【第二十五話】そしてニートへ
「行くぞ! 魔王エリアル!」
「ふふふっ。楽しくなってきたわニヒトくん!」
聖剣と魔剣でつば競り合いを繰り広げていた俺と魔王エリアル。
俺たちは、その言葉を合図にして互いに距離をとった。
俺が魔剣で、魔王が聖剣。
『普通、逆だろ』とか『魔剣を交渉材料にして聖剣との交換を申し出てみれば』とか、色々と思うところはあるだろうが、俺はもうなりふり構っているいられなかった。目の前の大きな障害、魔王エリアルを倒して、ニートに返り咲くということで精一杯だった。
「ニヒト様。やっぱりここはニヒト様にお任せします。ニヒト様の……いえ、わたしたちの楽しいニート生活を勝ち取ってきてください! ……【クイック】っ!」
どうしようもない、ただのしがないニートでしかなかった俺のことをずっと支えてくれたセレフ。またしてもそんな彼女に背中を押されて、俺は魔王エリアルに立ち向かった。
「セレフ。俺が立派なニートになるところをそこで見ていてくれ!」
「はい。行ってらっしゃませニヒト様!」
この世界のチートアイテム『走々草』とセレフの支援魔法の【クイック】のダブルチートによって、俺の移動速度はこの世界でトップクラスに速いとされるリザードマンたちよりも、ずっと素早い。そのスピードは生かして、俺は一気に魔王エリアルとの距離を詰める。
「ニヒト! 私の女神追放はあなたの腕にかかっている。だから絶対に負けんじゃないわよ! 負けたらタコ殴りにしてやるんだから!」
そんな超速のスピードで移動している最中でも、そんなアストレアの声は明瞭に聞こえてきた。ちらりと視線をやれば、彼女は拳を押さえて、未だ膝をついたままだった。ここまで魔王エリアルと互角に戦ってくれたのだ。彼女の身体にかかった負荷は計り知れない。これ以上、彼女だけに負担をかけるわけにはいかない。
俺は、素早く残っていた薬草をアストレアに投げつけながら、彼女に言った。
「ああ! またお前を女神としてこき使ってやるよ! だからこんな時に動けない駄女神は、そこで寝て待ってろ!」
「任せたわよ! クソニート!」
セレフとアストレア。
俺は彼女たちの想いを胸に秘めて、俺はより一層加速した。
そのスピードは魔王をも凌ぐほどのものであり、『走々草』と【クイック】だけの力にでは成し得ないものだというのは、すぐに理解した。二人に背中を押されてこそのものだった。
俺はそのままの勢いで魔王エリアルに肉薄。流れるように魔剣を振り上げた。そして、俺は強く願う。
俺は、働きたくないんだ!
すると俺のどうしようもない想いに呼応するかのように、魔剣エリアルが昏く光を帯びる。魔剣から体内に何かが入ってくるような感覚に見舞われ、今までにない力に溢れた。
やっぱり俺の思った通り。この魔剣は負の感情に同調し、それを力に変える。使用者に与えるというのが、魔剣の能力。これが聖剣と並び立つとされる理由だ。
そして、その負の感情というのは、悲しみに苦しみ。挫折や絶望といったものだけには留まらない。世間からは曲がっているされる信念。言い換えれば汚い欲望。それにも適応されるのだ。具体例をあげるとすれば、たとえば『働きたくない』。
これは半信半疑だったが、やはりそうだった。
ずっと疑問だった。魔王エリアルはなぜ再三に渡って、俺に一緒に働かないとか誘っていたのかということが。
その疑問は、この魔王エリアルと同じ特製を持つ、魔剣エリアルの力を見れば、すぐに解けた。
彼女は俺と一緒に、俺の近くで働くことで。働く俺から発せられる人一倍強い『働きたくない』という負の感情を頂こうと考えていたのだ。だからニートになることを伝えた時には、あんなにも悲しそうにしていた。必死に止めようとしてくれた。そう考えれば、すべての謎が解けるのだ。
ならば、今はその『働きたくない』という感情を力に変えて、魔王エリアルを倒す!
「おらぁぁぁ!!!」
『働きたくない』という想いをフルに高めて、俺は魔剣を魔王エリアルに振り下ろす。過去に体験した聖剣を振るった感触よりもいい。今までの一番の手応えだった。
「ニヒトくん……悪くないねぇ!!!!」
しかし、魔王エリアルにその一撃は届かない。俺の前には聖剣という、この状況を作ったすべての元凶が立ちはだかる。
一度、冷静になって分析する。
こちらの戦力は俺+魔剣+少々強化アイテムと魔法。魔王エリアルは魔王+聖剣。こちらが凡庸+チート+小チートというのに対して、魔王エリアルはチート+チート。俺という凡庸が足を引っ張ってしまっているため、理論上ではこちらが不利だ。
そして、それは現実にも表れていた。
「くそっ……!」
「ふふっ。ニヒトくんの苦しそうな表情、可愛いよ」
再びのつば競り合いも、俺が押し込まれている。魔剣から力をもらったとはいえ、それでもまだ魔王エリアルの方に部があった。
「所詮、君は聖剣を手放した時点で、勇者も英雄も放棄したも同然。君は勇者にも英雄にもなれないんだよ? わかってる?」
魔王エリアルには余裕があるようで、聖剣の向こう側からそんなことを言ってきた。
「ああ。確かに俺は勇者にも英雄にもなれないかもしれない」
「へー。認めるんだ。だったら私の配下にならない? 今だったら魔王の手下にはなれるよ?」
魔王エリアルの顔から察するに、弱い俺をわざと生かしておき、この状況を愉しでいるようにも思えた。おそらく俺を配下にする気なんてのは毛頭ない。ただ愉しんでいるだけだ。
「いいや、遠慮しておくよ」
それに対して、俺は冷静に答える。
改めて、彼女には俺の信念を伝えておいた。
「だって俺は勇者でも英雄でもない、ニートになりたいんだからな!」
「ふーん。そう」
俺の言葉を聞いた魔王エリアルは興味を失った子供のような目つきに変わると、一気に畳み掛けてきた。
「そんなつまらないもの、せいぜい自分で勝ち取ってみれば!?」
もう容赦はしないようだ。魔剣にかかる力が数段上がる。一気に俺も押し込まれてしまい、数歩ばかり後退する。
……向こうが容赦しないというのなら。
こっちだってもう容赦はしない!
『働きたくない』『楽をしたい』『ぐーたらしたい』『一日中、セレフときゃっきゃっうふふしたい』『アストレアと朝から晩まで飲み交わしてみたい』『俺は勇者にも英雄にもなりたくない』。
俺はひたすらに念じる。何度何度も念じる。
誰に何と言われようと願う。呆れられようと失笑するようとも関係ない。
もう俺は迷わない。俺の信念はただ一つ!
俺は――『異世界でもニートがしたい!』
その時、魔剣エリアルが今までに圧倒的な黒の光を放つ。
俺の中に溢れんばかりの力がなだれ込んできた。
「うおぉぉぉぉ!!!!」
俺はその溢れんばかりの力のすべてを魔剣に込めた。
キィィィィィィィン!!!!!
「ば、馬鹿な……そのわけが……」
結果は俺の勝ち。
俺は魔王エリアルの聖剣を弾き飛ばすことに成功した。
俺の想いはチートを超えた。ニートはチートに勝ったんだ!
それからの俺は早かった。
弾き飛ばされた聖剣を素早く拾いあげ、右手に持つ。魔剣はすでに左手に持ち替えていた。
右手に聖剣。左手に魔剣。
それらを要して、俺はこの戦いを締めくくるであろう最後の連撃を行う。
「魔王エリアル! お前は俺が転生してすぐに聖剣の噂を聞きつけて、俺に近づいてきた。けれど強引に奪うことはせずに魔王として近くで虎視眈々と聖剣を狙う。その一方で宿屋の看板娘のエリアさんとしても働く。どれだけ働けばいいんだよ! 魔王と宿屋の受付嬢の二足のわらじとか、お前は勤勉すぎるんだよ! 少しは休め!」
俺の両手に存在する二つのチート能力の権化。
いくら魔王エリアルといえど最後の時に至るまで、そうと時間は必要なかった。
「くっ……ぐっ! ぐわぁぁぁぁ!」
「魔王エリアル、お前はしばらく休んでろニートしてろ!」
俺のその言葉を最後にして、魔王エリアルは地に伏した。
「ニヒトっ……あなた遂に……っ!」
長く続いた聖剣エクスカリバーを巡る旅路。
それは俺がニートに戻るための道筋でもあり、道中は困難に見舞われることばかりだった。
「ニヒト様ぁぁぁぁぁ!!!!!」
しかし、それは今この時を持って、終わりを告げた。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
こうして、俺はニートに返り咲くことができたのだった。
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