第15話「わな」
・15・「わな」
「……ってことは、花子さんは二人いたんだな。花子とハナコが」
落ち着きを取り戻した和馬は腕を組み、しきりに頷く。
賢太は男子トイレにいた花子さんについて説明したのだ。同時に、隣のトイレに出るハナコについても。
「噂が複数存在する中で、方や『男子トイレ』方や『トイレ』と表現されてたわね? 内容が異なっていたのは個体が違っていたからなのよ」
続けて静が落ち着いた様子で語る。
「和馬の言う通り、ピックアップされた噂は全部本当だったって訳だね」
どうやら花子さんの目撃情報が増えた事で、次第にもう一方のハナコと、花子さんが同じ存在であると認識されてしまったらしい。情報、この場合は噂が乱立し過ぎたのが原因だろう。
「こっちの花子ちゃんは悪戯だけしかしてなかったんだな。しかし、三好は運が良かったのか悪かったのか……」
事の発端となった三好は無害な花子さんに驚いてパニックなった末に転落したようだ。もし仮にハナコと遭遇していたら、彼は今頃、便器の中だ。
和馬は花子さんの頭に手を置こうとしたが、例によって彼の手は彼女の頭をすり抜けた。
「ハナコは何者なんだ? あー、紛らわしい」
掴めなかった手で和馬は頭を掻き、質問する。
「多分、突然死した方の花子さんじゃないかな?」
「でも、名前は花子じゃなかったよね、でも」
「そういえば、そうだった。じゃあ……ハナコは誰だ?」
皆、答えに詰まり、困惑しあう。
「もし、そいつがいたとして、だ。ハナコは本当に突然死だったのか?」
不意に和馬が疑問を口にした。
「噂の中にあっただろ? 元いじめられっ子で、復讐の為に入って来た奴を殺すって。だとしたら、ハナコが死んだ本当の原因って」
「いじめによる自殺? それともいじめが原因で悪化した持病で死亡。まぁ、危害を加える理由としては充分ねぇ」
静は頷く。
「でも、そいつらが卒業したから、今は見境なく暴れてるんだろうな。だとしたら、何だか複雑だぜ」
やり切れない思いからか、和馬は固く拳を握りしめる。
パンツ一丁で。
「じゃあ、このまま手をこまねいているの? 朱音さんが落っこちたけど」
「だから、ここで尻尾巻いて逃げるつもりは無いぞ。……パンイチで帰れないし」
和馬は苦い顔で自身の下半身に目を向ける。十月に下をパンツだけで過ごすのは酷だった。
「大丈夫かな、朱音さん……」
賢太は暗い面持ちとなる。そんな彼の肩を迫田が数回叩いた。
「何?」
迫田が指さす方を向く。
トイレの窓に人の手が張り付いていた。
「いや、そんな……あの手は何だ?」
賢太は一歩退く。
「ああ、窓に! 窓に!」
和馬も半狂乱になりながら慌てふためいた。
誰もがその手を、ハナコのものだと思った。
しかし、実際は違った。
「開けてー!」
朱音が窓に頬をくっつけて喚く。
三階から落ちたのにも関わらず、けろりとしていた。
「朱音さん。ど、どうやって? それより怪我は?」
賢太は窓を開けて朱音を引き入れようとした、その時だ。
「駄目!」
花子さんが叫ぶ。
「へ?」
賢太が振り向こうとしたその時、彼は手足をそして首を絞められた。朱音が伸ばした長く分厚い黒髪によって。
一瞬の出来事で、誰もが反応しきれなかった。
「しまった、ハナコだ!」
と、和馬。
迫田が大急ぎで賢太から髪の毛を引き離そうとするが、手を加えると余計に賢太を絞め上げる。
「ねぇ、花子ちゃん。一つ訊いてもいいかしら?」
「こ、こんな時に何ですか?」
慌てふためく花子の傍で、静は冷静に尋ねた。その一方でハナコは高笑いをしながら賢太を窓の外へ引きずる。
「賢太。諦めるな、しっかりしろぉ!」
和馬も喚きながら迫田と共に賢太を引き留めようとするが、ハナコの方が、圧倒的に力があった。
賢太の体は窓枠を越え、外へ。和馬は手を伸ばすも、友人を掴むことが出来なかった。
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