第16話「怪談 対 祟り神」
――落ちてる。
身動きが取れないまま、賢太は地面へ向かって落下していく。後ろ向きに落ちている事から、真っ先に着くのは頭からだろう。
つまり、死ぬわけだ。
何だかやり切れないな。
賢太がゆっくりと目を閉じようとしたその時だ。
「賢太ぁ!」
聞き慣れた声が耳に届き、反射的に目を開けた。
横から衝撃。景色が横に動く。
正確には、やや斜め上に。
これは……飛んでる?
目をはっきりと開けて状況を確認する。
彼は今、地面に向かって落ちるどころか、校舎屋上に向かって飛んでいた。
柵を乗り越え、体から何かが離れたと思うと、今度は屋上の床に体を打ち付けていた。
痛みが体をはしる。
――生きている?
呻き声を漏らしながら体を起こすと、見知った人物と彼女の背後にいる見知った祟り神が視界に映った。
「朱音さん?」
朱音は得意げに笑みを浮かべながら、賢太の前に佇んでいた。
「YES,Ⅰ am!」
大仰なポーズと共に、朱音は声をあげた。
「あたしと偽者と間違えるなんてとんでもない。あたしは、あんなに不細工じゃないんだから」
「心配よりまずそっちですか……」
呆れた。
「でも、ありがとうございます。助かりましたよ」
賢太はよろよろと立ち上がりながら礼を言う。
「んで、偽者さん。あんたに何があったかは知らないけど、友達に手を出した分は、お痛が必要なんだから!」
すかさず、朱音が投球するように腕を振り下ろす。
その動きをトレースするようにまがのい様も同じ動きをした。だが、彼の場合、袖から鎖が飛び出てきた。それも一本では無い。八本も。
それぞれが生きた蛇のようにハナコに襲い掛かる。一度彼女の体に命中したかと思うと、反対側からも襲ってくる。
痛みに悶えるハナコの姿が徐々に変わっていく。
その姿は獣と人を合わせたようなものだった。その肌は焼いて無理やり繋げた粘土細工のように歪で、まるで数種類の動物をごちゃ混ぜにしたような外観だ。
「あれが、ハナコ?」
と、賢太は正体を現したハナコをまじまじと見つめる。
「正体見せたな、化け物!」
まがのい様は腕を引いて突進する。朱音も同じだ。
彼らの動きは何もかも、全てがシンクロしていた。
肉薄し、朱音は怒涛の連打を叩き込む。まがのいは数本の鎖を鉄球のように丸めたもので、朱音と同様にラッシュしていく。
和馬の時よりも遥かに強力な鉄拳がハナコの鼻柱を砕き、その体を盛大に吹き飛ばした。勢いが強すぎたのか、屋上の柵を突き破り、ハナコは落下した。
「逃がすか」
朱音も後を追うように飛び降りた。
絶句した賢太は慌てて飛び降りた場所へ駆ける。
朱音の手から、正確にはまがのい様の袖からあの鎖が伸び、柵に絡まっていた。朱音は鎖をロープ代わりにして降下する。
落下した時もああやって難を逃れたのだろう。
難なく着地し、逃げようとするハナコを鎖で縛り上げた。
「朱音ちゃーん」
遠くから声がする。
「おーい」
パンツ一丁の和馬が焼却炉の横で大きく手を振っている。
炉は蓋が開いていた。
彼女には見えなかったが、中には灯油が撒かれ、いつでも火が点けるようになっていた。
「よっしゃあ!」
朱音は声を上げながらハナコを投げる。
地面を二、三度跳ねながらハナコは焼却炉の中へ――
入らなかった。
ハナコは焼却炉の口の両脇を掴んで止まったのだ。積み上げられたレンガに亀裂がはいり、端々が砕ける。
「マジ?」
朱音は愕然とする。和馬は身の危険を感じて既に退避。ここから朱音が追撃を加えようにも、遠すぎる。
どうしよう。
彼女が迷った――次の瞬間。
「……子どもの声?」
賢太は辺りを見回す。
声が聞こえたのだ。
しかも、一人ではない。
大勢の。
声の主たちはすぐに分かった。校舎から焼却炉に向かって大勢の子ども達が出てきたのだ。
その姿を見て、賢太はぎょっとした。
全員、あの花子さんだった。
その数、四十八人。
花子さん達は束になってハナコの体を押して、焼却炉に入れようとする。最初は抵抗していたハナコではあったが、多勢に無勢で、見る見るうちに押し負けて狭い炉の中に押し込められた。
「もう、花子をいじめないで!」
先頭の花子さんが火のついたマッチを中に投げ入れる。そして反撃される前に迫田が炉の蓋を閉めた。
壮絶な悲鳴が轟く。
甲高い、けものの鳴き声に近い。
しかし、長続きはしなかった。
唐突に終わり、煙突から黒煙がもくもくと吐き出される。
「噂も時として使いようねぇ」
朱音の横に静が立った。
「先輩?」
「あなた、南極先生から昔の花子さんの噂を聞かなかったぁ?」
「あ……」
『花子さん達の学級がある』
「まさか、本当にあるなんてねぇ。あの子が教えてくれた空き教室の掃除用具入れを開けた途端、同じ顔の子が出るわ出るわ……」
「もう、これで終わったんでしょうか?」
朱音はふと頭に浮かんだ疑問をぶつける。
静はそっと自らの髪を撫でる。
「まだ」
はしゃぐ花子さん達を見ながら静は低く言った。
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