第四章 焼逐梅  PART18 (完結)

  18.


 次の日、町屋斎場で梅雪を待っていると、彼女を載せた霊柩車が到着した。


 彼女の遺体を炉に入れながら、体中の熱が溢れていく。



 ……お帰り、梅雪。



 彼女に声を掛けながら炉の温度を上げていく。



 ……すまない、一緒に逝くことができなくなってしまった。だからもう少しだけ待っていてくれ。



 彼女の体を確認しながら目を背けない。最後まで戦い抜いた誇り高い最期だった。この思いを忘れずに魂に刻まなければ。



 ……早く楽になりたいが、俺を囲う人が俺を生かしていく。人は一人じゃ生きられないし、



 当たり前だが、その当たり前の教訓を忘れていた。


 春田君が、夏川さんが、そして栞が俺を無意識に死から遠ざけていく。



 ……梅雪、俺はやっぱりレスキュー隊として、最後まで生きるよ。



 窯の火を上昇させながら思いを再燃させていく。要救助者がいなくても、現場では自分の命を守ることが必須だ。そんな当たり前のことを忘れて惚けていた。

 

 俺の命は、俺だけのものではないのだから――。

 


 ……お前の香りを身に纏って、生き抜いてやる。



 焼けて駆逐された梅でさえも、香りとして存在を誇示している。俺の体は焼けても、自分自身であることには変わりはない。レスキュー隊員という鎧を外しても、火夫としての器を脱いでも、人生は続いていく。



 ……生きよう。お前の分まで。残り半ばにして亡くなった人たちの分まで。



 今はともかく前に進むしかない。止まることは許されない。いくつになろうとも、俺の現実は止まることはないのだから。


 この世は生き辛いことが多い。だがそれでも世界が廻っている限り、人は生きることを止められない。現実と共に生き続けていかなければならないからだ。


 台車を取り出して、遺族の前に差し出すと、栞の瞳には涙は映っていなかった。



 ……当たり前か。



 心の中で声が漏れる。昨日あれだけ泣いたのだ、枯れ果てるまで出し尽くしたのだから、今日の所は大丈夫だろう。



 ……お前がまた死にそうな思いをしても、俺が何度でも生かしてやる。たとえ、この身が全て燃え尽きても――絶対に。


 枯れ果てた俺の体にも未だ熱い液体が眠っている。その液体が全てなくなるまで、俺は、俺として生きることを止めない。




「こちらで故人様の葬儀並びに御出棺は終了となります。


 皆様、どうか悔いが残らぬよう最後の一滴まで悔やみきって下さい。


 さすれば、きっとまた別の場所で新たな命が宿ります。


 本日は当火葬場まで足を運び下さり、ありがとうございました」





  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あーあ、結局、また死ねなかったなぁ」


「何いってんだ、こんな所で」

 

 栞に突っ込みを入れると、彼女は小さく笑った。


「おじさんはやっぱり死神じゃないよ、嘘つきで、私のヒーローだよ!」

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長編・お仕事小説 『それでも、火葬場は廻っている』 くさなぎ そうし @kusanagi104

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