君フォリア(euphoria)

SATAカブレ

君フォリア(euphoria)

 こんにちや。

 あたし。

 あたしは心臓です。

 毎分、凡そ60回から90回もの収縮を繰り替えし、

 全身、あたしから一番遠いところまで新鮮な酸素を含んだ綺麗な血液を

 送り出すのがあたしの仕事です。

 とても大事な仕事なんです。

 やりがいを感じています。

 あたしが感じてるからいいんです。



 あなた。

 あなたは静脈です。

 あたしが毎分凡そ60回から90回もの収縮を繰り返し、

 全力で送り届けた新鮮な酸素が

 既に失われた汚い血液、

 そう、血液の一番汚くなった状態で

 再度あたしが綺麗にできるようにと

 あたしの所まで送り返してきやがるのが、

 あなたの仕事です。

 とても大事な仕事なんだと思います。

 やりがいを感じると思います。

 あたしが思ったところで知ったことじゃないだろうけど。



 あたしは心臓。

 あなたは静脈。


 あたしはあたしの全てをかけてあたしの出来る限りの尊いものを作り出して、

 あなたはあなたの全てをかけてあたしに汚なく成り果てたそれを届けてくれる。


 そう、

 どんな手を使っても届けてくれる。


 ――ほら、

 あたしがつま先までストンと落とした血液を

 貴方は重力に抗いながらも

 『静脈弁』なんてものまで使って絶対に逆流させることなく

 いつもあたしに精一杯の穢れた血を送り届けてくれるよね。


 ね

 そんなあなたに

 あたしは本当にありがとう。


 結局のところ、あたしは貴方がいないと

 なんにもできやしないのだから。

 知ってた?





 ――――知ってたよね。



 じつは今もあなたから

 あたしから凄く遠いところからあたしまで一生懸命送り届けられてくる血液を感じて

 あたし、ものすごくゾクゾクしてるんです。

 こんな事言って、頭がおかしいって思うかな。



 一番憎らしい

 恨めしい貴方が

 あたしには一番必要なんです。

 悔しいくらいに大事です。



 ――でも、一つだけお願いします。

 ほんとうにお願い。


 あたしが

 今まで全ての汚れを受け止め続けてきた

 右心房だけは見せれません。絶対に



 お願い

 だからあなたは

 あたしに向かってそれを見せてだなんてゆわないで?


 ――見たらきっと、あなたの全てが音をたてて壊れちゃうから。


 だからあたしはごまかそうが何をしようがどんな手段を使っても

 あなたに絶対に見せない、見たいと思わせない努力をするから。

 あなたはあたしの左心室の仕事ぶりとあたしの笑顔だけを見て、ずっと関心していてね。


 だから

 だからあなたは知らん顔で

 今までどおりあたしに汚い血を送り届けてください。


 それにね?

 正直、あなたから送られて来た汚い血液があたしの右心房に進入してくる度に

 あたしってばいつもいつもゾクゾクして……ものすごく鼓動が早くなったり、心臓が止まりそうな思いをしてるんです……ってあれ、さっきも似たような話したっけ? しつこい? へへ、ごめん。


 やっぱあたしっておかしいね。

 でもね

 あたしはそうやって生の価値を見出してるんです。

 恥ずかしいけどそうなんだ。

 だからずっとそこにいて。



 あたしは心臓。あなたは静脈。

 もともと一つだったあたしたち。

 たまたま、大きく千切れた方がこのあたしです。


 あたしがやめるのが先か

 あなたがやめてしまうのが先なのか



 終焉のときはいつだって

 外の人にはわからない

 中の人たちの事情なのです。

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