亡くなった人の記憶で、最初に忘れるのは声だと言う。姿は写真だったり、考えは文章だったりに記録できるのに、声だけは保存出来ないからとか諸説ある。声も録音できるでしょ、っていう意見もあるけれど、あれは録音する際に電子音に組み替えられてしまうから、そのまんま本人のものとは言えない。

 そもそも、声を保存しようとはあまり思わないものだ。

「颯太くん、どうかした?」

「ううん。なんでもない」

 僕らは付き合うことになったけど、杏奈の最初の約束『私を颯太くんの一番にして』だけは叶えられそうにない。それは、彼女の中で唯一、声だけが杏と似ていないからだろう。もう覚えていないけれど、違和感だけはあって、僕の中でそれを認めたくないのだろう。

 杏奈は完璧に杏なのに、声だけが違う。

 杏がどんな声だったのか僕が忘れてしまっているから、説明のしようがないのに。

 可笑しいよね。

「それより向こうのお店は見なくていいの?」

 杏。君のことは忘れてないよ。君だって、僕に忘れられてほしくないだろう? だから、僕は君の声を覚えているはずなんだ。忘れてしまったはずがないんだ。



 杏奈のこの声だけが、君と違うだけなんだ。








END

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Aster tataricus 虎渓理紗 @risakuro_9608

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