【エピローグ】異世界でもニートがしたいんだよぉぉぉ!!!!!

「ニヒト様ぁ! 起きてください。朝ですよ!」

「うーん。あと十分……」

「駄目です。早起きは三文の徳というんです。さあ起きてください!」


 掛け布団を強引にはがされてしまったので、眠い目をこすって起床する。


「おはよう、セレフ」

「おはようございます。ニヒト様」


 セレフがメイドとしてこの屋敷に来て、しばらく経つ。

 しかし、こうして彼女に起こされるのは久しぶりことだった。


「うーん今日もメイド服が似合うね。可愛いよセレフ」


 俺はいつかと感じていたデジャブに則って、あの日と同じセリフをあえて口にした。もちろんセレフの褐色肌と白髪に、メイド服が似合っているというのは本心で、巨乳が目の保養になるというのも事実ではあるのだが。


「ありがとうございます。ニヒト様こそ今日は一段とカッコいいですよ?」


 そのことを知ってか知らずか、セレフはそんなことを言ってきた。あの日からあまり日数は立っていないものの、セレフも言うようになったもんだ。


「そ、そんなに褒めても何もでないんだからね!」


 あの日の照れたセレフを再現するも、自分でやっていて気持ち悪いと思ってしまった。あれはセレフがやるから可愛いのであって、俺がやったところで誰得状態になるだけだった。


「はいはい。早く下に行きますよ。朝ごはんを用意しましたから」

「今日は何?」

「白米にレアフィッシュの塩焼き、オークの煮付けとマンドラゴラ汁です」

「わーい。今日も朝からごちそうだい!」


 有能メイドであるセレフは、俺の小芝居に付き合ってくれるだけでなく、朝ごはんのメニューまであの日の再現をしてくれていた。セレフの気遣いが心に染み入るよ。


「わたしは下で待ってますから、着替えてきてくださいね」


 しかし、セレフの協力もここまで。


「――皆様がお待ちです」


 ここに来て、セレフはあの日にはなかった言葉を口にした。


 俺も、おふざけはここまでにしておくか。


 なんやかんやで魔王を倒すことに成功した俺たちは、魔王の死体ことなど諸々の事後処理を、アレッタたち騎士団の連中に任せて、俺の屋敷へと帰ってきていた。アストレアやアレッタの怪我も命に別状があるほどものではなく、しばらく安静にしていれば大丈夫という駆けつけた騎士団医療班が言っていたので、安心だろう。俺のセレフちゃんも元気そうで何よりだ。


 話しは変わって、俺の屋敷には現在、俺とセレフにアストレア、そして戦闘によって怪我をしたアレッタが療養していた。騎士団の方々は王国への報告だとかで、休むことなく城へと戻っていった。勤勉だよなー。俺たちなんか、勝利の余韻もそこそこにして、特にその後のことを話し合わずに『夜も遅いし込み入った話しは翌朝にしよう』という話しになったのに。


 そして、その翌朝を迎えた今。

 これから俺たちはセレフの作った朝食を囲みながら、話し合いをしようという流れだった。その話し合いのためにセレフは俺を起こしに来てくれた。


「ああ。すぐに行くよ」


 俺はセレフに言うと、手近な部屋着を引き寄せて着替えようとする。そんな俺の様子を見たセレフは、下に向かおうとしていたのだが、不意に彼女は寝室と廊下を隔てるドアに手をかけたとかと思うと、こちらを振り向いてきた。


「ふふっ。いいお返事です」


 可愛い微笑みだけを残して、寝室を出て行くセレフ。


 改めて。

 俺はあの日に、あの平穏な日常に戻ってこれたんだ。

 あの日よりも朗らかな笑みを浮かべていたセレフを目の当たりにした俺は、図らずもそんなことを考えていた。


 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


「おお! ニヒト君!」

 下に降りると真っ先に剣聖アレッタが、俺のことを出迎えてくれる、アレッタは昨日の激闘を思わせない足取りで、俺に駆け寄ってきた。


「身体の方は大丈夫か」

「ええ。お陰様で」

 俺が魔剣エリアルに貫かれていたというのはあの場にいた者、すべてにおいて周知の事実。カラフルレインボーを失い、腕を押さえていたアレッタとて例外ではなかった。


「昨晩は済まない。剣聖の私が不甲斐ないばかりにニヒト君たちには多大なる負担をかけてしまった」


 剣聖アレッタは俺に詫びてきた。

 あれだけ酷い怪我をしていたのだから、それは仕方のないことだと思うのだが、彼女はそんなことは微塵にも思っていない様子。こういうところが剣聖たる所以なんだろうな。


「いや、俺が魔剣に貫かれた時、命があったのはアレッタさんの【プロテクション】のおかげですよ。あれがなかったら間違いなく俺は死んでしました」


 そんな剣聖アレッタに対して、俺はそう口にした。

 これはお世辞でも謙遜でも何でもない。耐久力上昇魔法である【プロテクション】がなければ、俺は即死だっただろう。【プロテクション】があっても生きるか死ぬかの境界線を彷徨ったんだからな。


「そうか。そう言ってくれると助かる」

「いえいえ。俺は本心から言ってるんですって」

「ニヒト君……。君はどこまでも心が広いな……」

「アレッタさん。買いかぶりすぎですよ」


 俺とアレッタはそんなことを話していたのだが、


「お二人さん。そんな話しは後にして早く朝食にしましょうよ。私、もうお腹ペコペコなんですけど」


 両手それぞれにフォークとナイフを装備していたアストレアの横入りが入る。彼女はそれぞれの柄尻を机にぶつけ、並べられていた朝食を今か今かと待っている様子。

 セレフもすでに食卓を囲んでおり、あとは俺たちが席につけば準備完了というところまで来ていた。


「アレッタさん。冷めないうちに」

「ああ、そうだな。これまた済まないことをしたな」


 俺が促し、俺たちは慌てて席についた。

 セレフが腕によりをかけて作ってくれた、せっかくの朝食。

 冷めないうちに食べるというのが、礼儀だろう。


「「「いただきまーす」」」


 皆の言葉がこだまする。

 それを合図に、アストレアのスタートダッシュ。

 アストレアは自分に用意されている朝食の品々を、目にとまらぬ早さで掻き込み、あっという間に一杯目の白飯を平らげていた。そんなに急がなくても誰にも取られないっての。女神のくせにこういう卑しい部分は、こいつ全然変わらないよな。


 まあ、でも仕方ないな。

 だってセレフの作ってくれた朝ごはんだもん!


 俺もアストレアに負けず劣らずの早さで用意された朝食を胃の中に収めていると、横から笑い声が聞こえてきた。


「はははっ。これが君の望んでいたニートというものか」


 その笑い声は剣聖アレッタのもので、彼女は俺とアストレアをそれぞれ見やって、口角を上げている。

 何故に彼女が笑い出したのか分からない、俺とアストレアの両名は互いの顔を見合わせ、首を傾げた。


「そうか。そうなのか。くくくっ……」

 なおも笑い続ける剣聖アレッタ。彼女は腹を抱え始めている。

 俺とアストレアには、何がそんなに可笑しいのか皆目見当もつかなかった。


「ええ。そうなんです。これがニヒト様の目指したニートというものなんです」

 アレッタが何故笑っているのか、唯一理解をしているのであろうセレフもまた微笑みながら、そんなことを言っていた。


「魔王エリアルを倒したという偉大な功績を残したニヒト君をまた騎士団に勧誘しようと思ったのだが、それはやめておくとしよう」

 何故笑っているのかは最後まで分からなかったけど、アレッタがそう言っていたので良しとしよう。

 朝ごはんを食べる前までのアレッタのベタ誉め具合からするに、また騎士団にしつこく誘われるのではないかと懸念していたのだ。せっかく魔王を倒してニートを勝ち取ったというのに、騎士団入りなんてのはごめんだからな。


「その代りとは言ってはなんだが、ニヒト君の持っている聖剣と魔剣。それぞれをどうするのかは聞いておきたい」


 先程までのおどけた感じからは一転。

 アレッタは真面目な眼差しで、俺に尋ねてくる。

 その真剣な眼差しは、俺の腰に下げれている二本の剣、聖剣エクスカリバーと魔剣エリアルへと向けられていた。


「今回のようにまた聖剣が人類の危機となりかねない。だからそこのところはハッキリと聞いておきたいのだ。ましてや君は魔剣も手にしているのだから余計だ」


 剣聖としてこの世界の民を守る使命のあるアレッタの言い分はもっともだ。またいつ魔王のような存在にこのチート能力を悪用されるか分からない。


「アレッタさんたちの方で管理してもらえますか」


 一個人にしか過ぎない俺が管理するよりは、アレッタたちの騎士団で管理してもらった方が、ずっといい。

 これから冒険者稼業などをするわけではないので、特に俺はチート能力を必要はとしていない。今回のような面倒ごとに巻き込まれるのはもう絶対に嫌なので、俺は何の躊躇もなくアレッタへ魔剣エリアルを差し出した。


「うむ。しかと頂戴した」


 右手で魔剣を受け取ったアレッタは、左手も差し出してくる。

 しかし、俺はそれには応じない。


「……聖剣はどうするつもりなのかね」


 俺の意図を汲み取ったのであろうアレッタが俺に問う。

 そう。俺がアレッタに預けたのは魔剣エリアルのみ。聖剣エクスカリバーを彼女に差し出すことはなかった。

 確かに聖剣をアレッタに管理してもらうのも悪くはない。けれど魔剣と違って、聖剣にはもっと適当な帰すべき場所があった。


「アストレア。聖剣は返すよ」


 すでに朝食を完食し、手持ち無沙汰になっていたアストレアには俺は告げる。


「これはお前からもらったものだ。魔王を倒すという使命を全うした今、こいつはお前のところに返す」


「……そう。わかったわ。受け取っておく」


 どこか寂しそうな表情を見せたアストレア。

 彼女もわかっているのだ。これを受け取ってしまえば、俺とアストレアの接点はなくなる。聖剣を奪還し、女神追放を免れるという名目を失えば、アストレアは再び女神の仕事に専念する。天界から下界に降りてくることはあまりなくなる。

 だから、彼女はどこか寂しそうな表情をしていた。俺たちと過ごした日々を大切に思っていてくれた。それでも断る理由がないアストレアは、俺が差し出した聖剣に手を伸ばしてくる。


「――ただし」


 しかし、俺はアストレアの手に渡る寸前。

 彼女の手には渡らないように、すっと聖剣を持ち上げた。


「それはお前が俺の願いを聞いてくれたなら、の話しだ」

「お願い……?」

「おいおい。旅に出て聖剣を奪還した暁には、俺の願いをなんでも一つ叶えてくれるっていう約束じゃないか」


 そう。俺はアストレアの接点がなくなる前に、この旅をはじめるキッカケとなった『なんでも一つお願いを聞く』というのを忘れちゃいなかった。


「そ、そんなこと言ったかしらね〜?(下手な口笛)」

「忘れたとは言わせないぞ」


 俺がアストレアにずいっと迫ると、流石の彼女もしらばっくれることはできなくなったようで、自分の身を抱いて俺から一歩後退した。


「な、なんでもって言っても、そういうことはダメよ。私は女神。純潔ななる女神アストレアなのよ。お願いだから無茶なのは勘弁してちょうだいよ……」


 本来は祈られるはずの女神だというのに、どこか天に祈るようにギュッと目を瞑ったアストレア。

 一体、こいつは俺にどんなお願いをされると思っているんだろうか。流石の俺でも無茶すぎるお願いはしない。ナニなお願いならばするかもしれないが。


「じゃあ……」


 俺はそんなアストレアに対するお願いを、ゆっくりと口にした。


「――たまには、ここに遊びに来てくれよ」


 俺はそれだけ言って、ポンと聖剣を手渡した。


「え……? それがお願い?」

「そうだけど? 何か不満?」


 俺に聖剣を手渡されたアストレアは、呆気にとられたようなポカンとした表情のまま、俺の顔をじっと見ていた。

 しかし、やがて綻ぶように僅かに笑ったかと思うと、いつも通りのアストレアに戻り、こんなことを言ってきた。


「いや、あなたは相変わらずのクソニートだなと思っただけよ」

「どういう意味だよ。それ?」


 それだけ言葉を交わして、俺たちは互いの見合い、笑いあう。


「まあいいや。これからもよろしくな駄女神様?」

「こちらこそよろしく頼むわ。クソニート」


「セレフもこれからよろしくお願いするよ」

「はい。わたしはずっとニヒト様について行きます!」


 そうしてすべては終わり、無事に俺は第二の異世界ニート生活を手にしましたとさ。めでたしめでたし――。



 ――というはずだった。



「ニヒトという人物はいるかね!?」

「はい。俺ですけど……一体どちら様ですか?」


 しかし、俺の屋敷に許可なく立ち入ってきた、特徴的な白ひげをたくわえた人物が、それを脆くも打ち砕く。


「こ、国王様! 一体どうなされたのですか!?」

「国王様だぁ!?」


 食卓についていたアレッタが慌てて、国王様と呼ばれていた人物の元へ駆け寄り、膝をついていた。

 アレッタの、この反応にこの対応。おそらく間違いないこの世界の王と見て間違いないようだった。


「こ、国王様が俺に一体何のようなんですか……?」


 俺は恐る恐る、国王に尋ねる。

 正直、この時点で嫌な予感はしていた。


「うむ。そなたの此度の活躍。騎士団構成員ロバートより聞きたもうた。魔王エリアルの討伐。ご苦労であった」


 まさか……。

 この国王の言葉を聞いて嫌な予感は、俺の中で確信へと変わりつつあった。

 この流れはマズイぞ!


「そこで今回のそなたの活躍を表して、我輩直々にそなたを『剣王』に任命する」

「け、剣王ですか!?」

「そうだアレッタ。今日からそなたの上司にあたる剣王。それはここにいるニヒトという人物になった。魔王を倒すほどの腕前。そなたも目の前で見ていたのであろう?」


 ヤバい。ヤバすぎる!

 国王は俺の是非を問う前から、アレッタにそんなことを言っている。これは完全に俺を剣王にする気満々じゃないか!?

 これは今すぐに断っておかないと、大変なことになる!


「す、すみません国王様。俺は剣王なんてものに興味ない――」


 俺が慌てて否定するも、それが国王の耳に届くことはなかった。


「おい見ろよ。あれが噂のニヒトというやつだぞ」

「あれが魔王を倒したっていうニヒトって人? 結構イケメンじゃない!?」

「きゃぁぁぁ。ニヒト様ぁぁぁ!」

「ニヒトさん、サイン。サインください!」


 それはいつの間にか、俺の屋敷を取り囲こむように集まってきてしまっていた野次馬どものざわめきによって。


「人類の救世主、ニヒト!」

「私たちの英雄、ニヒト様ぁ!」

「魔王を倒した勇者、ニヒトさん!」


「「「ニヒト・ニヒト・ニヒト・ニヒト・ニヒト!」」」


 そして、巻き起こったニヒトコール。


「うむ。民衆にもこれだけの人気があれば何の問題もない。さあ、ニヒトとやら。さっそく我輩とともに城へ向かうぞ」


 俺を促してくる国王。


「「「ニヒト・ニヒト・ニヒト・ニヒト・ニヒト!」」」


 未だ、冷め止まないニヒトコール。


 俺はお前たちの思っているようなやつじゃない。

 救世主になりたかったわけでもなく英雄でもない。勇者なんてものは持っての他。ましてや剣王なんかあり得ない。


 俺はただ――。

 ただ、異世界でもニートがしたいだけなんだよぉぉぉ!!!!!


(了)

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 後書き的なものを書いてます。宜しければどうぞ!

 URL→https://kakuyomu.jp/users/agyo/news/1177354054882951955

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異世界でもニートがしたい! 亜暁(あいうえお) @agyo

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