第5話 嘘つきは盗まれる始まり

「たく、連絡なしってどういうことだよ。」

 今週食事当番の川村はなぜか帰ってこない。沢田はそういう日もあって、なんてのんきにいいながらコーラとキャラメルポップコーンを食べている。

 川村は1週間分の献立を考えて初めに必要な食材をすべて買っておくから、冷蔵庫には常にさまざまなものがある。今回はそれがせめてもの救いだった。フライパンの中でも美味しそうな音がする。それらは転がり絡み合いながら焼き色をつけていった。

「でもたしかに珍しい、川村なんてごみを捨てにいくときですらめっちゃ声かけていくのにね。」

 そうなんだ、そこが引っ掛かる。沢田が帰ってこないことは今までも何度かあって、そういう場合は夕食は作っておかないし、食事当番と被ればあらかじめ伝えておくのがルールだ。ましてや逐一連絡をしてくる川村がいきなり連絡なしで帰ってこないなんて一大事だ。講義だって3時までだったはずだし、勉強して帰ってくるにしても6時頃には帰り始めるはずだ。今は8時、我慢できずに夕食を作ってはいるものの、不安はある。

「まぁまぁ、気にしすぎだって、急に飲み会に連れ出されたかも。」

 たしかにそれは否めない。川村のことだ、連絡をするタイミングを失っている可能性もある。

 肉野菜炒めを皿にもり、即席の味噌汁とご飯を善そう。それなりにおいしそうな見た目をしているが、沢田はそれをみるなり油が足りない、と胡麻油をかけた。こいつは早死にしそうだと呆れてしまった。ポケットでケータイが振動すると椅子に当たって思っているより大きな音が鳴った。でていいよーと沢田はご飯をかきこんだ。

 画面にはかなの名前が表示されていた。写真が送られていて、『川村くんをおかりしてます』と綴られていた。ふたりは画面の中で楽しそうに笑っていた、いつもの歯がふたつならんでいる。よくこの部屋で見る歯と、今では見る機会が本当に減っていた歯だ。

「かなちゃんから?」

 右頬をぱんぱんにしてもごもごとしゃべる沢田はわかりきったように表情を崩さなかった。返事をするどころか、目が離せない。だってここは、デートで行ったことがある場所だ。テーマパークか映画館を繰り返していたおれたちが唯一行ったそれ以外の場所。国道をまっすぐ進んだ先、店の規模に合わない駐車場で海がないのに渚という店名。とても印象的だったから覚えている、楽しくて仕方なかった。

「かなちゃん、もしかして川村と一緒?」

 きっと今どうしようと、この男にはすべて読まれてしまうのであろう。じっとこちらを見つめてやはり右頬を膨らませていた。

「後悔するくらいなら、努力した方がいいよ。」

 かたんと音をたてて食事は終わった。シンクに食器を出してごちそうさまと呟いた。ごはんに罪はない、たしかに。そのままコーラとキャラメルポップコーンを持って部屋の方に歩き出した。それなら置き去りにしないで教えてくれ、恋愛下手なおれは何を努力すればいい?


 今夜はまるで寝られそうにない。部屋は個人事にあるわけではなく、寝室と勉強部屋とリビングダイニングだ。壁で区切られているような状態で、本来なら扉が付くのであろうところにそれはない。すべてが三人一緒であるため、今俺のとなり(もちろんベッドは別)には沢田が寝ている。時刻は深夜2時、見慣れた天井はおれを安心させるどころか交感神経を異常に刺激する。やっぱりあんなこと許すべきじゃなかった、いくら友人だからって浮気相手に自分の彼女を紹介するなんて。

 するとケータイが鳴った今度は電話だ、しかも相手は川村。

「どうしたこんな夜中に。」

 なるべく怒りを押さえてたんたんと話したが、それがむしろ威圧的になっているのではと過ぎてから思う。

「あの、かなちゃんの家って、どこかわかる?」

 しどろもどろに聞かれて、嫌な予感がした。川村は居場所をいう気配はない。まさかそうなのか?耳に言葉が入ってこなくなる。きっと向こう側で川村は対応に困っていて、もしかしたら現在の状況も飲み込めていないのかもしれない。

「行かなくていいの?」

 耳に入ってきた言葉にはっとする。沢田だった。

「そもそもあんなこと許した時点でお互いに嘘つき合戦だったくせに。このままじゃ川村に」

 すべて聞き終わるまえにケータイの通話を切って部屋を飛び出していた。上下スウェット、とても決まらない。スニーカーを引っ掻けて部屋を飛び出した。タクシーは何番にかければ繋がる?そもそもこんな時間にすぐきてくれるものだろうか?

 行き先はとりあえず国道の先、bar&restaurant 渚、マスターに声をかけてみるのが手っ取り早い。今はもう後悔の真っ只中だ、さらに嘘を重ねて手放すわけにはいかない。

 街灯とコンビニくらいしか明かりのない住宅街を全速力で走り出した。

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