某は、成猫ゆえに

 久々に街である!

 いやー、最近森の中ばかりだったので楽しみだの。

 狩りも良いが、人間達が偶にくれる不思議な食事も旅の楽しみなのだ。

 ・・・そういえば皆は元気にしておるかの。


「師匠は人間の知り合いも多いのですね」


 多い、と言えば多いのかもしれぬな。

 ただ道端で少し旅を共にしたものなども含めると、かなりの量であろう。

 一時眺めに一所に留まった時等も有るが基本的には足を止めずに旅を続けてる故、やはり出会う機会は多いの。


 さて、今日はどうするかの。

 街に入る前に食事は済ましておるし、何処か寝床でも探すとするか。

 この街はどうやら中々平和な様だし早々に出ていく羽目にはならぬだろう。


「何だお前、見かけねぇ顔だな」


 む、何者だ?

 見たところ同族の様だが、某に何か用かの?


「別に用なんざねえが、この辺は荒っぽいやつが縄張り張ってる所だからあんまり気が抜けた事してると怪我すんぞって、忠告しといてやろうとしただけだよ」


 そうか、これは忠告痛み入る。

 某、お主に言われた通りこの街に来たばかりの者で事情には疎い。

 わざわざ声をかけてくれたことに感謝する。


「・・・変な奴だな、お前」


 む、そうかの。

 まあ、そうなのかもしれん。他の同胞にも何度か言われている故きっとそうなのだろう。

 だが某は旅猫故、暫くはこの街にいるかもしれんがすぐにどこかに行く。

 その間、なるべくお主に迷惑はかけぬように気を付けるよ。


「やっぱ変な奴だな」


 言われ慣れてはいるが、重ねて言われると少し微妙な気分になるの。

 まあ良いか。

 それでは某はこれで失礼する。まだ街に来たばかりで散策をしたいのでな。


「・・・俺は忠告したからな」


 ああ、解っているとも。

 これで某がその乱暴者とやらに出会っても某の自業自得だ。

 それに某はこれで中々強いのだよ。

 その乱暴者とやらに、猫の本当の強さと言う物を教授してやるとしよう。


「あっそ。好きにしな」


 ああ、ではな。

 しかし乱暴者の猫か。

 この街には成猫が居るのか。少し楽しみだの。







「失礼な猫でしたね。師匠に対して偉そうに」


 お主も初対面の時は似たような物だったと某は記憶しておるのだが。

 まあよい、気にせずとも。

 彼はただ某が怪我をせぬように忠告してくれたのだ。良い猫ではないか。


 それに我々はよそ者だ。縄張りに入り込んでいる側だ。

 ああいった事が有るのは当然の事よ。

 まあ、街に住む猫は縄張り争いなど気にしない物も多いがな。

 しかしそれにしても。


「真っ赤な猫なんて珍しいな」

「ほんと綺麗ねー。それに大人しいし」


 お主、人間に大人気だの。

 前の街では余りゆっくりしていられなかったので解らなかったが、どうやら赤い子猫というのは珍しいらしい。

 お主目当てで子供たちも寄ってくる様だし、これは気を付けぬとよからぬ輩に捕まるかもしれぬな。


「師匠、そのよからぬ輩に既に捕まってしまっているのですが」


 なに、子供がじゃれついているだけではないか。

 例え尻尾を握られても大した力では無い。成猫として少しばかり余裕をもってだな。

 あだだだ。ひ、髭はいかん。そこは流石に痛い。

 これ赤子よ、手を離すのだ。


「こらこら、猫さん痛そうにしてるでしょ」

「あー、だー」


 ふう、助かった。母親が良識のある人物で良かった。

 赤子よ、流石に顔回りの毛は引っ張られると痛いのだ。次は気を付けてくれ。

 と、赤子に言っても解らぬか。


「あはは、猫さん文句言ってるね。やっぱり痛かったんだね」

「うぶー」


 いや、まあ、某もそこそこ頑丈では有るからして、多少痛かっただけなのだよ?

 そこまでのたうち回る痛みと言う訳であいだだだだだ。

 すまぬ、痛いと認める故引っ張るのは止めるのだ。

 髭は、髭は本当にいかん。


「ああ、また。ほーら、だめよー」

「ここまでされて怒らない猫ってのも珍しいな」


 まあ某は人間とは良好な関係を気付くが良いと思っている故、そうそう簡単に怒りはせぬよ。

 勿論武器を持ってこられたのならば、別の話だがの。

 それに人間達は我々には想像もつかない食事や、面白い物を作る種族だからの。

 猫としては間違っているのかもしれぬが、某はおぬしらという種族が楽しいのだよ。


「あはは、本当におしゃべりな猫さんね」

「この辺では初めて見るよな。人懐っこいのも考えると誰か引っ越してきたのかな」

「うーん、最近誰かが越してきたのを聞いた覚えはないけど」


 確かに子猫は警戒心が強い者も多い故、こうやって出てはこぬ事も多いか。

 撫でられるのも嫌がる者も少なくないでな。

 某はあまり力ずくでない限りは、割と好きな部類だが。


「おい、てめえ、ここで何してやがる。ここは俺の縄張りだぞ」


 む、何者かと思えば同族か。

 ふむ、ここは乱暴者の猫の縄張りと聞いていたのだが、お主の縄張りなのか?

 人の縄張りを自分の物と主張すると、後で痛い目を見るぞ?


「ああ? 舐めてんのかてめぇ!」


 そう唸るでない。

 ただ事実を確認しようとしているだけではないか。


「あー、これは危ないな、ちょっと離れよう」

「そうね。大人しい方の猫さん大丈夫かしら」


 そうだの、子猫の喧嘩とはいえ赤子が傷ついてはいかぬ。

 離れた方が良かろう。

 さて、どうしたものかの。


「誰が子猫だ!」


 いや、お主だが。

 そう背伸びせずともすぐに大きくなる。

 そんなに焦って自分を大きく見せても良い事はないぞ?

 某は成長が望めぬと母に言われておるが、他の猫達はそうではあるまい。


「舐めやがって・・・!」


 む、来るか。

 まあ良い。ならば少し世間と言う物を教えてやるとしよう。


「師匠、ここは自分が」


 む、そうか?

 なら任せるが、一つ言っておくが魔法は禁止だぞ。


「え、な、何故ですか?」


 それはそうだろう。子猫相手に本気でやってどうする。

 手加減をして、なるべく怪我をさせないように勝ってこそだろう。

 同じ意味で身体強化も使ってはいかんぞ。


「え、いや、それじゃ」


 言い訳は聞かぬ。

 お主がやると言ったのだ。

 某はその条件でやるつもりだったのだから、きっちりやって見せよ


「は、はい」

「うらぁ! いつまでもくっちゃべってんじゃねえ!」

「ぐっ!?」


 おお、見事な奇襲。

 弟子は完全にパンチを貰ってしまったではないか。

 ほれ弟子よー、頑張れー。


「この、舐めるな!」

「ザコがほざいてんじゃねえよ!」


 おーおー、完全に子供の喧嘩だの。

 弟子は最近やっと体の使い方が解ってきたとはいえ、まだまだだ。

 これは良い機会だったのかもしれんな。







「はん、他愛ねぇ」

「ぐっ、くそっ」


 ボロボロではないか、弟子よ。

 お主、その状態だと本当に弱いの。


「ま、魔法さえ使えれば、あだっ」


 馬鹿者、それは無しだと言ったであろうが。

 そこで少し転がっているが良い。見本を見せてやろう。


「あんだ、てめえもやんのかよ腰抜け」


 はっは、自分を強く見せようと大口を叩くのは良いが、それでは本当の強さにはならぬぞ。

 どれだけ口で言った所で、大事な時に大事な事を成しえる力を持てなければ意味が無い。


「うるせえ! 御託は良いんだよ! うらぁ!」


 ふむ、遅い。これでも某は経験豊富での。

 様々な魔獣と何度も戦っているし、兄たちの相手もしている。

 子猫のとびかかる速度など、あくびが出るようだよ。


「くそ、あたんねぇ! なんだこいつ!」


 可愛い動きだの。流石に爪が当たれば痛いが、当たらなければどうという事はない。

 さて、こちらも反撃と行こうか。

 頑張って避けるのだぞ?


「うを、消えた!? 何処に行きやがっ、がふ!?」


 正解は上だ。どうやら某の動きについて来れなかったようだの。

 まあ子猫ゆえ致し方ない。

 我々猫は子猫の時は体が弱い。正面から戦っても簡単に組み伏せられるという事をこれで学ぶとよい。


「う、うるせえぇ!」


 おお、元気だの。思いっ切り上から飛び乗ったのに。

 まあそれ位でなければあんな大きな口は叩けぬか。


 まあ、これでもここがお主の縄張りだというならば致し方ない。

 某は大人しく出てくとしよう。

 だが努々気を付ける事だ。次はこの程度ではすまぬかもしれぬのだからな。

 ほれ、いつまで転がっておる。弟子よ、行くぞ。


「は、はい・・・」








 あれから数日たつが、平和だの。

 てっきり暫くすれば仕返しにでも来るかと思ったが。

 まあ奴も身の振り方を考えたのかもしれんな。


「よお、お前本当に強かったんだな」


 む、誰かと思えば最初に忠告してくれた者ではないか。

 まあ、某はこのなりでは有るが経験豊富故な。

 街に住む猫程度に遅れは取らんよ。


「そうか。あいつもこの街から居なくなったし、お前がボスなら平和だな」


 む、いなくなった?

 一体どういう事だ?


「知らねえのか?」


 すまぬ、某猫の集会の類にはあまり顔を出しておらぬ故。

 この街の様に縄張り意識の高い者が居る街では、よそ者が来ても邪魔だろうと思ってな。


「ああ、成程な。あいつ人間に捕まったんだよ。人間に爪立ててな。馬鹿なやつだ」


 何だと。それで殺されてしまったのか。

 いや、奴が爪を立てたのならばそれも致し方ないのかもしれぬ。

 戦うという事はそういう事だ。


「いや、まだ生きてんじゃねえかな。捕まると、一端どっかに連れてかれるらしいからな」


 ふむ、まだ生きている可能性があるか。

 ・・・そうか、ならばまだ間に合うな。


「助けに行くのか? お前まで捕まっちまうぞ」


 何、問題は無い。

 某は人間に戦いを挑みに行く気は無いのでな。

 さて弟子よ、行くとするか。子猫を助けるのも成猫の役目よ。











 あの子猫の居場所は弟子が見つけ出し、施設にも難なく侵入出来た。


「魔法が使えればこの通りですよ、師匠」


 弟子よ・・・よっぽどあれに負けたのが悔しかったのか。

 まあ良いか。役に立ったのは事実だしの。

 さて、あやつは格子に入れられている様だ。とっとと出して逃げるぞ。


「あ、て、てえめらなんでここに」


 騒ぐでない。人が来てしまうだろう。

 さて、鍵は単純な構造の様だの。これなら簡単に魔法で開けられる。

 格子自体のかんぬきも外してと。よし、逃げるぞ子猫よ。


「うを!? な、なにしやがる、はなせ!」


 少し乱暴だが許せよ。

 脱出口がお主の足では届かぬ。出た後もそのまま落下して死んでしまうでの。


「は、はなせ! おろせ!」


 馬鹿、暴れるでない。

 本当に落ちるぞ。


「な、なに・・ひっ」


 空を飛ぶのは初めてか?

 親にも乗せて貰った事が無ければ初めてであろうな。

 しかし、子猫のまま空を飛ぶのはなかなかきついの。

 魔法だけで飛ぶのはなかなかに気を遣う。

 やはり成猫の姿になった方が飛ぶのはらくだの。


 この辺で良いか。もう施設も遠いし見つからんであろう。

 弟子よ、降りるぞ


「はい、師匠」


 さて、お主も怪我らしい怪我はしていない様だし、助かって良かったの。

 我らが助けに入らねば、あのまま殺されていたか食われていたか。

 まあ、碌な目には合わなかっただろうぞ。

 これに懲りたら相手を選ぶことだ。


「ぐっ、な、なんで助けになんか来たんだ。俺は喧嘩売ったのに!」


 なんだ、そんな単純な事か。

 理由なぞ決まっておるだろう。

 子猫を救うのは成猫の義務だ。

 知らないのならばともかく、知れば助けに行くのが当然であろう。


「そ、それだけ、なのか」


 それだけだ。他意はない。

 さて、某はそろそろこの街を出る。

 次はこのような事がない様に気を付けるのだぞ?


「お、おい! くそ、何なんだお前!」


 某はただの旅猫よ。

 それ以上でもそれ以外でもない。

 さて、達者でな。







「師匠、あれであいつは心を入れ替えるのでしょうか」


 さて、それは某にも解らぬ。

 だがあれで生き方を変えられぬのであれば、そこまでの話よ。

 某は成猫としての義務を果たしただけの事。


 今後どうなるかはあやつしだい。

 家族でない猫にこれ以上のお節介を焼くことはない。奴が望まぬ限りな。

 それが猫という物だ。だから某はもうあれ以上あやつには何も言わぬよ。

 その上某は旅猫だ。いつまでも関わる訳にもいくまい。


 それに大事な物を見つけられぬのであれば、某が何を行った所で同じ事。

 某は自身の大事な物を理解している者にしか、流石にお節介を焼き続ける気にはなれんよ。

 厳しいかもしれぬが、一度機会はやったのだ。それ以上は甘えさせん。

 某は、猫ゆえに―――。

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