それでも好きなんだ。

糸乃 空

1話完結 思い出す。

うっかりしていた。

ドアポケットに入れておいた牛乳の消費期限が、もう12日も過ぎていることに今気が付いた。お買い得価格だからと3本もいっぺんに買ったことを少し後悔する。


気を付けてはいるのだが、急な会食、打ち合わせと称した飲み会、同僚との帰り飯などが続くと冷蔵庫のローテーションが乱れ時々こういうことが起こる。

飲むべきか飲まざるべきか。などと一応悩んだふりをしてみるものの、牛乳好きの俺に捨てることなど出来るはずがない。


休日の朝、のんびり朝食を準備中の田中光男たなかみつおは迷わずパックごとテーブルに置いた。

思えば牛乳とは長い付き合いだ。物心ついたころから食卓にはいつも牛乳があったし、学校に入ってからは給食には必ず牛乳がついてきた。

家ではもちろんのこと、コンビニで弁当を買う時はパック牛乳を欠かさないし、外食時もメニューに「ミルク」の文字があれば迷わすにオーダーする。


それが普通だと思っていたが、食事時はお茶派、水派もいるらしい。人間はいつだっていくつかの枝葉に分かれるものだ。


こんがり焼いたロールパンに、たっぷりのキャベツとくるっと丸めた生ハムを挟んで、好きなだけピクルスとマスタードをのせて頬ばる幸せなひと時。そこに欠かせない牛乳を直飲みで一気飲みする、うまい。


玉葱とジャガイモのスープに、半熟卵をそっと浮かべて熱々を流し込む。熱ウマなところへ冷たい牛乳を最後の一滴まで流し込む至福のひと時。

さあ、今日は何をしようか。


食後、ソファーに横になりファッション誌をながめていると、なんとなく下腹に違和感を感じた。

間もなくそれは無視できない痛みとなり、光男はトイレへ駆け込んだ。


下腹部に刺し込むような痛みに、思わず両腕でスリムな腹を抱える。

「くっ……」

これはヤバいかもしれない。いや、一時的なものだ、排出が終われば止まる。

ぐるるる、と野生のような咆哮をあげる下腹を抱えながらうなだれる。

が、最近外食続きで便秘気味だった光男は、ちょうど良い腸内一斉清掃だと前向きに考え牛乳に感謝する。


腸内清掃…そうだった今日は!と思った時にインターホンが鳴った。

右手をぎりぎり伸ばし、人差し指と中指で応答ボタンを押す。

「おはようございまーす、田中さーん、今日は町内一斉清掃ですよー」

「あ、はい、出席でお願いします」


ここ町内の自治会は団結力が強く、防犯パトロールから季節の行事など住人のコミュニケーションに力を入れている。

という代わりではないと思うが、町内一斉清掃を欠席すると1万円のペナルティがされる仕組みになっている。

危なかった。のほほんとした休日を送っていたら、ふらふらと出かけてしまっていたかもしれない。


この危機をハライタと言う親切な痛みもって教えてくれた牛乳は、やはりいい奴だ。

「くっ……」

ぎゅるるる、下腹は更なる咆哮を上げ続け、額に脂汗を浮かべながらあと15分で集合場所へ行かなければと光男は焦る。


それでも俺はまた、牛乳を飲む。

昼時にはきっと飲む。

だがこの次は消費期限内のものを。


タイムリミットが、12分を切った。





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