【第二十二話】クソニートと駄女神

「な、なんてことだ……」

 アレッタが率いる騎士団の一員、ロバートが絶望が滲む言葉をこぼしていた。

 彼の視線の先にはエリアさん――いや、魔王エリアル。


「これが聖剣エクスカリバー。うん、悪くないね」

 魔王エリアルは白の光を帯びた剣、聖剣エクスカリバーを遊ばせている。

 空中に放り投げ、一回転させたところでカッコよくキャッチ。そのまま虚空に聖剣を振るい、感触を確かめていた。


 魔王エリアルの手に、聖剣が渡ってしまった。

 拭えないこの事実の重大さは、ロバートを始めとした各々の反応を伺えば分かった。


「私としたことが……抜かったな」

 魔王エリアルの実力をよく知っているのだろうアレッタは、ロバート同様に顔を青くしている。リザードクイーンやキングスライムにも臆することなく戦っていた彼女でさえこの反応。この状況の絶望具合が見て取れた。


 アレッタにロバート。アストレアも事態の変化に動けずにおり、セレフに関しては目を白黒とさせていた。俺も正直、どうしたらいいかわからない。


「ねえ、ところでニヒトくん」

 そんな俺たちを他所に、魔王エリアルは問いかけてくる。


「私と一緒に働く気はない?」

「はい?」

「私、寂しかったんだよ?」

「え、えーと……」


 何を言われたのかわからなかった俺は、魔王エリアルに答えに窮する。

 魔王エリアルは、俺が過去に働いていたことがある宿屋の娘エリアさん。

 その事実がわかったこの後に及んで「一緒に働く気はない?」なんてのは不自然すぎる。

 正しくは何を言われたのかわからないではなく、どういう意図を持っての発言なのかわからない。その言った方が適切なのかもしれない。


 そんな俺の疑問に彼女はエリアさんとしてではなく、魔王エリアルとして答えてくれる。


「聖剣を持っているニヒトくんに逃げられてしまって、ね?」


 彼女はいやらしく笑いながら、そう言っていた。


「あれだけ止めったていうのにニヒトくん、私の言うことを聞かずに仕事を辞めてニートになるなんて言うんだもん。私はニヒトくんがキングスライムを倒した時から、目をつけていたというのにさ。本当にあの時は裏切られた気分だったよー」


 そこにいたのは、やはり魔王エリアル。

 俺の知っていたエリアさんは最初から存在なんてしなかった。


「……全部、聖剣を手にするためだったですか?」

 俺が皆まで言うまでもなく、魔王エリアルは言葉の意味を理解したようで、何の悪気もなく頷いていた。


「うんそうだよー。ちょっと宿屋のおじさんを洗脳して、私が一人娘の看板娘ということにしておいてもらって、ニヒトくんに近づいたんだよ。聖剣エクスカリバーの使い手ニヒトくんに、ね?」


「そう、ですか……」

 俺は今までのエリアさん――いや、魔王エリアルの行動にすべて合点がいった。

 住み込みで働いていた俺をあそこまで気にかけてくれたわけ。聖剣を売ってニートになろうとしていた俺を必死に引き止めようとしてくれていたわけ。そして先程二一◯号室で魔王城へ行くように促していたセレフに反対していたわけ。


 すべては俺のことを思ってことなんかじゃない。自分が聖剣を手にするために、だ。


「さて、ニヒトくん。私と一緒に働いて、この世界を征服してみる気はない? 聖剣エクスカリバーの使い手であるニヒトくんなら、私は大歓迎だよ」


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、魔王エリアルはそんなことを言っていった。


「ニヒトくんが私の軍門に下るっていうなら、多少の融通を利かせてあげてもいいよ。聖剣だってニヒトくんに返してあげるし、滅びる定めの人類のことだって考えてあげていい。さあどうする?」


 魔王エリアルからの申し出。悪くない条件だった。

 今、俺がここで魔王エリアルの片腕になれば、この場は凌げるかもしれない。人類未曾有の危機は回避できるのかもしれない。それに俺が踏み外してしまった異世界無双ライフを取り戻すことができるのかもしれない。メリットがないわけではない。


「そんなの受けるわけがないだろ!?」


 しかし、俺は魔王エリアルの申し出を受けることはなかった。


「だってそんなのは、一時的な安寧を求めた逃げの思考だろ」

 俺が魔王エリアルの軍門に下れば、異世界征服なんて容易い。そんなふうに自惚れているわけではない。ただ聖剣が魔王エリアルの元にある以上、いつか人類は滅びる。これでは根本的な解決に何もなっていない。問題から目を逸らして、とりあえずの解決を求める。延命という名の逃げでしかないのだ。


 だから、俺は魔王エリアルの申し出を断った。

 そう言えば、聞こえはいいかもしれない。けれど、それは一つの理由に過ぎなかった。


 何よりの理由は別のところにあった。


「そう。なら仕方ないね」


 しかし俺がその理由を口にする前に、俺に断られた魔王エリアルは動き出す。


「本当ならニヒトくんがいてくれて方が楽だった。だけど、もうそれも必要ない!」


 魔王エリアルが叫ぶと、聖剣がより一層の眩しさを見せた。

 聖剣から発せられていた白い光は、聖剣を源として魔王エリアルの全身に伸びていた。

 魔王エリアルは白い光に包まれ、どこからどう見ても強そうな雰囲気を纏っていた。


「時間は十分に稼がせてもらった。おかげで準備は万端だよ」


 今までの会話もすべて聖剣の力を最大限に引き出すため。

 俺のことなんか、本気で魔王エリアルは誘っちゃいなかったのだ。


 そして遂に魔王エリアルは聖剣を振るい、俺たちに攻撃を開始する――。


「先手必勝ぅぅぅぅ!!!!!!!!」


 しかし、俺たちだって黙っていても何もしていなかったわけではない。

 俺が会話で時間を稼いでいる間に、セレフとアストレアには目配せをしておいた。

 セレフが【クイック】をアストレアに付与。そしてアストレアが音をも凌駕するスピードで【正義の鉄拳】を放ち、魔王エリアルの先手をつく。計画通りだった。


「ふーん。その程度なのね」


 だが、魔王エリアルは俺の想定の遥か上をいっていた。


「っ!」


 アストレアの振るった拳は、魔王エリアルの聖剣によってあっさりと防がれてしまう。

 彼女はアストレアの超速の不意打ちをものともしてない様子だった。聖剣とつば競り合いを繰り広げるアストレアを、いとも簡単に弾き飛ばしてしまった。そのままアストレアは数十メートル吹き飛ばされてしまった。


 そして、魔王エリアルは吹き飛ばされたアストレアを追って、動き出す。

【クイック】を付与されていたアストレアをゆうに超えるスピード。瞬間移動のごとき速さだった。

 そんなスピードで迫ってきた魔王エリアルを退ける方法を、アストレアは持ち合わせていなかった。


「ま、魔王エリアル……」


 アストレアが苦虫を噛み潰したような表情で、魔王エリアルを睥睨する。

 どうやらアストレアは今の攻防でどこかを怪我したらしく身動きが取れない様子だった。

 そんなアストレアに対して、魔王エリアルは聖剣を振り上げた。


「女神アストレア。あなたには感謝するわ。だってこの世界に聖剣エクスカリバーを持ち込んでくれたおかげで、簡単に世界征服を完了できそうだからね」


 そして、そのまま聖剣は振り下ろされた――。


 キィィィィーーーーーーンッ!!!!!

 しかし、甲高い金属音がそれを阻止した。


「おいアストレア。諦めるのは早いんじゃないか」

「に、ニヒト……あなた!」


 なんとかギリギリ。【クイック】のおかげで間に合った。

 俺はアストレアと魔王エリアルの間に入り、聖剣の一撃を防ぐことに成功した。

 しかし、防げるのはどうやら本当に一撃だけのようだ。


「ちっ。宝剣つってもこんなもんかよ」


 俺が対魔王戦に持ってきていた宝剣グラム。

 この世界ではアレッタの持つカラフルレインボーと並んでの名刀と呼ばれる代物だが、聖剣を一回受け止めただけで、刃がポロポロと崩れ落ちってしまった。もう使いものにはならないだろう。俺は宝剣グラムを辺りに投げ捨てて、再び魔王エリアルと対峙する。


「へー。今の一撃を受け止めるとは見事なものだよ」

「一刀、八千万トレア。舐めないでほしいね」


 俺と魔王エリアルがそんな言葉を交わしている後ろから、アストレアの声が聞こえてくる。


「ニヒト。あなたなんでここに……」

「俺が魔王城に登場してから、しばらく経つんだけど今更それを聞くかね」

「だって、あなたは……」

「まあ色々とあったんだよ。今は詳しく説明している暇はない」


 俺がここに来た理由も求めるアストレアに対して、俺はそう言って制した。

 けれども、これだけは伝えておきたい。そう思った俺はアストレアの方を目だけで見やって、それを口にする。


「アストレア。色々と迷惑をかけて済まなかった」


 先の喧嘩のようなものは勿論。そもそもこの現状を作ったのは俺のせいだ。それのせいでアストレアは女神追放の危機に瀕している。それだけじゃない。アストレアが俺に聖剣を探すように促すために、俺の元へやってきてからも色々と酷い仕打ちをしてきた。身柄を警備兵に押し付けたり、薬草をあげない意地悪をしてみたり、色々としてきた。そしてその度に喧嘩をしてきた。正直、アストレアには謝っても謝りきれないことが山ほどあった。


 そんなふうに酷い仕打ちばかりしてきた俺が、急に謝罪なんかしたものだから、アストレアは面を食らった様子だ。口をあんぐりと開けて、間抜けな顔をしていた。

 しかし、不意に彼女は口元を歪めて、笑ってみせた。


「馬鹿ね。あなたのことを許すわけなんてないじゃない」

「……ああ。そうだよな」


 俺がしてきたことを考えれば当然。立場が逆だったなら、俺だって許せるかわからない。だからアストレアのこの言葉も至極真っ当なことのはずだ。


「あなたが聖剣を取り戻して魔王を倒す。そして英雄になるその日までは、ね」


 けれども、アストレアはそうではなかった。

 彼女は今までで一番の笑顔でそう言ってくれた。


 セレフにしてもアストレアにしても、俺はすごく恵まれていたんだ。

 普通はこうはいかない。もっと糾弾されてもいいはずだ。

 そうだとは知らずに、俺は彼女らに対してなんて不義理なことをしていたんだろう。


 こんな場面だというのに、俺は泣きそうになってしまっていた。

 しかし、こんな場面で涙を見せるわけにいかない。


「ああ。英雄になって、お前が女神の仕事に専念できるようにしてやるよ」

 魔王エリアルに勝てるかどうかなんて分からない。俺の予想の遥か上を彼女はいっているのだから。それでも俺は俺は最大限の強がりを持ってして、アストレアに伝えた。


「ニヒト……あなた変わったわね」

 アストレアがしみじみと、そんなことを呟いていた。


「俺が変わった? そんなわけあるかよ」


 何やら誤解をしているアストレアに対して、俺はそう口にした。

 俺は何も変わっちゃいない。セレフにニヒトのままでいいと言われたんだ。変わる意味がない。俺は新戸二飛斗でニヒトなんだよ。


 俺はアストレアに宣誓にも似た忠告をする。

 それは偶然にも魔王エリアルの申し出を断った最大の理由とも重なっていた。


「俺が英雄を目指すのは、その先にニートという未来があるからだ!」


「……そう。あなたを勘違いした私が馬鹿だった」


 言葉こそ辛辣ものだったが、アストレアの声音は優しく温かった。


「じゃあさっさとこいつを倒すわよ。クソニート!」


 へたり込んでいたアストレアは立ち上がった。


「ほらよ。行くぞ駄女神!」


 俺はアストレアに薬草を放り投げて、それに応じる。

 今一度、俺は魔王エリアルと聖剣エクスカリバーに向き合う。


 相手は魔王。それも聖剣を携えるチート魔王。

 奇襲も失敗し、宝剣も失った。正直、倒す手立てなんて思いつかない。

 けれど、不思議と俺は絶望なんてしていなかった。むしろワクワクしていた。

 アストレアが隣にいてくれれば、セレフが背中を押してくれれば、なんでも出来そうな気がした。もう一度、彼女たちと送るニートライフを想像することができた。


 相手がどんなに強大なチート能力持ちでも関係なかった。

 あの平穏で楽しかったニート生活を手にするために、俺たちは戦うのだった。

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