第14話「逃げろ!」

・14・「逃げろ!」


 和馬は必死に抵抗していた。


 裾を引っ張っていたのは、細く、白い手だった。


 そして、手は便器の中から伸びていた。


「和馬!」

 血相を変えた朱音が扉を開け、和馬の腕を取る。


「ちょっと待て! 花子さんが何で女子トイレにいるんだ!?」

「女の子だからよ!」

「そうでした!」


 そんなやり取りがなされている間にも、和馬の足が便器の中に引きずり込まれていく。


「嘘だろ? 便器の中、底なし沼みたいになってんぞ!」

 みるみる内に、足首の辺りまで和馬の片足が沈んでいく。


「お願い、引っ張って!」

 朱音は叫ぶ。

 彼女の体から浮き出るように、まがのい様が出現する。


 和馬の手を袖の上から掴んだ。


 和馬の動きが止まる。互いの力が拮抗していた。


「痛ぇっ! まじで裂けちまいそうだ!」

「和馬。ベルトを外して、ズボン脱いで!」

 朱音は和馬を引きながら指示する。


 言われるがまま、和馬は片手で器用にズボンを脱ぎ捨てる。下半身がブリーフパンツ一丁になった状態で、和馬は引き上げられた。片方のスニーカーはズボンの裾に引っかかり、脱げてしまっていた。


「助かったぁ!」

 和馬を逃がした事で、白い手は悔しそうに便器の中で暴れはじめた。


「ここから出るわよ!」

 朱音は和馬の背を押して、共にトイレから出る。

 ちょうど悲鳴を聞きつけた仲間達が既にドアの近くにいた。


「出た!」

「どっちが?」

 迫田が訊く。

 しゃべった!? 朱音は密かに驚いた。


「花子さん! ど、どどどうする?」

「まずは落ち着いて……」

 朱音がふと後ろを振り返ると、白い手首が顔のすぐそばに迫っていた。


 彼女は顔を鷲掴みされ、そのまま窓に叩きつけられる。窓ガラスが粉々に砕け、朱音の体は外へ投げ出された。


「朱音さん!」

 賢太は窓に駆け寄ろうとするが、迫田に体を掴まれた。

「逃げるぞ」

 と、和馬。

「待って、朱音さんが……」

「早く、男子トイレに!」

 静が珍しく声を張り上げる。四人は隣の男子トイレに駆け込んだ。

「ひっ!」

「きゃあっ!」

 最初に叫んだのが和馬で、次に花子さんだ。

「花子さんだ!」

「変態だ!」

 これも順番は同じだった。

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