第二章 交差する思惑

第5話

 DOORSの能力訓練法に、メンタル・スクリーンという方法がある。脳内に映像を想定し潜在意識を高める技術だが、訓練に訓練を重ね、極めてリアルな三次元映像の投影を可能とする者などは、その〝眼〟が日常生活に影響を出してしまう場合も多い。


 時折クラウ・ソラにもそれが訪れることがある。主に物作りで脳を酷使した時や、悩んでいる時、考えを整理したい時に明晰夢の形で現れる。――今も、知らない部屋の中心に立って、クラウは夢だと自覚しながら周りを見回していた。部屋の奥には透き通るような金色が見える。近寄ると十歳にも満たない少女の髪なのが分かった。


 少女は上位者特有の髪色なのに、ふんぞり返るどころか弱々しく青ざめた表情で、丸椅子に弱々しく座る背を同じ金髪を持つ母親であろう人物に支えられている。


 そんな親子の正面では、カルテを手にした医者の男が延々と知識を垂れ流していた。状況を判断するにここは診察室。母親が子供の診断結果を言い渡される場面か。


「――ですので、まことに残念ですが、お子さんは適格性を有しておりません」


 医者はそう言った。事態を把握できないでいる少女が、恐る恐るといった風に母親の横顔を覗く。そしてさらに落ち込み、目に涙をためて俯いてしまった。それを見たクラウはなんだか胸に込み上げるものがあって、思わず少女の頭に手を伸ばそうとする。


 なぜならそこにある麗しい金色が、実はとても見慣れた色だったから。


「……ああ、ジュリア」


 母親が呟いたことで、クラウは少女の正体に納得した。同時に夢を見ている要因にも気づく。確実に今日アルスに頼まれた件が関係している。回収対象に出会った時クラウの中に「この子には適性がある」と興味が生まれた。だがあまりに好意的に思いすぎている自分の内面が分からず、最終的には悩みながら寝てしまう。そしてその結果仲間の過去を見ているのだが、この一見すると整合性がとれていない前後には、ある共通点があった。世の中に渦巻く邪悪に、なんの罪もない者が押し潰されようとしている。


 より感情のままに言えば、クラウが「自分と同一」の、「こちら側」だと感じる数少ない存在が、「向こう側」の奴らから「社会に適さないもの扱い」されていた。


 この世界は教育の要となる管理局(俗に特殊学校と呼ばれる能力開発施設)の段階から、残酷な能力分類システムを導入している。我が国のやり方としては、六歳の下限を過ぎた子供に能力差で序列を付け、上位のカテゴリーを得た者にしか能力開発を受けさせない。これは選別であり、必然的に篩の目から溢れ落ちる者が発生する。一般の能力者をノーマル、さらに適性なしと判断されれば「おちこぼれ」に。


 人工知能を不当に扱う理由がそれだった。DOORSの力を持っていないか、力が国の定めた規定値を下回っていることで不適格者だと判断される。だがそれは言い換えれば、適性次第では生体でも例外なく無能の烙印を押される恐れがある、ということ。


 今目の前に広がるものの場合、簡単に言えばDOORSの機能不全だった。

 クラウが昔聞いた話では、ジュリアは六歳になった年、素養の調査をしに親と一緒に専門の医療機関を訪れたらしいが――


「能力値は〇コンマ一以下、これでは汎用型のIASさえ使用不可能。不適格です」


 そう医者が告げると、母親がヒステリーを起こした。


「そ、そんな! うちの子はこんなに髪も薄くて、どこからどう見ても人間ですわ。不適格なんてことになれば、学校どころか、人権まで剥奪されてしまいます……」


 医者は続ける。「確かに能力者は総じて髪の色素は薄いものです。お子さんの場合も見た目はなんら問題なく、核も存在している……」その目がジュリアの右肩にある光輝く黄玉を見つめ、「しかし現に『力』は規定値に達していません。お気の毒ですが」


「――帰りましょう」


 震える声の母親に手を引かれ、ジュリアは部屋から出ていった。


 医者と取り残されクラウはどうしようかと頭をかくが、夢は続く。すぐに別の場所へ移る感覚があり、瞬きをした後世界はレトロ調のダイニングルームに変化していた。


 赤い夕日の差す長机に洒落た料理群が並んでおり、さっきの親子に父親を含めたサクラギ一家が、机に向かい合うようにして食事をとっていた。クラウはそっとジュリアの斜め後ろに立って耳を傾けるが、家族らしい会話はなかった。かすかに食器の擦れる音が響く重苦しい食事の後、父親がぼそりと口を開いた。「何も心配するな。補助核を移植すれば適格者になれる。それには財産の半分を失うことになるが」


 補助核は核の代用品となる人工核だが、古き機械化技術の詰まった希少品であるため市場に出回っておらず、手に入れるには多額の金が必要になる。


「致し方ありません」と母親が何度も頷いた。「でもどうしてこの子がこんな目に……あの医者は一〇〇万人に一人の確率と言っていました。まるで詳細の分からない難病奇病の扱いですが、お金で済むのなら」捲したてる母親に、父親が笑いかけていた。


 この時、流されていなければ。クラウはジュリア本人から何度もそう聞かされた。ジュリアは親の判断に従い補助核導入インプリンティングを受けることになる。その日から右腕が丸ごと機械――金に物を言わせて準格者標準装備の、ぱっと見では人間と変わらない――に置き換わってしまうのだ。両親は娘の境遇がよくなると信じたのだろう。確かにその後ジュリアは、右肩に仕込んだ補助核のおかげでIASを使用可能になった上、適性が認められ上位コースに進むことに。しかし補助核と体を順応させるリハビリを終え、八歳で特進校へと編入したジュリアの生活は孤独に満ちていた。教師からは腫れ物扱いされ、学友は改造人間だと馬鹿にして目を合わせてもくれない。孤独はやがて憎しみに――やり場のない怒りが両親へと向かい、果ては人生を諦めるまでに変化していくのだ。


 クラウの視界の中、ジュリアが過ごしてきた日々(実際にはもっと酷いものだったかもしれない)が走馬灯のように流れた――そしてそれが終わると、また次の夢に。


 場所は見覚えのある校舎だった。そこには黒スーツの模範的服装に身を包む、もう一人の自分がいる。数年前、特殊学校の非常勤講師を勤めていた頃の自分だ。


「ねえ君、一人で寂しくない?」昔の自分が、放課後一人で帰ろうとする金髪の女生徒に声をかけた。「何ですか貴女」突っ張った彼女の口調に、夢を見ているクラウは苦笑する。それから人付き合いの下手な自分の、初めての友達作りが始まった。「ほら、皆誰かと一緒に帰ってるのに」「苛めですか?」「え、違うよ」「……」「できれば君と一緒に帰りたいかなって」「……」「私はクラウ、君の名前は」「……ジュリア」


 かつてのこの行動には、不器用な友達作り以外にもちゃんと理由が――というよりも裏がある。それは極めて個人的な動機とも思えるもので、相手の都合を何一つ考えていない勝手な奴だなあ、と夢の中で自分を客観視したクラウは感じてしまった。


 そこで唐突に夢が終わった。


 目が覚めて初めに目に入ったのは、ソファで静かな寝息を立てている、今ではもう妹のような存在となったジュリアである。クラウは彼女のような「仲間」を増やそうと考えている。増やして何がしたいかはまだ明確には決まっていない。とにかく仲間を増やす。仲間にできそうな人材は。クラウの〝眼〟は、今朝会った自動人形に向いていた。

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