第3話 鬼と共に 福と共に

「おお、待っていました、どうぞお入りください」


 彼女が言い終わると、すぐに返事の言葉が響いて正面の大きな門が開かれる。僕達の前に現れたのはさっき僕を追い出したおじさんだった。その顔は追い出した時の鬼のような形相とは違い、むっちゃニコニコの営業スマイル。おじさんのこんな笑顔、今まで一度も見た事がない。

 このあまりの態度の違いに呆然としていると、彼女は僕の方に顔を向けて微笑むと優しく話しかける。


「さあ、行きましょう」

「ちょっと待った! 何故鬼と一緒に?」


 おじさんは沙雪の後ろにいる僕の存在に気付いて彼女を止めようとする。その言葉を聞いた彼女はキッと睨みつけるようにその顔を見つめ、自信を持った口調で断言する。


「私はこの者と一緒でなければ入りません」

「な、何を馬鹿な! その者は鬼ですぞ! 災いの元凶です!」


 沙雪の強い言葉におじさんは自分のした事を正当化しようと語気を荒げる。その言葉に負けないくらいに彼女も強い言葉を返した。


「馬鹿はそちらです! 何が災いの元凶ですか! 一族の不幸を子供に背負わせて、よくそんな非道が出来ますね!」

「これは節分に産まれた天城家の者全てが背負う宿命だ! かつて何人もそうして追い払って来た! それが一族の繁栄の為であり……」

「いいえ、それは悲しき生贄を差し出していただけの事、そんなものは呪いの儀式です」


 強い言葉の応酬は続く。僕はおじさんが怖くて一度も口答えなんてした事がなかったのに。おじさんの言葉に負けない彼女には強い信念があるように見えた。

 折角認めてくれているのに僕は彼女に加勢出来ず、ただ横に立っているだけ。そんな自分を口惜しく思うのだった。


「それにそいつはもう鬼になってしまっている、今更受け入れるなど……」


 言いくるめられそうになったおじさんは、次にこの変化について攻撃して来た。そうだ、僕はもう鬼になってしまったんだ。今は頭の上に角が生えただけだけど、その内に牙が生えて来たり、怪力になったり、電撃とか放てるようになるのかも知れない。あれ? ちょっと楽しいかも。

 ――いやいや、そうなったらもう化物だ。そこまで行ったら人として生きる事なんて出来やしない。やっぱりもうここに僕の居場所なんて――。


「角ですか、ならば……」


 おじさんの話を聞いた彼女はふふっと静かに笑うと、僕の頭を見ながらそうつぶやいた。それから紗雪はいきなり僕の頭の角を触って力いっぱいそれを押し込む。


「わっ……」


 そんな事をされたらすごく痛いはずなのに、少しも痛みを感じる事なく頭の角は呆気なく頭の奥に引っ込んでしまう。え? 何これ魔法?


「そんな、馬鹿な……」


 角が引っ込んだ姿を見て、おじさんも呆気に取られている。そりゃそうだよね。僕だってびっくりしたもの。その様子を見た彼女は得意げな顔になっておじさんに言い放った。


「もうこれで何の問題もありません」

「だ、だが、一度追い払った鬼をもう一度受け入れるなどと……」


 おじさんは一族の儀式全般を取り仕切っている。そんなおじさんが過去に前例のない事を認める訳がなかったんだ。何があっても僕を家に入れようとしないおじさんとの問答が続いていると、門の奥から僕の名前を呼ぶ声が近付いて来た。


「友樹!」

「母さん!」

「父さんが悪かった、おじさんに逆らえなかったんだ。でも考え直した。やっぱりお前はうちの子だ、どうか戻ってきてくれ」


 そこに現れたのは僕の両親だった。やっぱり2人は僕を見捨ててなんかいなかった。ただそれだけで嬉しくて涙が出そうになってしまう。

 しかし、この状況が嬉しくないのがおじさんだ。僕を受け入れようとする両親に向けておじさんは怒号を飛ばす。


「おま、そんな事をしたら我が一族は! 分かっているのか!」

「我が子を追い出して得た繁栄なんてこちらから願い下げだ!」

「これは一族の問題なんだぞ! たかが一家族の幸せなど……」


 おじさんと父さんの激し言い争いが始まる。天城一族は今や各種事業で一族全体が大きな繁栄を誇っている。おじさんは儀式によってその一族全体の幸福を担っていた。

 その重圧は確かにものすごいものがあるんだと思う。だからおじさんはそれに負けないようにといつも威圧的な態度でいるんだろう。


 僕は勿論父さんの味方だけど、昔からおじさんの口撃は一級品で、勿論父さんだって今まで一度も勝てた事はない。僕から見たらこの口論だって全然安心して見てはいられないものだった。

 そんな不利な状況に父さんの味方が現れた、そう、紗雪だ。


「だから私も来たのです。私と一緒ならば何の問題もありません」

「ですが、鬼と一緒ともなると、その、お力が……」


 この彼女の言葉におじさんはしどろもどろになった。もうあとひと押しと言う事で彼女は更に言葉を続ける。


「そうですね、確かに恩恵は余りもたらせない事でしょう。けれど、それがどうしたと言うのです。ひとりでも不幸に嘆く人のいる場所に決して福は舞い降りません」

「ぐぬぬ……」


 信念の篭った彼女の強い言葉に、ついにおじさんは言葉を出せないところまで追いつめられる。そんなおじさんの顔を見るのは初めてだった。


「どうします? 鬼の排除と共に福も来ないのと、鬼も福も共に受け入れるのと。私はどちらでも構いません」

「……分かった。友樹、お前も入れ」


 沙雪の言葉に説得されたおじさんはついに渋々僕が家に戻る事を許してくれた。

 けれど、快く入れてくれた訳でもなく、今朝の行為の謝罪もないままのその言葉に何か釈然としない気持ちを抱いてしまい、素直に喜べはしなかった。


「……」

「さ、行きましょう」


 複雑な気持ちのままの僕を彼女は優しく導いてくれる。その優しく差し伸べられた手を拒否する事は出来なかった。


「友樹!」

「母さん!」


 門をくぐった僕を母さんが強く抱きしめてくれる。もうただそれだけで今日起こった全ての事を許せる気がした。母さんは僕を抱きしめながら、横でその様子を眺めていた彼女にも優しく話しかける。


「紗雪さん、ありがとう」

「いえ、しきたりですので」


 母さんの言葉に沙雪もにっこり笑ってそう答えるのだった。


 こうして僕と福の神の代行者の紗雪との家族公認の共同生活が始まった。


 この後、僕は鬼の力の後遺症に悩んだり、彼女の過去の事で一悶着が起きたり、おじさんからの反撃があったり、過去の追い出された鬼達が屋敷を襲って来たり、その他諸々のトラブルが舞い込んだりもするんだけど、それはまた別の機会に。

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節分と鬼の子と福の使者 にゃべ♪ @nyabech2016

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