第8話3-2 サザンカ


 ─5月22日 15:07 ???─




 そのすっとひそめられた眉に、サザンカは少したじろいだ。


「そりゃ、なんかこう……メンバー替え? とか?」

「倉木に抗議でもしてみるっての? 無駄でしょうよ。倉木あいつああ見えて結構頑固なのよ」


 苦し紛れに引っ張り出して適当に口にした案も、そうすっぱりと切り捨てられてしまう。

 フタツミは溜息混じりに続けた。


「仮にそうできたとしたって、誰が参加してくれるっての。……いないに決まってるわ、『あんなゲーム』」

「おれ、おれっいいよ! イチゴのかわり! おれがやるよ」


 フタツミのその言葉に、嬉々として手をあげたのはトーゴ。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながらフタツミの前に躍り出て、その高く掲げた手のひらを主張する。

 フタツミは目の前で上下する真っ黒な頭を、片手で優に押さえつけトーゴをその場に縫い止めた。


「あんたは黙ってなさい」

「えー……」


 細い手に遮られ、面白いほどピタリと動きを止めたトーゴ。

 その小さな少年は、ややあって少々唇を尖らせて不服そうに彼女を見あげた。

 フタツミはそれをさらりと黙殺し、再びサザンカの方に視線をよこす。


 それを受け止めて、サザンカは眉間まゆまを寄せた。

 何か引っかかるところでもあったのだろう。そんな素振りで口を開く。


「……ていうかさ、いい?」

「今度は何よ」


 フタツミはあからさまにめんどくさそうな表情を作る。


 どうにもサザンカのそれと噛み合わない、一つの疑問。

 サザンカの言う『普通』であれば、大前提で、そもそも当たり前のことなのだ。

 だから、皆同じであるはずで。

 違うはずはないのだと、思っていたこと。



「前から気になってたけど、お前らヒロバス好きじゃないの?」



「はあ?」


 その質問に表情を歪めたのは、今度はフタツミの方だった。


「なに寝ぼけたこと言ってるのかしら、『あのゲーム』のどこに好きになる部分があるっての?」

「いやいやいや、一応アレ国民的ゲームだよ?」


 むしろ今は全世界に愛されているゲームである。

 国際大会なんか幾つあるか……もはや数えられないぐらいだ。好きになる部分なら腐る程あるだろう。

 現にサザンカはおそらく優に100通りは上げることができると自負している。


 まあ、今はそこら辺のことは置いといていいだろう。

 サザンカは足りない頭で、自分の疑問をうまく説明できる言葉を探す。


「俺は、倉木に助けて……。いや、拾われた日?」

「……?」

「ゲームの話したんだよ、……それがめちゃくちゃ盛り上がってさ」


 言いながら一つ一つ思い出すたびに、サザンカの表情が苦くなる。


 そう、サザンカが総司郎と出会ったのは、『ヤ』のつく猛者たちに借金返済を迫られていた時だった。

 小汚い借金男を屋敷に連れ込んで、総司郎はなんと言ったか。


『俺のヒーローになってくれ』


 つまりあの変人総司郎が、サザンカを拾ったのは……。


「多分だけど、あいつが俺拾ったのってヒロバス好きだったから? だと思うんだよね」


 そうだ。

 総司郎は、サザンカが『ゲームに金を費やす男』だと知って、買うことを決めたのだ。

 つまり、今流行りの『ヒーロー・バース』が好きな男だろうと、をつけたわけだ。


 たったそれだけの理由で。

 たったそれだけの可能性を持っていただけで。

 サザンカは総司郎に選ばれたわけだ。


「お前らもそうじゃないの?」


 サザンカはフタツミを不思議そうに見つめた。

 訳も分からないまま総司郎につられて、サザンカがここに来てみればヒーローの9番目だとか言われて。

 サザンカのほかにも8人ヒーローがいるらしいじゃないか。


 当然その8人も同じような理由でここにいるんだと思うだろう?


「何を言いだすかと思えば……」


 フタツミは呆れたように額に手をやった。

 大げさに息をついて、脱力する。

 その仕草はまるでサザンカを馬鹿にするような色さえ伺えた。


「あり得ないわ、あんなの好きなわけないじゃない」


 そうして吐き出したのは、ハッキリとした否定。

 フタツミは肩をすくめた。


「むしろ……、私たちの中であのゲームが好きなのなんて、あんたぐらいじゃないかしら」

「マジで⁈」

「ホントよ、嘘ついてどうするの」


 目を向くサザンカを冷ややかに一瞥して、フタツミは肩からずり落ちて来たチョコレート色の髪を後ろに払う。

 硬い動きで宙を泳いだその髪は、適当な形で彼女の背に収まった。


 その一部始終の流れをサザンカは静かに眺めていた。別に注意してみていたわけではないが、結果として似たような行動をとる形になる。

 それはサザンカにとって、であったから。

 それから数拍おいて、サザンカは呆然と口を開いた。


「なんで?」


 素朴な疑問だ。

 そして、サザンカという人間をよく表した質問だと言えよう。


「だってヒロバス楽しいじゃん」


 そう、ヒーロー・バースを一度でも経験しておいて、その楽しさがわからないなんてありえない。

 サザンカが言いたいのはそういうことだ。

 ヒーロー・バースで遊んで、このゲームが好きじゃない人間が、果たしてこの世に存在するだろうか?

 ……そんな極端な思考さえ、この重度のゲーム依存者サザンカは持っていた。

 それゆえの『何故?』であったわけだ。


「楽しいわけないじゃないの。……もし仮にそうだとしたってそれはあんたが今までやってたゲームの話でしょ?」


 そんなサザンカの質問にフタツミはと言えば眉間にしわを寄せただけだ。


 私たちは、あんたとは違うの。

 フタツミはそう言葉を切って瞳を半分伏せる。

 その身もふたもないセリフに、サザンカは苦笑いになった。


 何が違うというのだろうか。

 サザンカも、フタツミも、他の奴らだって同じペットじゃないか。

 この屋敷で飼い慣らされる、愛玩動物だ。


「少なくとも私は、この屋敷に来るまでこんな悪趣味なゲームやったこともなかったわ」

「!!!」


 肩をすくめたフタツミのその言葉にサザンカは息を飲む。

 いくら頭の悪いサザンカであっても、すぐにそのセリフと意味を結びつけることができた。


「え? えええええええっ!! じゃあもしかして?」


 素っ頓狂な自分の声が、耳の奥に響いた。

 ここにくるまで、一度もヒーロー・バースをやったことがない?

 それは、……それってもしかして、


 ──あのヒロバスのゲームが最初?


 サザンカはぽかんと口を開けたまま固まった。

 そうやって硬直したサザンカにフタツミが返したのは無言。


 ……その沈黙は深読みするまでもなく、肯定の意を示していた。


 サザンカは目を見開く。


「……だから私はあんたが理解できないわ、『あんなの』の愛好者だなんてね」


 すいっと背けた視線。

 何処ともつかめない場所を眺めながら、フタツミは重々しくそう言った。


「え、え、じゃあ何? 全然知らないのにあのゲームやらされたってこと?」

「そーよ。まぁ、流石に事前説明は受けたけどね、かるーく」

「そんなのっ……」


 その時代を思い出したのか、苦々しい表情になるフタツミにサザンカは食いつくように声をあげた。

 自分で思っていたよりも大きく、ひどく狼狽したようになった声に驚き、サザンカは一度口をつぐむ。


 同じように驚いた顔を作ったフタツミが目をしばたかせている間に、はやる気持ちを落ち着かせようと奮闘するが、どうにもまとまらない。

 サザンカは片手で目元を覆った。


「待って、全然頭が追いつかないってこんなの。えぇ……ちょっと待ってってばっ、う、嘘だろそんなの」

「そうね、嘘だったらよかったわね」

「いや、フタツミたちは初心者で? ヒロバスと何にも関係なかったんだろ? じゃあなんで……」


 どうして、総司郎はみんなは



「なんで、ペットになんか……」



 選んだんだ?成ったんだ?



 その問いにフタツミはどこか険しい表情になり、サザンカを睨んだ。


「深入りはしないで頂戴」

「でも、」

「言いたくないことぐらい、あるのよ。わかるでしょ?」


 なおも言い募ろうとすると、フタツミは鬱陶しそうに表情を歪める。

 腕を組んで短息を漏らしたあと、彼女はサザンカに釘をさすようにこう言った。


「詮索癖はためにならないわよ」


 それは深く考えるまでもなく、これ以上踏み込むなという警告。

 もしくはもう踏み込んでしまったが故に鳴り響く、サイレンのような意味合いを含んでいた。


 しかし、サザンカは訝しげになって腕を組む。

 この男は、かつて口酸っぱく『赤信号を渡るな』と言われ続けていたとしても素直に従えるほど頭が良くない子供だった。


 もちろん、今もそうだ。


「……そうは言ったってさ、気になるもんは気になるじゃん」

「どうして? 別にあんたに関係ないでしょう、昔のことだしね」


 そりゃあまあ、そう言われれば間違いなく『そう』なのだけど……。

 確かにサザンカだっておのれがやって来た理由を問われれば良い気分はしない。

 とはいえ、だ。

 サザンカはあまりにも……、あまりにも自分の置かれたこののことを知らな過ぎるのである。


 サザンカはわずかに俯いた。


「その、シジマもそうだったから」

「……」

「あの日……、会った時、このゲーム好きじゃないって言ってたんだ」


 決まりの悪そうに頭をかいて、サザンカはごにょごにょと声を絞り出した。

 それは、サザンカがここに来たばかりの頃の。まだ真新しく刻まれた記憶だ。


『私は、あんまり……好きじゃないわ』


 俯きがちにそういった彼女の声が鮮明なまま脳裏で再生できるほどには。新しい、記憶、なの、だ。

 サザンカは拳に力を込めた。


「なのに、なんで……」


 好きじゃない? ならなんでこんなところにいるのか。

 こんなところに来てしまったのか。


 シジマは……、トーゴは……、フタツミは……、


 ……イチゴあいつだって。


 ペットになんかなる理由がないじゃないか。


 『ペットになった理由』……それを問うことがタブーであろうことは、なんとなく空気で察していた。

 だから今までは飲み込んでいたのだ。

 しかし、サザンカから問わずして得られる情報は望めないだろう。この数日間でサザンカが学んだことだった。


 そんな気まずい気持ちを汲み取ってか、この部屋の空気は重みを増す。

 どうにか振り払うため、答えを求めてフタツミの方へ視線を送るけれど。彼女のそれとサザンカの目がかち合うことはない。

 だから、流れたのは緩やかな沈黙。

 ずるずると重たく体ににかわがまとわりついて嫌気がさすような……。そのまま動くことを諦めて眠るような、そんな静寂だった。


 フタツミが一つ息をついた。


 小さな音なのに、それは浮き彫りになったかのように部屋の中で響いて、サザンカの肩を震わせた。

 沈黙に耐えられなかったからなのか、サザンカの意図を汲み取ってくれたからのか、わからないが……。彼女はゆっくりとサザンカの望む『答え』の一部分を吐き出す。


 それは、すぐに合点がいくようなものではなかった。

 でも、確かにどこかで聞いたことのある。サザンカの耳にもわずかながら痕跡を残していた言葉だった。







「きっと、……きっとあの子にも、それでも『欲しいもの』があったのよ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ペットヒーローズ‼︎ 通行人C「左目が疼く…!」 @kitunewarasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ