某は、猫ゆえに

四つ目

某は、猫ゆえに

 空腹である。

 なぜかこの街にはネズミがおらぬ。

 いや、ネズミでなくともよい。

 虫や、小動物でもかまわぬのだが、一匹もおらぬ。

 この街はいささか綺麗すぎるのが原因ではなかろうか。

 人間が消毒液と呼ぶ液体を様々なとこで巻かれているのを見かける。

 それゆえか、虫が生息できず、それを食べる小動物もおらず、その小動物を狙う某のような野良猫もおらぬようだ。

 どうやら家に住む猫はおるようだが、某はきままな旅猫ゆえ、狩りができぬのは困る。


 空腹だ。ただただ空腹だ。

 もういい、某はふてねをするのである。

 けして空腹で行き倒れているわけではない。少々休憩するだけである。

 そうすると某に影が落ち、見上げると人の子の娘が立っていた。

 娘よ、何用か?


「この街に野良猫さんがいるのは珍しいね。ねこさん、こんな道の真ん中で寝転がってると馬車にひかれちゃうよ?」


 む、馬車が通るのか、それは困るな。

 すまぬな、娘よ。忠告痛み入る。


「あはは、ねこさんお返事してくれるんだね。野良猫さんなのに人に慣れてるみたいだし、どっかから逃げてきたのかな?」


 ぬ、某は逃げてきたわけではないぞ?

 某は旅猫ゆえ、道中でよき人とも悪き人ともであっておる。慣れておるだけだ。

 兄弟より育ちが悪く狩りも未熟者だった故に、近年になってやっと一人前と母上にも兄弟にも認められ、旅をしているのだ。


「ちがう、の?」


 うむ、違うぞ。

 娘にきちんと説明をすると腹が鳴った。

 いや、娘よ、これは違うのだ。

 けして某が狩りができぬわけではなく、狩る対象が近辺におらぬのだ。

 一休みしたら街を出て、むこうの森まで足を伸ばそうと思っていた所であって、食うに困っていたわけではないのだよ?


「あはは、お腹がすいてたんだね。えーと、これサンドイッチに使おうと思ってたものだけど、食べる?」


 これはすまぬ。サンドイッチと言うと、あの白いふかふかしたパンというものに野菜や肉を挟んだものだな?

 だがこのパンはサンドイッチに使われているものと違い、周りが中より若干硬いが、某が知っているものとは違うものであろうか?

 まあ、よい、心優しき娘よ、感謝するぞ。

 この恩は必ず返そう。母上と兄弟たちの誇りにかけて誓おう。


「あはは、どういたしまして。お礼はいいから落ち着いて食べなよ」


 ふむ、礼はいらぬというのか。娘よ、本当にお主は心優しき娘なのだな。


「ねこさん、もし野良さんならおうちに来る?」


 なんと、寝床まで提供してくれるというのか。

 心優しき娘よ。お主、いつもそうやっておるのか?


「んー、こない?」


 いや、せっかくのご好意だ。甘えさせてもらおう。

 しばらくご厄介になる。某は旅猫。故にずっとご迷惑をかけるような真似はせぬ。そこは心配されるな。


「あはは、じゃあ、よろしくね。猫さん」


 うむ、よろしくである。








「猫さん、ご飯よー」


 おお、これはすまぬ母上殿。1日一回食事を必ず用意してくれる母上殿には頭が上がらぬな。

 うむ、美味い。今日も母上殿が作られる料理は絶品ですな。


「あはは、どういたしまして。本当にあなたは良く喋る子ねぇ」


 ふむ、たしかにそうかもしれぬ。

 母上にもお前は口ばかり達者だなどど言われたものだ。

 兄弟たちにも、体が小さい分、頭に行ったのかもしれぬとよく言われた。


「ねえ、猫さん。あなたが来てから娘はとっても楽しそうなの。ありがとうね」


 そうであったのか?

 だが、礼を言われることではない。むしろ寝床と食事を用意していただいているこちらが礼を言うべきであろう。

 なにか恩返しができればいいのだが・・・。


「ふふ、本当に猫さんはほかの猫さんと違って、喋るわね」


 これは失敬。少々しゃべりすぎでしたかな?

 ですが某、こうやって旅で出会ったものと会話することも楽しみとしておりますゆえ、ご容赦を。


「ふふ、あ、いけない、洗濯物取り込んでこなきゃ」


 洗濯物ですか。某も手伝いたいのは山々ですが、なにせ人の着る服には、なぜか某の毛が付くのです。

 邪魔にしかならぬであろうなと思いますゆえ、申し訳ない


「ふふ、猫さんはのんびりしていてね」


 やや、申し訳ない。

 母上殿といい、娘といい、世の中には心優しき人は本当にいるものですな。








「猫さん、お酒飲めるかい?」


 お酒ですかな父上殿、某実は飲んだことがないのです。

 少々なめさせていただいてもよろしいか?


「お、のんでみるかい?どうぞどうぞ」


 む、こ、これは、なんとも。不思議な味わいですな。

 これは、うむ、うむ、美味い。

 ち、父上殿、もう少し舐めてもよろしいかな?


「お、猫さん、いける口だね。ほら、お飲み」


 これはありがたい。では遠慮なく。

 うむ、美味い。お酒なるものの存在は知ってはいたものの、飲んだことはなかったのですが、このように美味いものだったとは。

 いやはや、世の中広い。色々と体験してみるものですな。

 おや?父上殿、何故父上殿はそのように揺らいでおるのですかな?


「あれ、猫さん、大丈夫?ふらついてるけど・・・・ありゃ、これは娘に怒られるかな」


 うむ?ふらついているのは某?

 何を言ってるのですかな?

 某、こんなにもちゃんと・・ちゃんと・・・・・くう・・・。


「あ、寝ちゃった。大丈夫、かな?」






 あれからしばらくたった。

 心優しき娘と、そのご両親のお世話になり、平穏な日々を送っている。

 もちろん、狩りの腕を鈍らさぬために森に足を運び狩りもやっっている。

 某は最初の頃、猫さんと呼ばれていたのだが、最近は某の白い毛にちなんで、シロさんと呼ばれている。

 そう言い始めたのは、娘、サーラが言い出した。

 サーラが一度言い出すと、父上殿と母上殿もそう呼ぶようになった。

 しかし、少々長居しすぎたかもしれぬ。旅立ちにくくなってしまった。

 む?何やら母上殿と父上殿が騒がしい。


「あなた、サーラが帰ってくるの遅くないかしら」

「うん、流石に心配だな、ちょっと探してくる。お前は兵士さんに頼んでみてくれ」

「ええ、わかったわ、気をつけてね」


 これは恩返しのチャンスでは?

 某もサーラを探しに行こう。

 なに、人探し、モノ探しは得意であるよ。


「シロさんも心配してくれるのね、ありがとう」


 当然である。宿と食事を用意してくれた恩人であり、いまはもう『友達』であるからな。






「どうしよう、迷った・・・そんな奥まで入ったつもりはなかったんだけどな」


 サーラよ、迷子であったか。森はあまり奥まで行くと危ないぞ。熊などもいるゆえ。


「シロさん!?探しに来てくれたの!?」


 うむ、当然であろう。帰りが遅いゆえ、ご両親も心配しておる。

 さ、帰ろうぞ。


「帰り道、わかるの?」


 当然であろう? 某は旅猫。この程度の森慣れっこよ。きちんとついてくるのだぞ?


「あ、まって」


 大丈夫だ、おいて行きはせんよ・・・それよりも問題が起きてしまったようだがな。


「シロさん、どうしたの?何唸ってるの? ・・・ひっ、ク、クマ」


 クマよ、お主に何かするつもりはないが、この娘に手を出すならば容赦はせぬぞ。


「シ、シロさんだめだよ、威嚇しちゃ、殺されちゃう」


 大丈夫だサーラよ。某は猫の一族だぞ?

 兄弟と違いまだまだ体は小さいが、クマ程度に負けはせんよ。


「ガアアアアアアアア!」


 ふん、くるか。いいだろう。猫に戦いを挑んだ愚かさを噛みしめよ!


「シロさん!」


 クマに飛び込んで、前足による攻撃を避けながら、その鼻先を引っ掻く。通常ならば殆どこれで逃げていくのだが、このクマは逃げずに反撃しおった。こいつ、ただのクマではないな。


 警戒を強めるとクマは口から冷気を吐きおった。

 驚いてその場から飛び退く。先ほどまでいた場所は完全に凍り付いておるな。


「ク、クマじゃない、ま、魔獣だ・・!」


 サーラの呟きが聞こえる。魔獣か。クマの魔獣は初めて見たな。

 そうか、ならば猫にケンカを売ってきたのもうなずけよう。

 よかろう、真剣に相手になってやろうぞ!


 某は四足全てに雷を纏う。某が母上から教えられた魔法で一番得意な雷だ。

 威力もさる事ながら、致命の傷を入れれずとも、暫く体が上手く動かなくなるので、有効でな。

 お前がどこまで耐えられるか楽しみだ。


「シ、シロさん、なに、それ」


 ん? そうか、そういえば言ってなかったかもしれぬ。某、魔法が得意でな。これだけは兄弟の中でも一番なのだ。母上より上手いと言われた事もある。

 まあ、今はそれよりも、こやつを倒さねば。


「ガアアアアアアアアアアアアア!」


 クマが叫んで突進してくるのを確認して、サーラが巻き添えにならぬ様に某も飛び出す。

 当然クマはその爪を振るうが躱して懐に潜り、雷を纏った一撃を当てた。

 胸に当てた一撃で勝ったと思ったが、何事もなかったの様にクマは反撃の爪を振るう。

 あの雷に怯まんとは、なんという毛と肉をしてるのだこのクマは。


 雷の影響がまるで無い事に驚きつつクマを足場に飛びのくも、反応が遅れて腹を裂かれた。

 その衝撃はこの小柄な身には大きく、後方に跳ね飛ばされてサーラの足元に落ちる。

 しくじった。これはきいたぞ。良い爪をしておるわ。


「シロさん!シロさん!!シロさん!!!!」


 サーラが某を抱き起こし、泣いておる様だ。サーラ、すまぬ、心配をかけて。

 案ずるな、脇腹から血は出ているが致命傷ではない。まだ戦える。お主は某が守る。絶対にだ。

 某、恩には恩で返すのだ。それにお主は友達だ。守らぬでどうするよ。


「ガアアアアアアアア!」


 いかん、クマがまたあの冷気を吐いてこようとしておる。

 逃げろサーラ。某ならば大丈夫だ。だがお主ではあれに耐えられぬ。早く逃げよ!


「シロさん、大丈夫だよ。今度は私が守ってあげるからね」


 馬鹿者、泣いて震えながら抱きしめるでない。怖いのならば逃げよ。

 ・・・全く、お主は本当に心優しき娘だな。

 たかが旅猫一匹に、そこまで命を懸ける必要などなかろうに。

 全く、使う気はなかったのだが、とっておきを使うしかないようだな。


「ガアアアアアアアアアアアアア!!」

「キャア!!」







「・・・あれ? なんとも、ない? シ、シロさんがいない!!」


 ここだ、サーラよ。上だ。全く、無茶をするな、お主は。

 この体がなければ上手く庇えぬところだった。だがお主のそういうところは好きだぞ。


「・・・・・・竜?」


 む? 何を言っている。某は猫だぞ?

 これは某のとっておきでな。魔法で母上や兄弟たちソックリになる魔法なのだ。

 某、体が小さい上に、兄弟達や母上のような翼も、鱗すらも中々生えてこなくてな。

 魔法で一時的に大きく成長しておるのだ。某、普段は小さい故、驚かせてしまったかな?


「全身真っ白・・シロ・・さん?」


 そうだぞ。落ち着いたか?

 待っていろ、すぐに終わらせる。早く帰ってご両親を安心させようぞ。

 さて、クマよ、覚悟はいいな。某の恩人であり、友人に手を出した事、後悔するがいい!


『――――――――――――!!!』


 某は咆哮をあげ、クマに殴りかかる。

 その一撃を防ごうとクマは冷気を吐くが、そんなものが猫に効くと思うな。

 冷気を無視してクマを殴り飛ばしてやる。


 大きく吹き飛んだクマを見て、サーラに被害がない距離だと確認してから雷の魔法を放つ。

 今度は先程のような可愛いものではない。落雷を落としてやった。

 流石に魔獣といえど、所詮クマ。巨大な落雷の前にあっけなく崩れ落ちる。


「す、すごい・・・・」


 ふふ、そうであろう? 魔法は大得意なのだよ。

 さて、家に帰るとしようぞ。ご両親が心配しておる。






「お母さん!お父さん」

「サーラ!」

「ああ、よかった。どこいってたの?」

「ごめんなさい、森で迷子になったの。でもシロさんが迎えに来てくれて・・・あれ?シロさん?」


 無事帰れて良かった。

 さて、別れを告げずに行くのを許せ、サーラ。湿っぽいのは苦手なのだ。

 某は旅猫、いずれまた旅立つつもりであった。

 今回、恩を返せたいい機会ゆえ、旅立とうと思う。


「シロさん!ありがとねー!!気をつけてねー!!」


 ・・ふふ、サーラよ、お主は本当に心優しき娘だな。

 ありがとう案ずるな。某は大丈夫だ。

 某は、猫ゆえに――。

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