【第二十四話】百万トレアのお礼
「力が……力が漲ってくりゅゅゅのぉぉぉ!」
アストレアの拳撃を受けながらも、魔王エリアルが端から見たら、いかがわしいようなセリフを叫ぶ。もちろんそんなことはしていない。
「行くよ! 聖剣エクスカリバー!」
魔王エリアルは上機嫌にそんなことを叫びながら、アストレアに怒涛のラッシュをかけていた。先程までの有利は一転。アストレアの拳は簡単にいなされ、アレッタのカラフルレインボーは弾き飛ばされてしまった。さっきまで苦しそうにしていた魔王エリアルは聖剣を猛然と振るう。
アストレアたちが不利に転じてしまったのは、明白だった。
原因はセレフの涙。
魔剣エリアルに身体を貫かれてしまった俺を見て、悲しみという感情が生んだセレフ。その悲しみという負の感情によって、魔王エリアルはパワーアップを果たしてしまった。先程の彼女の言動からするに、これで間違いない。
魔物および魔王というのは、人の負の感情を力にするというのが通説、お約束というものなのだ。
「くっ……このままじゃ……」
アレッタという相棒を失い、一人で力を増した魔王エリアルを相手にするアストレア。いくら彼女が女神というチート的な存在だとはいえ、相手はそれを上回るチート。
アストレアが【正義の鉄拳】の応酬を見せるも、魔王エリアルがそれを上回る勢いで聖剣を振るう。アストレアの限界が間近なのも、また明白だった。
「こんなところで寝ている場合じゃない……」
そんな様子をセレフの膝の上から眺めているだけの俺。
この状況をなんとかしようと、俺は身体を起こそうとする。
「に、ニヒト様。あまり動くと……」
「くっ……!」
しかし、それは叶わない。
貫かれた身体に痛烈な衝撃が走り、俺の神経を痛みというものに支配されていたから。
「でも、それでも……俺はいかなくちゃならない」
それでも、なんとか俺は右腕に指令を送り、身体に突き刺さる魔剣エリアルに手を伸ばす。魔剣エリアルを引き抜くことによって、少しでも痛みが和らいで動くことができるようになるんじゃないか。そう考えていた。
「今いかなったら、俺たちの異世界ニートライフは……っ!」
このままだと俺たちは間違いなく、魔王エリアルによって全滅させられてしまう。アストレアが倒れてしまっては終わりなのだ。
だから、俺は行かなければならない。行かなければすべてが終わってしまう。
しかし、そんな俺の行動を、セレフは許してくれなかった。
「ニヒト様」
セレフは魔剣エリアルに伸ばそうとする俺の右手を取り、自分の頬のあたりまで持っていった。
「セレフ……今ここで行かなきゃ全部が終わっちまう。もう俺は逃げない! 戦って勝ち取るって決めたんだよ!」
「ニヒト様……やっぱりニヒト様はどこまでもニヒト様です!」
セレフは俺の手を優しく自分の胸の辺りに持っていく。そしてしばらくそのままで瞑目したかと思うと、俺の頭をゆっくりと地面に置いた。
「ニヒト様の心意気はわかっています。だからここはわたしに任せてください」
「セレフ……お前は何を言ってるんだよ?」
「アレッタ様のカラフルレインボーから救ってもらったお礼はまだしていませんでした」
「だから何を言って……」
「それに百万トレアのお礼もまだでした」
それだけ言ってセレフはメイド服を揺らして立ち上がる。
「だからニヒト様。ここはわたしに任せてください」
言葉はなくとも、俺にはセレフが何を考えているか理解できてしまった。
セレフは――魔王エリアルに直接立ち向かうとしていたのだ。
「待て……お前にそんな力は……」
「ニヒト様。わたしってこう見えても結構強いですよ?」
すぐに詭弁だとわかった。
セレフがもし直接的な力を持っているのなら、ずっと前から使ってくれている。ここまで出し惜しみしたりはしない。そんな力がないから、ずっと彼女は支援魔法で俺たちの背中を押してくれることに専念していた。
セレフが言っているのは、俺がアストレアに使った嘘となんら変わりないものだった。
それはセレフが流している一筋の涙を見ればわかった。
「ニヒト様。行ってきます」
確かにセレフが今行けば一瞬の隙ぐらいは作ることができるかもしれない。そこをアストレアの一撃を叩き込めば、勝機はまだあるかもしれない。
けれど、それじゃあ何の意味もない。
俺がいて、セレフがいて、アストレアがいる。たまにアレッタたちが遊びに来てくれるのも悪くない。
そうやって皆で楽しく過ごしてこそ、俺のニートライフは成り立つ。俺が望んだニートの先にはお前が、お前たちが必須なんだよ!
「必ず、魔王を倒してきます」
しかし俺の想いも虚しくセレフの背中は遠くなっていく。
彼女は俺のニートという目標のために、易々とその身を投げようとしている。
動け。動けよ。俺の身体!
今すぐに立ち上がってセレフの背中を追うわけなければならない。アストレアたちのピンチを救わなくちゃならないんだよ。俺たちのニート生活のために!
と――俺が心の絶叫していた時だった。
「な、なんだ……」
俺の腹部に刺さる魔剣エリアルが、昏い光を帯び出したのは。
魔剣エリアルに黒の粒子が集まる。それはやがて魔剣エリアルに沿って、剣の形を作り出す。そしてその黒の粒子たちは、魔剣エリアルを超えて、俺の身体に直接流れ込んできた。
「痛く……ない?」
得体のしれない黒の粒子が体内に流れ込んできたということで痛みを覚悟していたのだが痛みはなく、それどころか魔剣エリアルに貫かれた痛みまで和らいでいく感覚があった。
「って――傷が塞がってる!?」
ふと、俺は魔剣エリアルが刺さっている腹部を確認したところ、黒の粒子たちが俺の傷口を徐々に塞がっているのがわかった。飛び起きて傷をさすることができるまでに回復していた。
このままだと閉じていく傷口と、魔剣エリアルが干渉してしまう恐れがある。俺は慌てて魔剣エリアルを引き抜いた。
「っ……て、あれ?」
引き抜く際、普通ならもっと血しぶきが出たり、そこまで行けないにしても多少の痛みが伴うものだと思うのだが、それがまったくない。せいぜいムダ毛を引き抜く程度の痛みしかなかった。
身構えていた俺が馬鹿みたいだった。
「な、なんだこれ……」
魔剣エリアルが引き起こしたとしか思えないトンデモ現象。
なんで、魔剣エリアルが俺の味方みたいなことをしてくれたんだよ。
引き抜いたまま手に持っていた魔剣エリアルを見やった。
魔剣エリアルは黒を粒子を禍々しく漂わせ、まさに魔剣という風貌を保っている。魔王エリアルの名前を有するだけのことはある。
……魔王エリアルの名前を有する?
もしかしたら、魔剣エリアルが突然光出したのって!
右手に握る魔剣エリアルを見遣った時に、俺の中に一つの推測が成り立った。
魔王エリアルは人の負の感情を感じ取って、力を増した。
ならば、魔剣エリアルも同様なんじゃないだろうか。
だから魔剣エリアルは、セレフが自分を犠牲にしてまで戦うという辛く苦しい決断をした際に、大きく力を発現した。
聖剣と並び立つ魔剣という存在だ。その力を使って、俺の傷を一つや二つ治してくれてもおかしくはない。魔剣がそんなことをするかというのかは甚だ不思議だが、傷が治ったという事実だけあれば、今はどうでもよかった。
「アストレア様っ!」
「せ、セレフ。あなたどうして前線に」
「少しでもアストレア様の力になればと思って……」
「馬鹿。悪いけどあなたじゃ……くっ!」
そんなことを考えている間にも、セレフは危険地帯にたどり着いてしまう。アストレアはそれに気を取られてしまい、より戦いずらそうにしていた。
「へー。あなたはニヒトくんをたぶらかしてニートに仕立て上げた女。あなたもここに来てたんだ」
余裕を見せる魔王エリアルは、近づいてきたセレフに対して、そんなことを言う。魔王エリアルの顔には魔王特有の悪い笑みが浮かべられていた。
「ニヒトくんだけじゃなく、女神アストレアにも気を使われて……」
「ぐっ!」
なんとかセレフを庇うようにして戦っていたアストレアも、巧みに聖剣を扱う魔王エリアルに押し込まれ、距離を取られてしまう。そして、魔王エリアルは光のようなスピードでもって、セレフに襲いかかる。
「くそ……足が……」
アストレアは酷いドーピングのツケがここできたのか、魔王エリアルを追おうとするも彼女は膝をついてしまった。メリケンサックを嵌めている拳からは激しい戦いの印、大量の血が流れている。アストレアはもう限界だった。
「私にもって力があれば……!」
カラフルレインボーを失ったアレッタもは先程からずっと腕を押さえて、うずくまったままだった。カラフルレインボーを弾かれてしまった際に、彼女もまた大きな傷を負っていたらしい。とても動ける状態ではなかった。
セレフに襲いかかる魔王エリアルを止めることができる人は誰もいなかった。
「妬ましいね!」
「っ……!」
そのまま魔王エリアルは、高く聖剣を振りあげ、セレフめがけて一直線に振り下ろした――。
「そうは、させない!」
「……ニヒト様っ!」
しかし、なんとか間一髪のところでセレフの助けに入ることができた。最後の一個の『走々草』がなかったら、間に合わなかったな。
「へー、ニヒトくん。それは魔剣エリアル。流石は聖剣の使い手だね。魔剣もなんなく使いこなしたんだね」
魔王エリアルの言う通り、俺が持っていたのは魔剣エリアル。先程まで俺の腹部に刺さっていたものだ。
それを使ってなんとかセレフに向かう魔王エリアルの聖剣を受け止めたという形だった。
「ニヒト様、お体の方は大丈夫なんですか」
「セレフ。詳しい話は後だ」
自分が死ぬかもしれないピンチだったというのに、セレフは一番に俺の身体の心配をしてくれる。本当にセレフは、最高のメイドだな。
「その話はこいつを倒した後でな」
「ニヒトくん。私を倒すつもりなんだー」
俺はそんなメイドと歩む異世界生活を守るために戦う。戦わなくちゃダメなんだ!
「やれるものなら、やってみれば!」
聖剣を手にした魔王ことエリアル。
魔剣を手にした俺ことニヒト。
そんな二人が静かに対峙する。
長かった聖剣を巡る戦いも、最終局面を迎えようとしていた。
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