おばば様





お爺様に連れられた部屋は先ほどの部屋とは違ってどこか生活感のある温かい部屋だった。部屋の隅にものごっつう綺麗な美人さんが立っている。



叔父上様の美貌で面食らっていた私だがやばい。これはやばい。

心臓止まるのかな。AEDあるのかなここ。



なんて思っている私を尻目にそのままお爺様はずかずかと部屋の奥まで進んでいく。


挨拶しないんですか??!

美人さんの御部屋じゃないの??!


そう思いながらキョロキョロと挙動不審になる。

初めて会ったお爺様の行動にバクバクしてしまうんですが。



隅にいらっしゃる絶世な美人様に一度ぺこりとお辞儀をして「しつれいシマス」と部屋に入ると、こちらを見ていた美人様の柳眉が上がり、美しい形の唇がそっと開いた。


類まれなる絶世の美人様が驚いた表情だけでも何だろ、ご飯軽く3杯いけるよ。は?子ども茶碗3杯じゃ少ないって?何言ってんの相撲で優勝して飲むあの盃、あの大関杯3杯分だよ。



とりあえず、私も畳の縁を踏まぬようにトコトコとお爺様の後をついていくと、お爺様は小さな仏壇の前に座る。


仏壇には赤い椿の花が生けてあった。



「つばき..。」


「椿院の女君が生けたのであろ。」


そう言ってどこか遠くを見るように椿を眺めるお爺様。




そしていつの間にか私の横にあの類まれなる絶世の美人様がスッと座った。




ひょええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!


やだもう!!なにここ!!!美人の巣窟なの?!!竜宮城なの?!!?


羽衣天女はいなくても竜宮城は、桃源郷はあるの?!!!

なんなの?!!

内心荒ぶる私の顔をじっとりと眺める美人様。


しんじゃう...



そんなわたしをよそに、お爺様が話し始めた。



「これは雛宮のおばば様の仏壇じゃ。

正式なものはちゃんとした場所にあるが、

千加瀬ちかぜはここの室を好んでおったからの。


その室をそのままに、小さな仏壇を置いたのじゃ。」






「チカゼ...? おばあサマのナマエですか?」




何故か隣の美人様が恥ずかしそうにたじろいだ。


横目に見える美人様のたじろぐ姿が可愛くて、目玉飛び出そうです。




「そうじゃ。雛宮も変だとおもうか?



千加瀬は男みたいな名で、男の様ななりをして、初めは男として儂の付き人になりおったからに..。


周りが全て騙されておったわい。」





まじかよ、お婆様.....強烈....。



その白魚の様な麗しい御手で私の禿かむろ頭をさらさらと触るように、なぜか誇らしげな美人様。


触れらている感触は無くとも、気持ちの良い風にそよぐ様に髪がゆらりゆらりと揺れる。



くすぐったくて、うれしすぎてしんじゃう。




そんなことを思っている私を知る由もないお爺様は話し続ける。


「千加瀬の生家はの、男子おのこが生まれなんだ。

考えた千加瀬の父上は千加瀬を男子として育て上げようとしたのだ。


だから名も男の様な名に、そして元服するまでは私の付き人として、元服後はまつりごとに徹して。


千加瀬もそれが当然だと思っていたがな。

現に千加瀬は誰からも男だと思われていた。儂もな。


ただ千加瀬は参内している者だけでなく、女中たちよりも、誰よりも美しかったのだよ。誰もがその美貌に見惚れた。


そして、誰に対しても厳しかった。主人であったはずの儂に対しても例外ではなかったがな。


だから皆、千加瀬を怖く思い、でも好いておったのだよ。



何よりも千加瀬が厳しくしておったのは、己に対してだったからのう。


千加瀬はよい付き人であり、友であり、奥方であり、そしてよい母だった。」


懐かしむように、溜息をつくように、ほっと息をはくお爺様。

なぜかお爺様と同じような表情をしている美人様。

うれいながらも懐かしむ様なその微笑は、ただもう麗しいです..。



お婆様って超絶麗しく、とてもしたたかな方だったのね。



なるほど...


叔父上様も、かか様も美人だしね、うん。納得だわ。



............。


麗しい....??


横に座っている美人様をちらっと見てみると、目が合った。

ぽっと照れたように微笑まれた。



......しんじゃう..。


っじゃなくって!!



お婆様って..。









もしかして!!







「まあ、儂と祝儀を挙げたのも半ば無理矢理だったが、

挙げてしまったらこっちのもんじゃい。」



その瞬間、ぽっと照れていた美人様が一瞬にして氷河のように冷たい表情になる。額に青筋はしってますやん!!雪女ってこういう感じなのかな?!ブリザード吹いてる気がするYO!!てかもはやこれビンゴでしょ!!!




「ぶつくさ抵抗しておったが、最後は折れてくれた。


椿院と竹宮を産み、なんだかんだで儂を大切にしてくれていた。楽しかったわい。


嫌味を言われ言って、笑って、いつの間にか時は過ぎて、

最期はあっけなく逝ってしまったわい。」



そういって仏壇を眺めるお爺さま。


途中雪女になっていた絶世の美女様も、元の顔に...いや、先程とは違う、さみしそうな表情になっていた。



お爺様はすぐにハッと目を開くと私に微笑んだ。


「ちょいとつまらなかったかの。

すまなんだ。何故だか雛宮には話してしまうのう。」


そういってがっはっは。と笑うお爺様。


ちらっと美女様を伺い見る。


柳眉を下げて、どんな顔をしたらいいのか

分からなくなった様に私に微笑んだ。


よし。



「おじじサマ。しっておりますか?」


そういって横に座っているお爺様の目の前に立ち上がる。

左手はパーにして、右手はチョキ....がまだ出来ないから、薬指と小指だけ立てて、お爺様の前へ両手を出す。



「ナナつまでのコはみなカミサマなのですって。」



ぽっかーんとした強面の表情って面白いのね。


なんて思いつつ話続行。



「ワタシはきょうみっつになりました。

だからたまーにわかっちゃうんですよ。」


「なにを言うとるのじゃ?」



「おじいサマ、おばあサマって、てんにょサマみたいにうつくしくて、ひだりのメモトにホクロがあったりしませんか?」



ヒュッと息の切れる音が聞こえた。




お爺様の一つとなりに座っていた美女様、...お婆様はびっくりしたようにこちらを見つめていたが、途端にきりっと整いすぎている麗しい目元をクシャっと歪め、その目に涙を溜めて、薄い形の整っている唇をきゅっと結ぶと、こちらに向かって静かに頭を下げた。


次に見えたお婆様のお顔は天女もかくあらんほどの麗しい、神々しい微笑みでわたしを見つめた。






”...  .......................... ................

.................................、

....   ........。

..          ..。”



「”春のうぐいす、夏の鈴虫、秋の黄昏たそがれ、冬の雪柳ゆきやなぎわたくしの少し前にいるのはいつも宮様。勉学も女子おなごの人気もいつも私が勝ち取っていましたが。いつも宮様が私の前におりました。


友のようにケンカをしましたね。普通の夫婦のように出来なくて、椿院や竹宮に申し訳なくて、でもまっとうに育ってくれて。

宮様。貴方はいつも勝手でしたね。

付き人時代から僕がどんなに止めたって真逆のことをしてくれて。

何度貴方の尻拭いをさせられたか。こんちくしょうってんですよ!


はあ。もういいですけどね。知ってましたとも。

それでも嫌でもあなたの妻となったんだから。あの時に僕はもう平穏にぽくぽく暮らす夢は諦めたんですから。

でも椿院も竹宮も可愛いし、孫連れてきたってさっき椿院に仏壇前で報告された時は心臓止まるかと思ったけどね。あ、もう止まっているんだった。ははっ!!

いつかいつかと楽しみにしていた孫を実際見るととんでもなく可愛くて、あーどうしよう。ずっと一緒にいたいから食べちゃいたいなあ。

なのに君ってばなんなの?そんなかわいい孫に僕の冷徹な人間ぶりを話さなくてもいいじゃないか!!僕は弁明できないんだしさ!!くそ!!君の傍若無人ぶりを延々と話して、昔何をやっても僕に勝てなかったきみのおバカなネタを孫に言い聞かせてやりたいのに!!

できるおばあちゃん..いや、僕は孫のおじいちゃんおばあちゃん一人二役となって孫の愛を独占....!!なんていい考えなんだろう。



あーでも嬉しかったなあ。

誰も気づかなかったのに、初めて僕を見つけてくれたのがこの小さな愛らしい僕の孫で!!目が合ってきょとんとした顔....美味しそうだったな..。


幽霊なんて怖かっただろうに、目があった時に、きょとーん..ぺこり。だものなにこの子可愛すぎるでしょ!!天からなにか授かってるわよこの子!!そりゃ可愛くてたべちゃうよね?!頂くよね?!?!僕可愛いの大好きだもの!!



しかも名を椿院に聞いたけど千鶴っていうじゃないか!!

もう絶対字名は雛宮‼‼!って決めてたら君が先に言ってしまっていたから舌打ちが出そうだったよ。ッチ!!!!!


でもほんと雛宮はいい子だなあ。

大きくなったら僕と結婚するんだ!!なーんて言ってくれないかな。

言われたら誓約書書かせて額縁に入れて一生大事に飾っておくのに。


僕が君のおばあさまですよ〜っ!!!


はああああっ!!!!


可愛いよう!!!!




って長々話しちゃったけどさ。



何よりも僕はあの可愛い二人、椿院や竹宮を、ついでに君を置いて行ってしまっている身だしね。


だから、君にお願いするよ。

あの強がりの不器用な優しい二人をよろしくね。


そして、雛宮の事も。


まあ、雛宮の事は僕が補佐するから、よっぽど手出しさせないけどね。はは!


手出しする輩がいたらどうなることやら、クスクス..





それから、君がへっとへとになるまで働いてもういいでしょうか?って許しを請わない限り、こっちには来させないからよろしくね。

僕は君の為にい何度もへっとへとになるまで働いて何度もぶっ倒れてあげたんだからさ。


それくらいしてくれるでしょ。



最後になるけど、なんだかんだ、君がいたから僕の人生は染まることが出来たかな。

可愛い子たちにも会えたし。


まあ、強面な傍若無人の少しおバカなところがある君のおかげだね。


きみと結ばれるなんてあの時は絶望したけど、結構楽しかったよ。


忠恒、ありがとう。”  」




......................................。





....っく!!

けほっけほっ!!!!!


血吐きそうなほど喋った気がする。

むせながらお婆様を見るといつの間にか私の横で私の背を優しく撫でてくれていた。

感触は無くても、優しい、心配するようなそよそよとした風が背に吹く。





”ごめんね..。”


と声が響いてくる。


ふるふると首を横に振り,”だいじょうぶですよ”と微笑むと、抱きしめられた。




ほわアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!




半透明ながらも、また禿かむろ頭をなーでなーでするお婆様に対し、お爺様は


【ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!】と大声で泣き始めた。


あまりの大声にビクゥッ!!!と震えたが、お婆様はお爺様を一瞬蹴って”うるっさいわ!!”と言っていた。



怒りって色々通り越して、霊とかそう行った類を関係なくするのね。お爺様ってば背中をさすりながら後ろを伺っていた。



しかしまあ、その後思い出したかのように泣くお爺様の男泣きっぷりに呆気に取られていると、お婆様が少し困ったように、寂しそうに微笑んだ。



お爺様の横に座り背中を擦ってあげた。



「千加瀬は怒っていなかった...。

あの憎まれ口も、折々の四季の中で千加瀬が好きなものも、変わっていなかった。

どうしても儂の前だと男の癖が出てしまうところも、千加瀬じゃったぁあああ.....!!!!!!」




「あい。」



「雛宮は千加瀬の生まれ変わりなのか?

もしそうならまた儂の付き人から今後の人生始めぬか?」


お婆様が瞬間でお爺様の頭をはたいた。

透けているのに、さぞ怒りが籠っていたのだろう、痛‼‼と言ったお爺様はまた不思議そうに天井を見上げた。


「おじいサマ。

おばあサマおこってますよ。


それに、わたしはヒナミヤです。」


「そうか、千加瀬は怒っているのか。」となぜか嬉しそうに笑った。


「雛宮。そなたはよい子じゃ。

おじじ様は雛宮のおかげでとても幸せじゃ。

七つまでは神様か、ほうか。

三つ子の魂百までとはよく言うが、雛宮はきっとこれからもずっと優しいのであろうな。」




とってもやさしく微笑んだお爺様をみて私もうれしくて微笑んだ。


綺麗なお婆様も嬉しそうに誇らしそうに微笑んだ。


ああ、良い家族だな。


となごなごしていると廊下からあり得ない音が聞こえてきた。




キュルキュルキュル.........


....キュルキュルキュル...



「なんの音じゃ?」


何だろうこの音....




[姉上!!それはいけませぬよ!!]



[妾の姫はぁあアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!]



キュルキュルキュル.........



[姉上!!!]



お婆様は”本当にあの子ってば。可愛いなあ。”と微笑まし気に廊下を眺めている。



え....??

かか様....??




[姫えええええ!!!!!!!!]



母様!!!










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暁ノ空 秋之 @115to795

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