最終章

 地上で戦いがあったことが、ぜんぶ嘘のように思える、空は青く晴れていた。

 黒かった雲は彼方へと過ぎ去っており、自分たちを低く抑え空に広がっていた雷雲も、渦を巻く乱流も、今はどこにも見えない。

 地上にはハヤミが墜落したらしい場所が見え、林があって、墓があり、大きな窪みがあって、かつて少女が住んでいた地下都市の入り口が覗いて見える。

 プロペラ機は、ゆっくりと空を飛んでいた。

 谷に落ちていった正体不明の怪物も一瞬で消え、ジオからの大規模遠征軍も、すでに撤退準備に入っている。

 舞い上げられたガラスの粉が太陽光を反射して、きらきらと空で輝いていた。舞い上がったガラス片の海が、太陽光を反射して風にのると、まるでハヤミ達の前に一つの大きな道を示しているような。

 そんな風にも、見えなくもない。

「……終わったのか?」

「ああ、なんとかな」

「カァー! 正直、俺はもうダメかと思ってた」

 後部荷物スペースに入っていたカズマがハッチから顔を出し、もぞもぞと体を動かす。その様子を目で見なくても分かるくらい、プロペラ機は小さく、そしてゆっくりと空を飛んでいた。

 少女の手はまだ、ハヤミの手を握っていた。だが彼女の目は、もうほとんど開いていない。

 最後までハヤミたちを助けようと、味方を裏切り、彼女自身にかけられた命令にも背き、最後はハヤミが彼女に下した命令にすら抗い、少女はハヤミを助けてくれた。

「不思議な奴だな」

 ハヤミが思っていた言葉を、後ろからカズマが言って顔を覗かせる。

 すると目の前で少女の体がふわりと浮いた。

「おっ、おい」

 少女の体は重力を無視するように、その体と羽根をコクピットの外へ出した。

 まるでそのまま彼方へ飛んで行ってしまいそうな、羽根は真っ白で、露出したコクピットから外へ出て行く。

 ハヤミは少女の手を掴み、懸命に引っ張った。

 少女の顔は、まるで眠っているように穏やかな顔だった。

「どこへ、行くんだよ」

 ハヤミが言うと、その言葉が聞こえたかのように少女は目を開けた。

 だが目を開けても物を言わず、黙ってやさしそうににっこり笑う。

 そんな優しそうな微笑みは、地下でも、ジオでも、どこででも、ハヤミは見たことがない。でもそんな少女の微笑みが、今目の前にあって、少女は飛行機と並んで空を飛んでいた。

 ふと手から力が抜けた瞬間に、ハヤミの手から少女の体が離れ、ゆっくり飛んで飛行機から離れていく。

 慌ててハヤミはもう一度少女に手を伸ばすが、届いたのは指先だけ。急いでキスをするもそれは届かず、少女は羽根を広げて飛んでいく。

 その胸元には、光る石の基盤。赤い輝きが、空の彼方を示していた。

「終わったのかな」

 地上を見てカズマが呟いた。

「彼女は命令を全うしたんだよ。たぶん」

「命令?」

「そうインプットされてたんだって。きっとお前とあの子が出会ったのも、こうして空を飛んだのも、きっと彼女がいたからだ」

「いいや違うね」

 空飛ぶ白い翼の少女を見送り、ハヤミは操縦桿を握りしめる。

「これは、ぜんぶ自分で決めたことさ。オレも、彼女も。ついでに彼女はオレに惚れてた。オレ様の思いは全部彼女に届いてた」

「ほおー暑苦しい。お前がそう思うのは、お前の勝手だ。嫌だねえ、いつものお前の思い込みだろ?」

「じゃあお前はどうなんだよ。いつも口先ばっかりで、結局今回だって、オレの後ろでこそこそしてただけじゃねーか。いっつもそうじゃないか!」

「テメエ俺がいなかったら今頃お前は砂粒の一つくらいになってたんだぞ!? この俺の! 手助けが! その前だってずっとそうだ! 今ここで詫びて反省しろこのヤロウ!」

「オマエなんざいなくたって、オレはずっと一人でやってこれたぞ!」

「ほざくなクソハヤミ!」

「やるかこの野郎!」


 そうして小さなプロペラ機は、揺れながらも空を飛び続ける。

 いつまでも、どこまでも。ずっと。


第一稿・完

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そして僕らは 名無しの群衆の一人 @qb001

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