OUTSIDER

たいがー

プロローグ

「新地球歴二〇〇年頃、突如姿を現した異能者〝DOORSドアーズ〟。彼らは当時その力を恐れた人々から異端視され、迫害される立場にありました――ですが、皆さんご承知の通り、世界中の人間が力を得た〝適格者〟となった今では、世間の認識は百八十度変化しています。例えばこのイベントの主軸となる資格保有者は、武力を以て各国を守護する役目を担うとともに、時には素晴らしき娯楽の提供者として皆様に夢を与えるエンターテイナーでもあるのです」


 そんな数百年も昔の話を折り混ぜた、仰々しい試合の前振りを、一人の選手として出場している自動人形のMは、競技ホール中心のリング・ステージから聞いていた。


「それに比べて」話はまだまだ続く。「かつて人類と覇権を争ったAI技術は徐々に廃れていき、現存する人工知能は人権のない『不適格者』と呼ばれております」


 この未だに本題に入らない司会に、「早く始めろ!」と観客の野次が飛んだ。話の流れは分かりきっていた。最後には人外扱いのMを適格者がとっちめる――となる。だから試合というよりはデモンストレーションに近い。勿論、人間の。


 なぜ力を持たないMがこんな試合に参加したかといえば、主催者の依頼に開発元のシエラカンパニーが応じ、運悪くMに白羽の矢が立ったからである。


 端的に言えば捨て駒にされたのだ。Mがこれから戦う相手は、主催者側が所有する資格保有者。いくら自身が主催者のだした条件を満たす兵器ブランドの第二世代型とはいえ、自動人形が資格持ちに敵うわけがなく、だからといって棄権は許可されておらず、ではどうする。そんな風に思考が停滞しているのが現状だった。


 二つのスポットライトに両陣営が照らされた。相手が肩にもたれさせる剣が反射するのを見たMは、顔を形作っているゴム状の人工筋肉がこわばってくる。


「興奮……緊張……恐怖……緊急事態です」


 その感覚にMは戸惑いを隠せない。おかしい。私たち不適格者の脳には感情の起伏を少なくし、抑圧を一定に保つ抑制機構リミッターが搭載されているのに。


 だがなぜだか今はそれがうまく機能しておらず、苦境を打ち破る方法が見つからない危機的状況が不安感を煽り、感情を極端にマイナスの側へ向かわせていた。


 果ては考え過ぎた脳がオーバーロードを引き起こし、全身の制御を失ってしまう。


 一方で着々と司会による選手の説明が済んでいった。


 数分後、


「――試合開始!」


 無常にも合図が響き渡った。隙だらけのMは、相手剣士(容姿は十五歳ほどの少年である)の上段に振り上げる動作を見ていることしかできないでいる。


 恐らくは何らかの「力」を使うのだろう。理解はしても対処は。


 きたのは高速の斬り下ろしだ。その後、Mの体を覆う規模の風圧が発生、Mは尻餅をつく羽目に。その派手さ、滑稽さにホール全体が沸き、人間たちはそれはもう嬉しそうにはしゃいでいる。もっとやれ。もっとだ。まったく何と浅ましい態度だろうか。


 ここにきてMの感情は、状況だけでなく観客と、この試合の主役である相手選手に向かい始めていた。なぜ自分はこんな目に? お前らの所為で。


 明らかにタガが外れた冷たい感情だった。


「あの人形様子がおかしくないか?」誰かが言った。

 ええ壊れているもの、と思った刹那――騒がしかったホールが静寂に包まれた。


 観客は目を剥き、目の前の相手も似たような反応で、剣を構えた状態のまま動きを止めている。口をぽかんと開け――


「おい見ろよあれ」

 と言った観客の指差す先が気になるMは、わずかに動く視線をゆっくりと落とした。


 すると、そこに眩い光があった。


 正確にはMの、胸周辺が光を放っていた。


 前胸部中心に光源になっている小石ほどの突起物がある。そこから血脈に似た紋様が全身に走り、手足のつま先に向かって続いて、消えてはまたを繰り返していた。


 さらにそれに伴って動かない体が動くようになり、また規定値を越える不可思議な力が泉の如く沸いてくる。ふと腕を払えば、全身を走る光が外へと抜けだした。


 その光は、指向性のある鞭となってステージを叩きつけた。


 すぐに光の鞭は消えたが、残されたステージには衝撃によって欠けた跡が。


 こんな超越性を有する武装はMに内蔵されていない。だとするならそれは内なる力に目覚めたということで、つまりは適格者の「扉」を開いたのかもしれないとMは考えた。なぜならと周知されている。


「これは一体どういうことでしょうか! これでは、これではまるで……」


 まるで適格者ではないか。予想外の展開に司会者も動揺している。それはそうだ、力は人間でなければ発現しない――否、中には人工物でも目覚める者はいる。それでもやられ役に用意された自動人形風情が力に目覚めるとは、誰も思うまい。


 が実際Mがそれらしき力を身に付けたところで、「能力者対能力者」の構図に変わるだけではなかろうか。ならこの力で戦うしかない。と立ち上がったMに対し、


「ち、近寄るな」


 その少年の態度でMは理解した。相手は年相応に、資格持ちの中でも実力はなく、見せ場を作るには格下を用意するしかなかったのだと。


 抑制の効かないMの興奮状態は、特別な力を得て臨界点に達していた。


「自信がないの? さっきみたいに斬ってごらん」嗤った。


「何だと、不適格者が偉そうに――」


 口火を切った少年を見下しながら、とても自然な流れで「これなら余裕だ」とMは床を蹴って前進し、右手で落ちてきた剣をなんなく受け止める。


 例の風圧は足を踏ん張れば堪えられた。


 そして爆発した負の感情を空いた左手にこめ、少年の胸に。


 次の瞬間には、観客のどよめきは悲鳴へと変わっていた。

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