あの恐ろしくも美しい翡翠の夜からわずか数日ののち、王子はこの世を去りました。


 私がこの城へお仕えするようになった時分より、既に王子は病におかされていたと知りました。

 徐々に内臓が腐り、肺がもろくなり、筋力は衰え、生きているのが不思議なほどだったと、王子の死を確認されたお医者様は後に語りました。

 最後は真っ赤な血を大量に吐き、寝台は真紅に染まっていたそうです。

 王子の白い髪は自らの血で紅く染まり、燃えるようだった、と。


 死因は毒による衰弱。

 調べられた結果、それは少しずつ、少しずつ、微量に継続して与えられたようであり、ついにその命を刈り取ったそうです。

 あの方の体の自由を奪ったという毒の症状は、城の庭の一部に咲く、鈴蘭のものとよく似ておりました。


 一体、誰があの方の命を散らしたというのでしょう。

 あの方には、王子にはいつだって彼を守護する影が寄り添っていたというのに――。

 彼が居ては王子に近づくことも、触れることも、ましてや毒なんて、誰も……。

 その瞬間、私は思い至ってしまったのです。


「あ、嗚呼うそよ、そんな、まさか――……」


 頭の中で天使の囁きが響きます。俺たちの邪魔をするな、と。

こみあがる嫌悪に私は我慢できずに嘔吐しました。胃の中の全てを出しきっても、吐き気は止まらず、激しくえづきながら私はぼろぼろと涙を零し続けました。




 ――ええ、そうです。

 朝が来ない闇が、そんなものが愛情という名を借りて存在しうることが、私には全く理解できませんでした。

 二人のまとう闇の深さは、到底私などにはうかがい知ることのできないものだったのだと、まざまざと見せつけられたのです。







【或る使用人の手記/破り捨てられたページ】


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或る使用人の手記 みなみ嶌 @haibi

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