第17話「まがのい さま がみてる」
騒動の後、三階のトイレは男女ともに使用禁止となった。
それによって『男子トイレの花子さん』騒ぎは終息に向かう――
「はずだったんだけどなぁ」
南極は腕を組んで唸る。
困惑していた。それはもう、非常に。
くだんの噂が廃れたかと思ったら、今度はまた別の噂が生徒の間で流れ始めた。
『花子さんがいなくなった三階のトイレに神様が住み着いて、綺麗に掃除したら、願いがかなう』
身も蓋もない作り話なのだろうが、実際に三階トイレを掃除する生徒があとを絶たない。
「どうしたものかなぁ」
南極は尚も唸り続けた。
一方、その噂を流した張本人でもある静は、裏庭に積み上げた石に手を合わせていた。しばらくしてから立ち上がり、待機していた賢太とスコップを持った迫田に向き直る。
「ハナコの正体は意外だったわねぇ」
翌日、焼却炉の中に残っていたのは小さな兎の骨だった。
この兎の事を知る人物がいた。
花子さん騒ぎの最初の目撃者である用務員。
三十年前の死亡事故が起きた時、彼はこの学校の生徒だった。
彼によると、ハナコがいたトイレは、生徒達のいじめの場として使われていたらしい。事件のあった前日、飼育小屋から兎が一匹消えていた。その兎は『ハナコ』名付けられていた。その後にあの事件があり、消えた兎の事は二の次になっていた。そのまま誰にも思い出されないまま、時間だけが過ぎた。
用務員はこんな事を言っていた。
「あのトイレにはたまに蛇やら蛙やらの死体が落っこちてることがあってねぇ。大方、日頃の憂さ晴らしとして、動物に当たっていたんでしょうな。殺された動物たちもそうだが、平気で手を掛けて殺す生徒達も中々不憫で仕方なかったですよ」
もしかすると生徒が死んだ理由は、目の前でその様を見せられてしまったからではないのか? 例えばその生徒が『ハナコ』を大切に育てていたとしたら、それが目の前で悲惨な最期を遂げたとしたら。
賢太は首を振る。過去の事を色々想像した所で、もうどうにもならない。
あの怪物は、ハナコのように、そんな無残に死んでいった動物たちが集まって出来たものなのだろう。
その中で兎のハナコが、どういった理由かは知らないが、そこで死んだ生徒と勘違いされ、トイレの花子さんとして語られるようになった。その内、本物の花子さんとの見分けがつかなくなり、今回の騒動に至った訳だ。
「それでも、人じゃなくても、この子達にはゆっくり眠ってもらわないとねぇ」
静はそう考え、裏庭に骨を埋めて供養することにした。
「ところで、『トイレの神様』だなんて噂流してどうするつもりなんですか?」
賢太は静の流した噂について尋ねた。
「幽霊だってきちんと祈ってあげれば、その内、神様になるのよ?」
さらりと静は言ってのける。
「ま、まさか……花子ちゃんを」
「トイレの女神様として祀っちゃおうって事」
「んな、無茶な!」
賢太は叫んだ。
しかし、静は楽観的だった。
「朱音ちゃんの後ろにいるのと同じ原理を使おうって魂胆よ」
「同じ原理?」
「『まがのい』って言えば、この地域に祀られているあの祟り神のことを連想するのが普通ね。
でも、どういう訳かもう一体、漢字表記の『禍ノ夷』さまがいるのよねぇ」
意味を悟った賢太は頭を抱える。
これじゃあ、花子さん騒動と同じじゃあないか。
「じゃあ、朱音さんが毎日祈ってるのは――」
「漢字表記の『まがのい』さまね」
「なんてこったい」
静はそう質問し、ある方向を指さす。
今日も盛大に、和馬は殴り飛ばされていた。
朱音と、彼女にとっての「まがのい様」に。
これがいつも通りの、日常の風景。
――今日もまがのい様がみてる
おしまい
まがのいさま が みてる(らしい) 碓氷彩風 @sabacurry
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