ホワイトデー・ノート

*矢口ねなろ

ホワイデー・ノート


いつしか理科室の机に座ると机の中に手を突っ込むのがクセになっていた。

休み時間に君からのメッセージを見て、授業中に返事を考える。

君とのやり取りを始めたのは二週間前。君からの返事がきっかけだった。



二週間前、私は理科室にノートを忘れた。

普通のノートではなく質問用ノート。分からなかった問題を集めたノートだ。

そのノートを忘れた事に気がついたのは終礼の時。

いつも持ち帰らなくてはならないノートではないが次の日の理科の小テストを思い出し、渋々理科室へと立ち寄った。


思っていた通り、ノートは理科室の机の中に入れっぱなしだった。

名前の部分がかすれて読めなくなっている。

書き直さなくては、と思いつつまだ質問に行っていないページを探した。

明日の小テストの範囲で質問に行っていないところがあったら困る。

空欄のページは数ページあったがそのうちの1ページに目が止まった。

何時間も考えて分からなかった物理の問題。諦めて質問しようと印をつけたが解いてあるのだ。

頭の悪そうな私の字ではなくトメ、ハネ、ハライがしっかりとなった読みやすい字で

その上 、私がどうしても分からなかったところやその先のポイント。

つまづきやすいところまでその綺麗な字で書かれている。

誰が書いてくれたか分からない上に人のノートに勝手に書き込むのも気色悪い話だが悪い人には感じない。

それよりもお礼がしたい。せめて名前を書いてくれたら良かったのにとため息を漏らしたが

一つだけ。この名前も知らない人にお礼をする方法を見つけた。

私はそのページに感謝の気持ちを表す言葉を書いてノートを閉じ、また机の中に入れておいた。



初めは1週間だけれておこうと思った。

もし、書いてくれた人が気づいても気づかなくてもずっと入れておくわけにはいかない。

せめて見てくれたらな。と机の中からあのノートを取り出し、そこにあることを確認する。

私が書いた言葉もあのページにちゃんとあったがある違和感に気がついた。


――


喜んでもらえて良かったです。

字、きれいですね。


――

私のメッセージの下にそう書いていたのだ。

胸に暖かいものが広がっていくのを感じる。

これは驚きよりも興奮の方が近いのかもしれないない。

そんな興奮状態で何度も何度も読み返し、ない頭を必死に振り絞って返事を考えた。

失礼じゃないように。変に思われないように。嫌われないように。


――


自分の字、読みにくくて好きじゃないんです( ´・ω・`)


貴女の字の方が自分は好きです。


理科、得意なんですか?


――


顔文字とかバカに思われないかなとか、質問文なんか書いたら返事を催促してるみたいでウザイかなとかも思いつつもそれ以上の言葉は出てこず思い切ってそのままノートを閉じた。



次の理科の授業でノートを開いた時は嬉しかった。

返事をくれないかもしれないと緊張してたからだ。

そんなことは心配無用だったらしくそこに返事はあった。

丁寧な字。その字を見る度に口元が緩んできてしまう。

そんなにやけを左手で隠しつつシャーペンを走らせた。

相変わらず、馬鹿っぽい字で馬鹿っぽい文しかかけない自分を憎く感じながらメッセージを書き終える。

そんなにやり取りしていない癖に今までやり取りしたメッセージを何度も読み返す。

そしてやっぱりと先程書いたメッセージを消して書き直す。

それらの繰り返しで結局、理科の。物理の授業を聞き逃してしまったがまぁ、許そう。

私には心強い物理の先生がついているのだから。




初めてメッセージから数週間たったがノート上のやり取りは留まるどころかむしろ加速していた

ノートでの会話は普段使っているスマホの機械的な文字でなく、その人を表すような手書きで心が弾んでしまう。

こんな字を書く君はどんな人なんだろう?

私の頭の中では勝手にクールで理系メガネの先輩男子。

男子って言うのは結構確信してる。女の勘ってヤツ。

君に会ってみたい、せめて名前が知りたいと思いは募る一方。

だが、名前も聞くことも会うことを約束することも出来なかった。相手がそういう素振りを見せない。

誰にだって人に知られたくない事の一つや二つはある。

もしノートの君の知られたくない事がそういう事なら無理に聞くのも事も無いし、なにより相手に踏み込みすぎて私たちの関係を壊したくない。

率直に言うと嫌われたくない。

そんな思いしか出てこなくて極力、相手のやめて欲しそうなところには触れず、嫌われることを恐れて会話をした。



女子がざわつく時期になった。バレンタインだ。

バレンタインはもはや女子のみのイベント化していて彼女がいない男子たちは期待なんてしてない。私もそのイベントに参加するが今年も女子同士の交換だけで終わるんだろなとぼんやり。

ノートの君に渡したいがなんせ名前すら知らないのだからどうしようもない。

完全に諦めたその日の相手からのメッセージがこれだった。


――


君に会ってみたいです。


明日の放課後5時に理科室前。


来る、来ない、どちらでも構いません。


俺は来て欲しいです。


――



驚いた。という言葉では足りないほど驚いた。

君も私に興味を持っていてくれて会いたいと同じ気持ちだったこと。

同時に嬉しかった。

彼が一人称を"俺"としたことからチョコを渡したい気持ちも大きくなった。

昂った気持ちのまま返事を書く。



――


はい!もちろん喜んで!

楽しみに待ってます(^^)


――


書いて満足げにノートを見つめていると彼のメッセージの明日の横に日付が書いてあることに気づいた。"明日(2月14日)"

何日がわかるようにという彼の気遣いだろう。確実さも感じられる。

相手のメッセージは昨日書いたもの。つまり会うのは今日だ。

今日なんて急すぎる。心の準備も整っていない。

何より会えるならチョコを渡したい。"ノートで会話していた子と会った"だけで終わらせたくない。チョコでもなんでもいいから君の中に私という存在を濃くして欲しかった。

さっき書いた返事を消しゴムで消した。

迷いながらも


――


昨日は行けくてごめんなさい。

このノートは続けてもらえると嬉しいです。

あなたとこうして話してるととても和むから。


――


と書いた。

相手はきっと明日見るだろう。

和むからなんて離れて欲しくないがための言葉だって分かってる。

それでも必死にしがみつかなきゃ彼は会ってくれない私に呆れて離れていく気がしたのだ。

お願い待ってて。私を見ててほしい。



あれから、1ヶ月程たったが未だ彼に会っていない。

バレンタインに呼び出してくれたんだからホワイトデーに呼び返した方がロマンティックだろう。

なんて言うのは自分自身への言い訳。

あの日、バレンタインに会おうと言ってくれた日からノートでの会話が冷たい。

冷たいというか。気まずい。私も遠慮しちゃって世間話より質問をしてしまう。

そんなかんだで1ヶ月経ってしまった。完全にタイミングを逃してしまったのだ。

どうしよう。と焦るが時はどんどん進んでいく。

どうしたら逃したタイミングを掴めるだろうとノートの君に。当本人に相談したのは気の迷いだったのかもしれない。



――


タイミングを逃してもその先にあるのも"タイミング"なのじゃないかと思います。


期間限定の苺パフェを食べるタイミングを逃しても次には期間限定のチョコパフェのタイミングが来るような感じです。

(分かりにくかったらごめんなさい(汗))



タイミングっていうのは別の形でも順々に巡ってくるものだと思います。


自論なんですけどね(笑)


――


タイミングは回ってくる。なら次のタイミングは?

3月14日しかない。私は決心してその日は早めに帰宅した。



あのノートに会おうと書きたかったが

今日3月14日には理科が無かったので理科室に行けない。ノートにメッセージを残せない。

そうなると私が相手を探すしかない。最近、私のノートを持って帰ることが多い。授業中内では解ききれないらしい。頼りはそれだけ。私のノートを持った男の子を探すんだ。それしかない。

私は合間の休み時間を惜しんでノートの君を探した。

理科室から出てくる生徒を細かくチェックしていく。

私のイメージにそっくりの子がいたりするといちいちドキッとしたりしてひたすら緑のノートを追いかけた。




用心深く1人1人見ていったが誰も私のノートらしいものを持っている人はいなかった。



小さな紙袋に包んだのはチョコレートだけではない。

めいいっぱいの気持ち。嫌われないようにとかそんな気持ちじゃない。

純粋に自分を見てほしいというだけの言葉でない告白。


そんな気持ちを君には伝えられない。

もしかしたら今日が"タイミング"じゃなかったのかもしれない。

なら次またタイミングはくるのだろうか?それはいつなのかだろうか?


肩を落としながら放課後の廊下をとぼとぼ歩いていた。

向かっているのは理科室。最後の最後の願いだ。

君はバレンタインに5時に理科室の前で待っててと言った。

ならもうここに行くしかない。ここに行っていないことを確認したら諦めがつく。




はずだった。


そう。はずだったのだ。



見覚えのある緑のノート。



サラサラの髪。



華奢なのに男の子らしい肩幅。



この人――。




『2月14日放課後5時理科室前!』



叫んでいた。反響しやすい廊下に響く。


君は驚いた顔をしながら振り返った。

私のイメージというよりあの字通りの男の子。


安心のあまり息が漏れる。


なんて言おうが考えず口を開けた瞬間、彼が待ちきれないと言ったように言った。


「君が...ノートの持ち主...?」


やっぱりそうだった。綻ぶ口は隠す必要もなく返事をする。


「はい」


君は驚いた顔が解けて口角が上がる。

その顔を見てから私は口にした。


「あの...。バレンタインの時はお会いできなくてごめんなさい。実は...メッセージをその日に見たのでコレを用意出来なくて...」


前に出したのは思いを伝える小さな袋。


「あの...ホワイトデーになってしまってごめんなさい」


緊張。お願い。嘘でも受け取ってほしい。


「いつも、ノートでくだらない話とか質問とか付き合ってくれてありがとございます!」


違う!ありがとうで渡している訳じゃない。ありがとうも言いたいがそれよりも......。


「なるほど、ありがとうチョコ、か。」


相手にも感謝のチョコレートだと伝わったらしい。

相手の照れる表情を見て自分に喝をいれる。


「いえ...その...ありがとうチョコじゃなくてですね...」


えっ、と君の声。うつむいたままの私はますます赤く染そまった。


君はクスッとひとつ笑ったから

一気に緊張がほぐれてゆっくり、顔を上げて返事がわりにひとつ笑顔を作った。



次は私が答える番だね。



これからはノートの隅っこじゃなくて君の隣で話がしたいからまずは名前から君に教えるね。

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