Ⅵ
亡くなった人の記憶で、最初に忘れるのは声だと言う。姿は写真だったり、考えは文章だったりに記録できるのに、声だけは保存出来ないからとか諸説ある。声も録音できるでしょ、っていう意見もあるけれど、あれは録音する際に電子音に組み替えられてしまうから、そのまんま本人のものとは言えない。
そもそも、声を保存しようとはあまり思わないものだ。
「颯太くん、どうかした?」
「ううん。なんでもない」
僕らは付き合うことになったけど、杏奈の最初の約束『私を颯太くんの一番にして』だけは叶えられそうにない。それは、彼女の中で唯一、声だけが杏と似ていないからだろう。もう覚えていないけれど、違和感だけはあって、僕の中でそれを認めたくないのだろう。
杏奈は完璧に杏なのに、声だけが違う。
杏がどんな声だったのか僕が忘れてしまっているから、説明のしようがないのに。
可笑しいよね。
「それより向こうのお店は見なくていいの?」
杏。君のことは忘れてないよ。君だって、僕に忘れられてほしくないだろう? だから、僕は君の声を覚えているはずなんだ。忘れてしまったはずがないんだ。
杏奈のこの声だけが、君と違うだけなんだ。
END
Aster tataricus 虎渓理紗 @risakuro_9608
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます