第7話 恐かったんだ
「海鮮丼ですか! 優太さんは肉より魚派なんですか?」
2限後、昼休み。
優太と優子はそれぞれ昼は学食へ行くことが判明し、流れで一緒に昼食をとることになった。
講義が少し早めに終わったこともあり、混雑のピークを避けて二人席を確保できた“優”コンビ。
優太に遅れて会計を終えた優子が席に着いて早々、先のように笑顔で優太にそう問いかけたところから彼らの会話は始まった。
「あー、そうかも。味の好みも、こってりよりあっさりとかさっぱりとかの方が好き」
「そうなんですね。じゃあ、今度こちらも頼んでみたらどうですか?」
そう言って彼女が自分の昼食が並んだトレーを指差す。
白米に味噌汁、ハンバーグにサラダ。ハンバーグに乗せられた大根おろしは軽く雪崩を起こしている。
一見普通の定食に見えるが……。
「それは、なんて名前のメニューなの?」
優子の昼食を指差しながら尋ねる優太。
それに流されるように自らの手元にある料理をじっと見つめる優子だったが。
「えーっと……ヘルシー……なんとか、です……」
開口一番から尻すぼみになる優子の様子に、優太は思わず噴き出した。
「ヘ、ヘルシー……」
「そう、です……たしか、豆腐ハンバーグだから……」
優子は、後半ほとんど聞き取れないような音量で自信なさげにそれだけ言うと、ほんのりと頬を染めて恥ずかしそうにうつむいた。
そして、
「とっ、とりあえず食べましょう! 私を待っていてくださったんですよね!? ありがとうございますっ! では!」
と突然ガバッと顔を上げて早口でまくし立てる優子。
どうやら自分で自分が居たたまれなくなったようだ。
そんな彼女の様子に優太は微笑ましく思いながらも。
しかしそれを顔に出すと優子が恥ずかしさのあまり今度は撃沈してしまうのではないかと考え、表情を変えないことに専念した。
そして優子はそんな優太の苦労に気づいたのか気づいていないのか――手を合わせた状態で優太を一瞬じとっと睨んだものの、すぐに笑顔に戻って、それから二人一緒に口を開いた。
「いただきます」
食事をしながらも他愛ない話をしていた優太と優子の二人だったが、話題は次第にお互いのことへと移っていた。
「優太さんって文芸部に入っているんですね」
「うん、そう。まあ部と言っても、割とゆるーく活動してるんだけどね」
大学における課外活動を行う学生団体には、主に部活とサークルの大きく2種類が存在する。
部活というのは大学公認の団体のみの名称であり、大学からは部室や活動成績に応じた支援を与えられる。ただしその代わりに様々な申請や活動報告、顧問の設置義務など課せられる事柄が複数取り決められているのだ。
一方。
サークルというのは大学の管理・監視なく基本的に活動することができ、その設立や解散も学生の自由となっている。そのため専攻分野に特化した学術研究サークルのようなものから鬼ごっこサークルといった個性的なものまで、学内には幅広く存在する。
中には部活のように大学公認の団体として活動するサークルもあるようだが、それは少数派だろう。
そして優太の所属する文芸部は、その名前の通り「部活」に相当する団体である――といっても、内情はそこまで厳格なものではなく、活動も不規則な場合が多い。
「文芸部って、実際のところどんな活動をしているんですか? 小説を書いたり詩を書いたりしているんだろうなというのは想像がつくんですけど……具体的に部としてどんなことをしているのか、いまいちピンとこなくて」
優子の疑問も無理はない。
そもそも「文芸部」というものの存在自体を知らない人が多い中、優子のように大まかな活動内容を理解してくれているだけでもありがたいと優太は感じる。
「うちの文芸部は、お題を決めてそれを元に各々が作った作品を持ち寄って読み合う……みたいな活動をよくするかな」
「なるほど。そしたら部員のみなさんが集まる機会もあるわけですね」
「そうだね。小説を書くだけとなるとどうしても個人作業が主になっちゃうけど」
お互いに食事を口に運びながら会話を続ける。
特別面白い話をしているわけではなく、ましてや優子とは知り合ってまだ日が浅い優太だったが、この優子との時間を思いがけず楽しいと感じている自分がいた。
「ちなみに、今はどんなお題で書いているんですか?」
しかし、優子のこの言葉に、それまで滞りなかった優太の箸の運びがピタリと止まった。
ただそれは一瞬の出来事で、すぐに優太は手の動きを再開して優子へ微笑みとともに返答する。
「……今は、『記憶』をお題に書いているところ」
「記憶、ですか」
優太のその一連の流れに気づいているのかいないのか、優子はそのまま話を続ける。
「どんなジャンルで書いているんですか?」
「ジャンルは――」
優太が今書いているのは、優太の過去――忘れてしまいたい記憶だ。
それは果たして、どんなジャンルと言えるのか。
ノンフィクションと言えばそうなのだが、そもそも初対面に近い優子にそれを伝えるのはなんとなく気が引けるというか……。
別に優子に完成した小説を見せる予定はないのだから、その辺りは気にする必要はないのだろうが、なんとなく抵抗感がある。
それに第一、あの贖罪の記録を最後まで完成させることができるのか、正直なところ優太にはあまり自信がなかった。
その証拠に、執筆を始めて1週間が経った今も目立った進捗はないに等しいのだから。
そんなふうにあれこれ頭を悩ませて黙り込んでしまった優太の態度をどう捉えたのか、優子はひどく慌てた様子で口を開いた。
「あっ、あのっ……無理に答える必要はありませんから……! 知り合って間もないくせにあれこれ聞いてしまってごめんなさい……っ」
ぎゅっと目をつむり、身を縮み込ませてうつむく優子。
つい先程まで楽しそうな笑顔を浮かべていた優子の顔が、一瞬にして不安げなものに変わってしまう。
しまった、勝手に思い悩んで会話を途切れさせてしまったのは自分なのに。非がないはずの優子に謝らせてしまうとは。
優太は迂闊に自分の世界へと入り込んでしまった己のことを心の中で叱咤しながら、必死に笑顔を取り繕った。
「違うんだ! ……ごめん」
焦ったような優太の謝罪に弾かれるように顔を上げる優子。
心なしか青ざめたようにも見える優子の相貌に罪悪感を抱きながら、優太は必死に言葉を紡ぐ。
「えっと、さっきのは……そう、ただ自分の書いている小説が何のジャンルに当てはまるのか上手く説明ができなくて……思わず考え込んでしまっただけだから」
謝らせてごめん。そう言って向かい合って座る優子に頭を下げる優太。
そのため優子はほっとしたのも束の間、再び慌てた様子で口を開くこととなった。
「そっ、そんなこと……っ、やめてください……! 逆に困ります……優太さんは優しすぎる……」
最後の方の言葉は優太にはよく聞こえなかったのだが、それを聞き返せるような雰囲気でもなく。
ちょうど二人とも昼食を食べ終わった頃だったこともあり、微妙な空気のまま二人はその日は解散した。
一人になって、優太は自分の不甲斐なさに歯を食いしばる他なかった。
恐かったのだ。
優子に自分の過去の過ちを――罪を知られることが、何よりも怖かった。
もしもあのまま優太の文芸部に関する話題が続いていれば、もしかしたら作品の内容にまで触れなければならなくなっていたかもしれない。
優太はそれを恐れたのだ。
優子には、知られたくなった。
知られて、そのせいで嫌われるのが恐い――そう感じてしまったのだ。
なんて身勝手なのだろう。そのせいで優子は傷ついたというのに。
自らの保身のせいで。
優太はそんな自分の醜さに、かすかな吐き気を覚えた。
春の傷痕 真白なつき @mashiro_natsuki
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