【第二十三話】魔王、交戦
「どりゃぁぁぁぁ!!!!!」
【正義の鉄拳】を発動させたアストレアが物凄い勢いで、魔王エリアルに立ち向かっていく。彼女の行動スピードは先程よりも早い。それはセレフが切れかかっていた【クイック】の支援魔法をかけ直してくれたこともそうだが、俺がこの戦いのために買ったアイテム『
けれど今回は魔王エリアル戦。俺は深夜という時間帯も気にせずに商人のおっちゃんを叩き起こし、無理を言って売ってもらった。勿論、時間外営業料金とプレミアム価格がついていて、とんでもない料金を請求されたけれどね。
え? 一体どれくらいしたのかって?
なんと一つ三十万トレアです! なんとボムよりもお高い。お買い得となっていますよ奥さん(白目)
しかしその甲斐あって、今回は魔王エリアルにアストレアの拳が届いた。アストレアの速さは魔王エリアルの反応スピードをゆうに超えていたのだ。
「へー。やるじゃない女神アストレア」
魔王エリアルの口元からは一筋の血が流れていた。
「よしゃぁぁぁ!!! まだまだ行くわよぉぉぉぉぉ!!!!!」
これに勝機を見出したアストレアは、息つかせぬ拳撃を繰り出していく。それは俺の目では追えないほどのスピードを有していた。
「我らもニヒト君たちに続け! 援護するのだ!」
「は、はい。アレッタ様!」
アストレアの快進撃を目の当たりにした剣聖アレッタの一団も動き出す。ロバートを始めとした騎士団の連中は弓を取り出し、アレッタはカラフルレインボーを構えていた。
「セレフッ!」
「はい! 【クイック】っ! 【ホーミング】っ!」
そんな彼女たちのため、俺はセレフに支援魔法の使用を促した。しかしいくら有能なセレフの後押しといえども、異世界人の一人でしかない彼らには、不十分なはすだ。
決して剣聖アレッタを舐めているわけではない。だが、女神たるアストレアでもドーピングにドーピングに重ねて、ようやく互角といったところなのだ。人の身であるアレッタたちに、これだけでは足りないというのは容易に予測がつくだろう。
「アレッタっ! ロバートっ! これを使ってくれ!」
だから、俺はアレッタたちにも惜しみなく『走々草』を分け与える。これがあれば無いよりはずっとマシなはずだ。
「ああ。助けるよニヒト君。お礼と言ってはなんだが……【プロテクション】っ!」
さらにアレッタが【プロテクション】の支援魔法を、俺たち全員に付与してくれた。これによって、より強固な強化体制が整った。
「よし。ここからは我ら人類と魔王エリアルとの全面戦争だ!」
アレッタのその言葉を皮切りに、アレッタはアストレアには及ばないものの、魔王エリアルは上回るスピードで進撃を快進撃する。同時に騎士団の連中も弓を引き絞り、魔王エリアルを狙う。
「セレフっ!」
「はいっ!」
そして、俺とセレフも騎士団の中に混ざり、投げナイフを構える。騎士団連中同様に遠距離を担当する。
「おりゃおりゃおりゃぁぁぁ!!!!!」
「煌めけ! カラフルレインボーっ!」
できれば、俺もアストレアとアレッタのように近距離で直接魔王エリアルと戦いたかったが、俺では実力不足なのは否めない。俺が近距離攻撃をしたところで足手まといにしかならない。
「女神アストレアに、剣聖アレッタ。君たちは期待以上だね!」
それは彼女たちが繰り広げる攻防を見れば、一目瞭然だ。俺の目では追いきれないほどの斬撃スピード。連続する炸裂音だけが、戦場の状況を伝えてくれている。正直、俺たちは遠距離班という名の傍観者でしかなかった。俺たちが付け入る隙はどこにもなかった。
しかし、そんな俺たちにもわかることがあった。
「死ね死ね死ねぇぇぇぇぇ!!!!!」
「魔王エリアルっ! 大人しく聖剣をこっちに渡んだ!」
「くっ……っ!」
それは俺たちが優勢だということ。
相手が魔王+聖剣なら、こっちは女神+剣聖+ドーピング魔法及びアイテム。こちらの方がチート度では上だった。
いける。
遠巻きから戦況を見ていた遠距離班の誰もが思った。アストレアとアレッタの勝利を確信していた。
――しかし、それは魔王側とて同じこと。
「そ、そんなあのエリアル様が……」
魔王エリアルの襲来によって、すっかり空気となっていた例の武器商人。彼はアストレアたちの攻防から遠い玉座の付近で、その戦いを見つめ、そして魔王エリアルの危機を悟っていた。
理由はわからないがあの武器商人は、魔王エリアルを崇拝している。そんな彼が魔王エリアルのピンチを目の当たりにしている。ならば、この後の彼の行動も必然と言えるものだったのかもしれない。
「今、助太刀に参ります! 待っててくださいエリアル様!」
玉座の後ろに回った武器商人。ここからの角度では何をしているのかは伺えなかったが、聖剣を失った今、彼は一人の武器商人でしかない。助太刀といっても大したことはできない。この現状を覆すことできないはずだった。
だが、俺は嫌な予感がしていた。
そして、その嫌な予感は見事に的中する。
「この魔剣エリアルがあれば……」
魔剣エリアル。
魔王の名を有するその剣は、宝剣グラムを買った商人からは聞いていた。
『おっちゃん夜遅く悪い』
『……ん? ああニヒトの旦那か。なんだい急に?』
『悪い。急ぎなんだ。おっちゃんの持っている武器の中で聖剣エスクカリバーに匹敵するぐらいものってあるか?』
『聖剣エクスカリバーに匹敵だぁ? そんなのはあるわけないだろう。あるとすれば魔剣エリアルぐらいだろうな』
『魔剣エリアル? 魔王と同じ名前なんだな』
『ああ。何でも魔王エリアル一世が産み落としたとされる魔の剣。今はどこにいったのかはわからないが、何でも聖剣にも匹敵すると言われる伝説の剣の一つだよ』
急いでいたこともあって、その時はそんなものがあるんだなー程度にしか思わなかったが、まさか聖剣エクスカリバーだけでなく、魔剣エリアルまでも、あの武器商人が保持していたとは。
これは非常にヤバい!
もしも、魔王エリアルの元に魔剣エリアルが加わってしまえば、この状況は崩れてしまう。
「よしゃあぁぁぁ!!!!!」
「斬り裂け! カラフルレインボー!」
目の前の魔王エリアルで手一杯な彼女たちが気がつく様子はない。
「【クイック】っ! 【ホーミング】っ!」
「皆の者! 気をぬくな! 一瞬のチャンスを逃すな!」
遠距離班もセレフはタイムリミットの近づいていた支援魔法の効果延長に忙しく、ロバートたちも魔王エリアルの一挙手一投足を追っていた。
武器商人の脅威に気がついていたのは、俺だけだった。
「エリアル様っ!!!!」
武器商人が魔王エリアルの名を呼ぶ。
彼は魔剣エリアルを掲げて、魔王エリアルにその存在をアピールしていた。
「いいね。ナイスタイミングだよ!」
「受け取ってください!」
そして、武器商人は有名な顔だけアンパンのマンに登場するバ◯子さん並みの完璧な投擲を見せる。
魔剣エリアルは一直線に、魔王エリアルの元へ投げこまれ、彼女の手に渡る――。
ギシャッ。
――のは、なんとか避けることができた。
「へ……ギリギリ間に合ったな」
「ニヒト!」「ニヒト君っ!」
アストレアとアレッタの声が聞こえてくる。
ここはカッコよく「大丈夫だ何の問題もない」というセリフを口にしたいところだったが、これじゃあ流石に無理だな。
「ニヒト様っ!」
セレフが駆け寄ってきたのが、辛うじてわかった。
彼女は倒れそうになっていた俺を抱きかかえて、身体を仰向けにしてからすぐに膝枕に移行してくれる。流石はうちの有能メイド。仕事が早いこった。
「ニヒト様……お身体に剣が……っ!」
そう。
セレフの言う通り、今の俺には魔剣エリアルが突き刺さっていた。武器商人と魔王エリアルの間に、なんとか滑り込んで魔剣を身体で受け止めたのだった。
遠距離班の俺も『走々草』を飲んでおいて、よかった。
ギリギリだったからな。これがなかったら間に合ってなかったぞ。
「ニヒト! 今【ヒール】を……」
「アストレア。大丈夫だ」
薄れゆく意識の中で駆け寄ってこようとするアストレアを制した。
「お前は魔王エリアルと戦ってくれ」
「で、でも……」
「こんな時のことも考えて、薬草はたらふく用意しているんだ。セレフ頼む」
俺はアストレアにも見えるように大袈裟に、セレフに薬草を手渡してみせた。
「お前がいないと魔王エリアルとは互角に渡り合えない。そうだろ?」
こうして俺の元へ駆け寄ってきている間、アレッタがなんとか魔王エリアルを食い止めている状況。こちらのチートの一つが戦線から欠いてしまってはこちらの有利に影響する。
「だから行け。俺の心配なんかするな」
普段はそういうところを見せないくせに、いざとなった時のアストレアは妙に女神らしいところがある。アレッタと剣を交えて、俺が気絶してしまった時も甲斐甲斐しく介護してくれてらしいしな。
俺が言うと迷っていた様子だったアストレアも踏ん切りがついた様子だった。
「わかった。あなたはそこで寝てなさい。寝ている間にあなたを英雄にしてみせるわ」
アストレアは目にも止まらない超速のスピードで、魔王エリアルとアレッタの元へ戻っていった。
それでいい。
これが正解なんだ。
「に、ニヒト様。これは……」
俺から薬草……らしきものを受け取ったセレフが、表情を歪めていた。
「『薬草』じゃなくて『走々草』ですよね?」
セレフの指摘通り、俺が彼女に手渡しのは『走々草』。
『走々草』は薬草と同じ深い緑色をしていた。素人目には中々見分けがつかないと思ったんだけど、うちの有能メイドの目はあざむくことはできなかったみたいだった。
「……ああ。それは『走々草』だ。薬草はさっきアストレアに使った一個しかなかったんだよ」
この魔王城に来る準備をする際『走々草』や『宝剣グラム』などを始めとした便利な高額アイテムを揃えていたが、薬草という基本中の基本のアイテムを買うのを忘れていた。
いつの日だったか、アストレアと薬草の件で揉めたことがあったな。そう考えるとこれも因果応報。たかが薬草に笑うものはたかが薬草に泣く。そういうことわざもこの世界にはあると聞いていた。それが俺の身にも降りかかってきただけのことだ。
「なんで、アストレア様の【ヒール】を……」
「セレフ。これが一番いいんだ。あいつが戦線を離れれば、アレッタが一人になる。アレッタのことを舐めているわけじゃないけど、そこからこのいい戦況が崩れてしまう可能性だってある」
俺が魔剣エリアルの介入を阻止したことで、アストレアとアレッタの有利は引き続き変わらない。武器商人も騎士団の連中が抑えてくれた。これで盤石のはずだ。
「そう、かもしれませんけど……」
有能なセレフはそれがわかるから、俺の言葉を否定したりはしない。俺一人の命、すべての人類の命。どちらを優先すべきかはハッキリしている。
「でもそれじゃあ……っ! それじゃあニヒト様がニートになることができないじゃないですか!?」
「セレフ。俺が死ぬとでも思っているのか」
「……でも剣が刺さったままじゃあ!」
自分でもこの状況がヤバいということぐらいは自覚することができた。剣は貫通もしてないし、急所も辛うじて避けている。【プロテクション】と【クイック】、『走々草』がなければもっと大変なことになっていただろう。
だが、俺の腹部に刺さっているのは魔剣エリアル。魔剣というだけあって、何やら良くないものが剣を通して、身体の中に入ってきている感覚があった。
確かにセレフの言う通り、このままではどうなるかはわからない。
だけど、これでいい。
「いいんだセレフ。お前にもう一回、膝枕をしてもらえて俺はそれだけで幸せだ」
「に、ニヒト様っ!」
セレフが涙をこぼしていた。
最近、うちのメイドの涙腺がやけに緩いような気がする。
涙腺の緩い人は頭のネジも緩んでいるって言うから、しっかり涙腺を締めておけよ――って、もう声も出ない。
これはもう本格的にヤバいかもしれないな。
俺がそんなことを思いながら、瞼を閉じようとした。
その時だった。
キィィィーンッ。
「くっ!」
アレッタのカラフルレインボーが、魔王エリアルのエクスカリバーに弾かれてしまったのは。
「な、なんか急にエリアルの力が……!」
それだけじゃない。アストレアも押され始めていた。
俺の目論見とは異なり、アストレア+アレッタのチートコンビが徐々に魔王エリアルに対して、不利を取り始めていたのだ。
「くくくっ。人の不幸は蜜の味ってね。ニヒトくんありがとう。おかげさまで力が増しちゃったよ」
アレッタのカラフルレインボーは弾かれた。
アストレアの拳も、もう通らない。
セレフだって、支援魔法の使いすぎで魔力の底が近い。
そして、俺は身体を魔剣エリアルによって貫かれている。
そんな状況になって、ようやく俺たちの戦いは本番を迎えようとしてた。
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