第3話 とるかとられるか
「このままじゃかなちゃん盗っちゃうよ。」
聞こえるか聞こえないかのぎりぎりライン、なんだかんだと恋愛下手な友人の心に届けばいいのに、焦ればいいのにと思う。
みんなにどう思われてるか知らないけど、オレがいろんな女の子に手を出すのはいつだって助けるためだ。相手の男にDVを受けていたり浮気性な男だったり、思い返せばいろんな目にあった女の子がいた。実際に手を出さなくても、女の子を相手から引き離せばほぼ成功。あとは自分と付き合ってるふりして、相手と話をつける。弱味を握ることもあるし、紳士に時間をかけて説得することもある。そうやって諦めのついたところでふりもおしまい、大体ここまで平均10日ほど。
表向きがどんなにいいカップルでも、中はくすんでどろどろかもしれない。それがどちらかのせいとなると事態は深刻だ。誰にも言えないくらいならオレが助けようと思ったのが最初だった。
大口とかなちゃんの場合も同様、相手の気持ちをわかってあげられないような男なんてやめちゃいなよ。
「なぁ沢田、聞いていいか?」
返事はせずにただ見つめた。大口はオレよりも背が高い。3人の中でも大柄な方で、短髪と筋肉のバランスが絶妙だ。顔こそ普通かもしれないけど、勉強するときだけ眼鏡をかけるところはいいギャップだ。今まで彼女がいなかった(現在はかなちゃんがいるけど)ところも悪くないと思う。これで女の子を思いやれたらいい彼氏になれるんだろうけどなぁ、神様はそこまで優しくない。
「川村の浮気したい症候群、どう思う?」
ぶはっ、とコーラを吐き出すところだった。炭酸がのどにしみてむせる。
「なに急にっ、きもい?ついに引いた?」
「いや、純粋にどう思ってるんだろうって。おれより長い付き合いな訳だし、それなりに考えてるのかと。」
考えるもなにも、川村がああなったのは完全に自分のせいだと思っている。中学生だったあの日、明らかに純朴少年だった川村が来るのを知っていて、わざと棚から引っ張り出しておいたお宝本。開いたあとのびっくりした表情が見たかったのに、そこにいたのは『浮気現場特集!団地の若妻』ページを熱心に見つめる川村だった。その視線が少しの熱と過大な興味で支配されているのが分かったので、面白くなって持って帰っていいと言ってみた。その後まさかあんなことを言い出すとは思ってもいなかった。
「そうだねぇ、今のままじゃその症候群は治らないだろうね、治療法知らないけど。浮気の定義もわかってるのかどうかって感じだし。」
川村の場合、どうにもならない壁にぶつからないかぎり治りはしないだろう。そもそも恋愛経験値が低いせいで壁の存在に気づかないかもしれない。そうなれば諦め治療も出来ない。
「そういう大口はどう思ってるの?」
「え、おれか?」
その焦った口調はなにを示してる?
「そう、だなぁ。まず浮気するまえに自然と話せるようになるべきだろ、おのぼりさんじゃ口説けない。」
どの口が口説くなんていってるんだか。大口のくせに、いや『大口叩く』、だからか。
くだらないことを考えていると、とても辛いにおいが鼻をくすぐった。おそらく我が家の夕食だ。麻婆豆腐は辛め、ロールキャベツはコンソメ、ご飯の固さは標準が食卓の決まり事だ。
部屋に戻ると川村が味噌汁を作っていた。けして手際はよくないが、野菜を多くつかった料理には温かみがある。わがままをいうならもっとこってりとしたものがいい。
「おかえりー。ご飯盛って座ってー。」
はいはい、と言って大口は食器棚に手を伸ばした。茶碗は3色、それぞれ自分のものを持っている。大口は必ずオレの分を少し多目にする。意図的なのかはわからないけど、山は高い曲線を描く。
席に座ってふたりをじっと見つめる。変な理想恋愛像を抱く川村と女の子の気持ちがわからない大口。こんな恋愛下手なふたりがまともに恋愛できるなんて想像できない。
食卓を囲んですぐに川村が切り出した。
「そうだ大口ありがとう、さっきかなちゃんから連絡来てさー、どこか行きたいところある?って、なんか浮気してるんだって思うとぐわあ!って舞い上がっちゃって。」
は?
大口の様子をうかがってみると、よかったな、なんてのんきに言っている。
なにそれ、浮気したいっていう川村の願望叶えちゃったわけ?でもそれならさっきのかなちゃんの様子も納得がいく。苛立ったような、悔しそうな表情を浮かべていた。この男は本当に女の子の気持ちを、下手をすれば人間の気持ちを考えられないのかもしれない。
「それ、かなちゃんはいいっていったの?」
「ああ、ちゃんと話し合った。」
なるべく平静を保ちたいけれど、どうやら波を荒立たせぬよう黙々と米を掻き込むしか出来そうにない。この男は本気でそんなことを言っているのか?そうだとしたらかなちゃんだってオレの取っ替え引っ替え正義の対象だ。
「ごちそうさま。」
なんとか挨拶はする。しなければ食材に失礼だ。
「ねぇ大口、オレにもかなちゃんの連絡先、教えてよ。」
だめだなんて言わせない。このままじゃ本当にかなちゃんのこと失うよ、大口。
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