某は、同族の様な何かに会う

 おや、村が見える。こんな山奥に村とな。

 山奥に小屋を建てて過ごしている集落等も無いわけではないが、街道も作っていない山奥の村か。

 住んでいるのは人間では無い予感がするの。

 以前も似た様な事があったから、おそらく当たりだと思うのだが。


「小人の村も森の奥でしたね」


 うむ、そうだの。以前出会った者の中には鉱山奥に住む者達なども居たな。

 彼らの場合は人間達と共存していた様だが、なかなか皆が皆ああ上手くは行かんのだろうな。

 某達も幼猫の時は良いが成猫になると嫌われる故、難しい物だの。


「あー・・・あま、そう、ですね」


 ふむ、弟子よ。常々思っておったが、某がこの手の話をする時だけ反応が悪いの。

 何か思うところが有るのか?

 気になる事が有るなら別に怒りはせんから、言ってみると良いぞ。


「・・・そう、ですね。聞きたくは有るし言いたい事も有るんですけど。それは師匠に一人前と認められてからにします。今は師匠と一緒に居たいので」


 ふむ、そうなのか。お主がそれで良いなら構わぬが。

 あまり無理せず、言いたい事は言うが良いぞ。某は言いたい放題過ぎるかもしれんがな。

 あ、だが某が騒がしいのは許せよ。これは性分故もうどうしようもない。


「あはは、解ってますよ」


 それならば良いのだが。ふむ、某もなんだかんだとお主に愛着が出てしまっている様だの。

 少し前までならばここまで気にする事も無かったが。

 まあ、そこそこの期間一緒に旅をすれば愛着も湧くというものか。


 む、何だ。今そこの草むらに何かが居たぞ。

 弟子よ、気を付けよ。そこそこ大きい生き物であった。


「はい、師匠」


 静かに頷く弟子に満足して草むらを凝視していると、そこからは同族らしき何かが出てきた。

 なんだ、こ奴。猫、の様だが、あまりに大きい。

 人の子供ぐらいの大きさはあるぞ。しかも二足で歩いて靴を履いておる。


「おやぁ、猫がこんな所に居るなんて珍しい」


 猫が珍しい、とな。お主も猫ではないか。珍しいも何もないであろう。

 いや見た目が猫と似ているだけで猫では無いのか?

 良く見れば人間達が着る様な上着や手袋など、猫にしては変な格好だの。


「変とは失礼な。この靴とコートは一級品ですぞ!」


 あ、いや、すまぬ。貶すつもりで言ったわけでは無いのだ。

 ただお主が猫にしては珍しい格好での。お主、一体何なのだ?


「わたくしですかな? わたくしはそこの村に住む、猫妖精のミャーンと申します」


 猫、妖精、とな。猫に妖精が居たとは驚きだ。

 どうりで某とは少し違うわけだ。我々猫は基本的に二足歩行はせんしの。


「それはそうですなぁ。猫妖精は厳密には猫とは違いますからな」


 ほう、猫妖精という名であるが、猫では無い。ほうほう、面白いの。

 お主の様な存在には初めて会ったが、これは愉快だ。やはり旅はしてみるものだ。

 こういう出会いが有るから止められん。


「はっはっは。こちらこそ愉快ですな。君の様な良く喋る猫と会ったのは初めてです。それもこんな山奥で。もっと体格の良い猫ならばともかく、小さな猫が山奥など自殺行為ですからな」


 確かに幼猫に山は危険だからの。だがお主は大丈夫なのか?

 見た所武装している様子も無いが、この山にも危険が無いわけでは無いだろう。


「愚問ですな。我々猫妖精はこの山では王者。その辺の魔獣程度ちょちょいのちょいですぞ。にゃーはっはっはっは!」


 ほほう、山の王者とな。それは頼もしい。ふふふ、強き猫と会えると嬉しくなるの。

 俄然お主らに興味が湧いた故、良ければあの村に寄らせて貰っても構わんか?


「勿論ですぞ。気が済むまでゆっくりしていくが良いですぞ。良ければわたくしがご案内しましょう。気に入れば住んでも良いのですぞ?」


 おお、これはすまぬな。そう言って貰えるならば甘えさせて貰おうかの。

 某は今何も持たぬ故、その内狩りにでも出て礼をするとしよう。


「にゃっはっは、お気になさらず。こちらも山で猫などと珍しいものが見れて愉快なのですぞ」


 ふむ、そうか。ならば素直にその言葉だけに甘んじるとしよう。

 とはいえ何か困り事が有れば言うと良い。礼は出来る限り返す主義での。











 ほう、ほうほう、ほうほうほう。これがお主たち猫妖精の住む村か。

 案外人間達が住む村と変わらんな。

 変わった所は、お主と同じ様に服を着た猫が大量に居る事か。


「わたくし共は新しい事が好きでしてな。人間達がやっている事を真似るのも好きなのですぞ」


 成程、この街は人間の真似という事か。


「それに考え方を変えて欲しいですな。我々は普通の猫には出来ない、人間達と同じ様な文化を残す事が出来るのだと。わたしくはこの学ぶ姿勢こそ猫妖精の誇りだと思っておりますぞ」


 確かに言われて見ればその通りかもしれんな。我々猫に建物を作る事は出来ん。

 魔法でそれらしいものを作る事は出来なくはないが、ここまで見事な家屋は作れんだろう。

 ふむ、凄いの、猫妖精。


「でしょう、そうでしょう。もっと褒めて良いのですぞ」


 嬉しそうだのう。まあ種族が褒められて嬉しいのは当然か。

 某も兄弟や母上が褒められている時はとても誇らしい気持ちになったものだ。

 しかし妖精と呼ばれる者のせいか、幼猫の姿の者しか居らんな。

 母上の様な立派な者の存在を少し期待していたのだが。


「猫殿ー、何をしておられるのですかー? 先ずわたくしの家に行きましょう。食事をご馳走しますぞー」


 何時の間にやら置いて行かれておった。

 弟子よ、何故声をかけてくれんのだ。先に行くとは切ないではないか。

 まあ、ぼーっとしておった某が悪いかの。










 ミャーン殿に世話になり始め、数日がたった。猫妖精の村はのどかで、とても過ごしやすい。

 山なので食料にも困らず、近くに強い魔獣も居ない。幼猫にとっては楽園の様な所であるな。


「良い陽気ですなー、猫殿に弟子殿」


 彼は日向ぼっこをしながら、こちらを見ずに話しかけて来た。弟子も傍で転がっている。

 そうだのう、平和だのう。この村は基本的に争いも無く平和であるのう。


「妖精と言っても猫ですからな。つまらない感情は長持ちしないのですぞ。楽しいのが一番」


 そういう物なのかの? まあ、つまらぬ感情は長持ちさせぬ方が人生は楽しいか。

 母上もつまらぬ考えを持って塞ぎ込むぐらいならば、前を見る事に頭を使えと言っておったな。


「立派な母上ですなぁー」


 うむ、まさしく母であったと、あの母の子である事を誇りに思っておる。

 ・・・む、何だこの音は、嫌に騒がしい音がしておるが。


「警鐘ですな・・・何か起こったようです。わたくしが様子を見てきますので、猫殿達は此処でお待ちを。もし危ないと思えば逃げて下されー」


 む、厄介事であれば某達が手伝うぞ?

 これでも腕には自信が有る故な。


「にゃはは、それは頼もしい。ですが村の事は村で解決できなければ。ただ、ご好意は受け取っておきますぞ。感謝いたします」


 そうか、では気を付けてな。お主には世話になっている故、万が一が有っては夢見が悪い。

 と、もう行ってしまったか。中々素早いの。身体強化の魔法を難なく使い、あの速度。

 初めて会った時に言っていた言葉は嘘ではない様だ。だが――――。


「行くのですか、師匠」


 勿論だ。なに、問題無ければ手は出さんよ。彼らの誇りに傷をつけてしまう。

 だがそうでなければ、恩は返さねばな。















 様子を見に来て正解だったかもしれんの。少々押されておる。


「あの狼達、中々強いですね」


 うむ。ただの狼ならば問題ないのであろうが、分が悪いの。魔獣である上に集団とは。

 何処からか移動して来たのであろうな。

 おそらく一対一ならばミャーン殿の圧勝であろうが・・・これはちと厳しいか。


「手を出しますか?」


 いやまだだ。彼はまだ折れておらん。ここで我々が手を出す事は、彼の誇りを汚す事になる。

 某が手を出すは、本当に最後の最後よ。


「ですが師匠・・・」


 ああ、まずいの。本格的に押され始めておる。

 ミャーン殿が耐えておるが、他の猫妖精に恐怖が見え始めて来た。

 戦えてはおるが、あれではもたんだろう。

 だが、まだだ。まだ駄目だ。彼が、誇り高い彼の眼が死んでおらん。


「負傷者は早く下がるのですぞ! ここはわたくしがもたせるので、早く村の者達の避難を! なに、この程度の魔獣ごとき、わたくしが負けるはずが無いのですぞ!!」


 体中が負傷で既に限界近いはずの彼が、立って吠えている。

 彼がただの一般の者であれば既に割って入ろう。

 だが彼は戦士だ。猫妖精として、この山の王者としての誇りが在るはずだ。

 世話になった者として、友として、どうしてあの彼の戦いに割って入れようか。


 お主も確と目に焼き付けておけ。あれが戦士だ。本物の戦士だ。

 誇り高き心を持つ戦士だ。尊敬すべき存在だ。

 力の強い弱いではない、心の在り方が尊敬に値する本物の猫だ。


「師匠・・・はい!」


 っ、いかん! ミャーン殿、避けよ!


「がっ、ぐっ、脇腹をもって行かれたか・・・これは助からんですなぁ。ま、避難は間に合ったでしょう。猫殿達が避難出来ていればよいのですが」


 くっ、すまん、弟子よ、友よ、彼の誇りを最後まで見届けられん未熟を笑ってくれ。

 あの様にご高説を垂れておきながら、某はもう我慢が出来ん様だ!


「な、なんだ、竜!? ここにきて本格的に絶望ですなぁ――――は?」


 狼達を成猫の姿で薙ぎ払う。一切の容赦なく、わが友を傷つけた魔獣達を蹂躙する。

 友の誇りを守ってやれなかった、未熟な我が心の醜さへの八つ当たりの様に。

 そうして一瞬で片を付けたが、某は彼の顔を見る事が出来なかった。

 戦士の、彼の誇りに泥を塗ってしまったのだから。


「貴方は、一体、何故わたくしの味方を・・・?」


 某に問うミャーン殿に何と返しても無礼に当たる気がして、言葉が出ぬ。

 だが某の今の姿で在れば、彼は某が誰かは解るまい。

 せめて見知らぬ成猫に助けられたと思わせよう。友に誇りを汚されたなどと思わぬよう。


 ただの通りすがりの猫よ。邪魔になったから薙ぎ払ったまでよ。

 そう、某は答えるのみだ。


「・・・そうですか。助かりました。報酬はわたくしの体でどうですかな? 鍛えておりますので、少々筋張っているかもしれませんが」


 その様な身など要らん。傷は私の魔法で治しておいてやろう。

 お主はまだ仲間を守らねばならんだろう。私はもう行く。後は好きにしろ。


「ふふ、これはありがたいですな。では貴方に心からの礼を。猫殿、弟子殿と息災で」


 っ、気が付いておったのか。すまぬ、某はお主を馬鹿にするつもりは無かったのだ。

 お主の誇りを汚すつもりは無かったのだ。ただ―――。


「何の話ですかな。猫妖精はつまらぬことはよく覚えておらぬのです。お忘れですかな、猫殿」


 ・・・ああ、そうであったな。忘れておったよ。

 では某は弟子と共にもう行くとしよう。息災でな、ミャーン殿。


「ええ、猫殿。いえ、我が戦友」


 くくっ、お主には敵わぬな。ああ戦友よ、さらばだ。

 この出会い、一生忘れぬぞ。お主の様な誇り高き猫妖精が居た事は生涯忘れぬ。

 心に刻み、母上にもこの事を語りに行こう。


 誇り高い戦士である猫が居たと。某が尊敬する猫が居たと。

 戦友と認めてくれた、某などよりも遥かに強い猫が居たと。

 いずれ某も、お主の様になって見せよう。必ず、必ずだ!


 某は、猫ゆえに―――!

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