであろうな。

 某は、猫ゆえに――

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