怪奇現象ロッジのとある一日

Win-CL

眠れない夜にひたひたと

「これは最近聞いた話なんだけどね――」


『ゆきやまちほー』を越えた先、アリツカゲラの経営しているロッジのラウンジに、タイリクオオカミの低く抑えられた声が通る。


「私たちフレンズは、セルリアンに取り込まれると元の動物に戻ってしまう。もしかしたら、のように光の玉になるかもしれない。……だけれどボスは違う。サンドスターから生まれたわけじゃないから、亡霊として彷徨うことになるんだ」


「……ごくり」


 彼女の話に聞き入っているのは『へいげんちほー』から遥々やって来たフレンズたちで、ライオンやヘラジカたちを筆頭にテーブルを囲んでいた。


「亡霊、幽霊。夜な夜な青白い――寂しそうに目を光らせたボスが、暗い廊下をふらふらと……そのボスが私たちに喋りかけて応えたが最後、どこに案内されてしまうと思う?」


「……どこなんでしょう?」


「それは――――彼らと同じ亡霊の世界さ!」

「怖い怖い怖い怖い!」


「冗談だよ、いい表情カオいただきました。――コトドリもありがとう、音付きだと臨場感が全然違うよ」


 いつものように微笑みながらオオカミは話を締め、隣に座っていたフレンズにもお礼を言うと――特徴的な二本の尾を持ったコトドリは、茶色いスカートをひらめかせながら立ち上がり自慢げに胸を張る。


「音のことなら何でも任せて! 最高のパフォーマンスで魅せてあげるわ!」


 吹き荒ぶ風や扉の閉まる音など、様々な音を真似することができるコトドリ。彼女も今では常連、オオカミと共にロッジの目玉で。そんなコトドリに協力してもらうことで、効果音が流れるまでに語りが進化していた。




 そんな日常が何日か続いたある朝――オオカミがラウンジへと入ると、『後ろからいつまでも付いてくる足音』の噂が飛び交っていた。


 暗い廊下で一人歩いていると、いつの間にか足元が増えた。振り向いても音の主は見つからない。恐怖に震えながらも黙って自分の部屋まで帰ると、そのまま足音は遠ざかっていった、という話だった。


「へぇ……。そうだね……こんな話があるんだけど――」


 聞いたばかりの話に嘘を付け加えて、怖い話に仕上げるのは彼女の得意技。ラウンジのフレンズたちも、怖いと思いながらも耳を傾けてしまう。


「建物の中を縄張りにするセルリアンがいるらしくてね……。普段は天井に張り付いているんだけど、音を頼りに獲物を見つけ出したら、触手を伸ばして足音だけを鳴らす。そして獲物がキョロキョロと辺りを見回しているところを狙って、一気に食らいつくんだ」


「ガタガタガタガタ……」


「足音がしたから後ろを振り返ってみても誰もいない。おかしいな……そう首を傾げながら前を向いたところで……首筋に――がぶーっ!」

「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 聞いていたフレンズたちの中から悲鳴が上がる。


「いいねその顔、今度のネタに使えそうだよ。……そうそう、その建物には見るも無残に食い散らかされたフレンズの頭が――」


「ひっ……」

「ヤベェよぉぉぉぉ」


「――冗談だよ。セルリアンがフレンズを取り込まずに一部だけ食べるだなんて、そんな話は聞いたことないだろう?」


 隣のフレンズと抱き合ったり、悲鳴は上げないもののガタガタと震えたり。表情が変わらず目力の凄いフレンズもいたが、みんなの三者三様な反応に満足そうなオオカミ。


「うーん、面白かったなぁ。なぁ、ヘラジカ?」

「へ? あ、あぁ。まだまだ物足りないぐらいだなっ! こ、これぐらいで震えてるだなんて、情けないぞみんな!」


 ライオンがケラケラと笑いかける中で、ヘラジカはあくまで気丈に振舞っていた。




「……どこかに落ちてないものかな、新しいネタは」


 考え事をするには夜の散歩と相場は決まっていると、オオカミはロッジの廊下を一人で歩く。


 ――カランコロンカラン。


「……んん?」


 微かに聞こえてくる足音、もちろんオオカミのものではない。あれは自分が思いつきで付け足した話なのだからと。そう頭で分かってはいても、それでも彼女は身構えてしまう。


「…………っ」


 暗闇からぬるりと出てきた足音の主――


「……あ゛ぁ? そんなとこで仁王立ちになってどうした?」


 ――フードを深く被っているアニマルガール、ツチノコだった。


「こ、こんな時間にうろついて何してるんだ!」

「オ、オレはツチノコだぞ! この時間帯が一番落ち着くんだよ!」


『賑やかなのは苦手だ』とラウンジに顔を出すことは殆ど無かっただけで、もちろん彼女も宿泊客の一人。洞窟がコンセプトの『しっとり』が気に入ったと宿泊を続けていたのだった。


「はぁ……ラウンジに戻って何か飲もう」

「ちょうど良かった、オレも付いて行くぜ」


 ――なにはともあれ、足音の正体が分かったことに安堵するオオカミ。自分のついたホラ話に怯えるだなんて、笑い話もいい所だった。




 そうして二人が暫く歩いていると――


   ――ひた。

          ――ひた。


「……なぁ、オオカミ」

「やめてくれ、私も嫌な予感しかしない」


 何処からともなく聞こえてくる足音、それはとても嫌なぐらいに廊下に響いていて。二人が息を潜めながら耳を澄ますと、それは部屋の一つから漏れ出ているように聞こえた。


「この扉の向こう?」

「おい待て!? まさか開けるのか?」


「こ、この私が真相も知らないままに逃げ帰るわけにもいかないだろう」


 慌てて止めようとするツチノコだったが、もう後には引けなくなっていたオオカミ。彼女がそう言いながらドアに手をかけた瞬間――


「私の最高のパフォーマンスを聞きに来たのね!!」

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!?」


 扉が勢いよく開き、中からコトドリが飛び出してきたのだった。


「やややや、やっぱりコトドリの仕業かぁ!?」

「……? なんのことかしら?」


「例の足音だよ、一人で練習していたんじゃないのかい?」

「足音の練習はしてないけど?」


 不思議そうに首を傾げるコトドリだったが、二人はまだ納得がいかない。いよいよ不安になってきた中で、先に異変に気が付いたのはツチノコの方だった。


「……それじゃあ、あの足音はうわぁ!?」


 パッと飛び退き、慌てて彼女は廊下を指さす。


「今度はいったいどうした――ってきゃああぁぁぁぁ!?」

「ひええぇぇぇぇ!?」


 オオカミ達が彼女が指さした方を見ると――暗がりにフレンズの首だけが浮かんでいた。


「おい……いたずらにしてはやり過ぎなんじゃないか!? カメレオン!!」

「ふわぁぁぁぁ、びっくりしたでござるよぉ……」


 変幻自在の忍者フレンズ、カメレオン。

 今では腰まで見えるようになっている。


「ち、違うでござる、誤解でござるよ! オオカミどのの話を思い出して怖くなったので、夜に出歩くときは透明になっていたでござる……」


「それにしても他に何かあるだろ……。なぁ、お前も一言――っておい!」

「オ、オオカミどの、気絶してるでござるか!?」

「立ったまま白目になるなんて、コウテイだけかと思ってた……」


 数度に渡る驚きの波に許容量を超えてしまったのか、彼女は静かに気絶していた。


「はぁ……自業自得ってこったな。おい、そっちで足持て」

「……え?」


「気絶したコイツを運ぶんだよっ! オレ一人で担いでけってのか!」

「仕方ないなぁ、コトドリちゃんも手伝うよ! 怖くないように楽しい音を流すね!」


 ツチノコがオオカミの肩を、コトドリが腰を。

 カメレオンが足をそれぞれ担いでラウンジへと運ぶ。


 その翌日、『怪音を発しながら徘徊する六本脚の大きな影を見た!』という噂がロッジ中に広がるのは、また別の話――

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