第2話 鬼の子

「追い出されたんでしょ、知ってる」

「え? 何で?」


 彼女は僕がここにいる理由を知っていた。どう言う事かさっぱり要領を得ない僕に紗雪はそのまま言葉を続ける。


「私はあの屋敷に呼ばれているの。だから事情は知ってる」

「どうして、どうして僕は……」


 事情を知っていると断言する彼女につい自分が追い出された理由を尋ねてしまった。本人が知らない事を他人が知ってる訳がないのに。

 すると沙雪は少しも表情を変えずにポツリと言葉を投げる。


「頭、触って」

「え?」


 この突然の告白に僕は目が点になる。唐突過ぎてその言葉を素直に受けきれられないでいた。その様子を見た彼女は次にもう少し詳しく説明する。


「頭を触ったら理由が分かるわ」

「頭なんて触っても……何……何、これ?」


 何度も頭を触るように言われて仕方なく自分の頭を触る。そんな事をしたからと言って何が分かるのだろうと思っていると、手は頭に生えている何かの突起物にぶつかった。

 これは――そうだ、角だ。僕はいつの間にか頭に角を生やしていた。一体これは……?


「そう、あなたは鬼になったのよ」

「は? 嘘だ! 角なんてさっきまで生えてなかった!」


 彼女は僕が鬼になったと断言する。当然その意見を受け入れる事なんて出来ない。僕は人間だ。鬼になった覚えなんて――。

 もしかして、あの時おじさんに豆を投げられて異常に痛かったのは――門に触れてショックが走ったのは――まさか、そんな……。


「ここから先は歩きながら話しましょ、さあ」

「あ、うん」


 沙雪はそう言って手を差し出す。僕は何ひとつ疑う事なくその華奢な手を握った。僕の知らない僕の一族の秘密も何もかも知っていそうな彼女に導かれて、僕は追い出されたばかりの自分の家にもう一度向かう事になる。

 今度こそは戻れるのか、それすら分からないまま……。


「あなたの一族は昔鬼を退治して名を挙げたの……」


 そう言って紗雪は話し始める。彼女の話によると――


 かつてこの国には鬼がいた。彼らは悪さの限りを尽くして財産を築く。鬼によって略奪され、打ち払われた惨状を見た武芸者達は鬼を退治しようと行動を開始する。

 しかし鬼の力は強く、個人ではとても勝ち目はなかった。そこで強大な鬼の勢力に打ち勝つ為に鬼討伐の組織が作られた。厳しい修行と訓練によって鍛えられた精鋭は多くの犠牲を払いつつ、鬼の数を少しずつ減らしていく。


 長い戦いの末に形勢は徐々に逆転し、鬼はどんどんと追い詰められ、やがて歴史の表舞台からその姿を消した。その鬼退治の組織のリーダーだったのが、僕の先祖だったらしい。


 御先祖様の活躍によって鬼は退治されたものの、鬼もただ黙って倒された訳ではなかった。僕の一族に呪いをかけたのだ。2月3日に産まれた天城家の子供が鬼になると言う呪いを。その子が15になるとその体は徐々に鬼の特徴を現し始め、やがて完全に鬼そのものと化してしまうのだと――。


 鬼退治の一族から鬼が産まれるのは体裁が悪い。当時、天城家は鬼退治によって名を上げて財を成していた。その家に鬼がいると言う事が世間に知られれば、鬼退治の一件も自作自演だと思われてしまう。

 そんな理由から一族に鬼が産まれると、その都度その子を家から追い払うのが習わしになった――。


「……その忌まわしき習わしは今も続いているの」

「そんな、昔話みたいな話……」

「その角を触っても同じ事が言える?」


 どれだけ沙雪の話を否定しようと思っても、頭の角がそれを肯定する。ここはもう素直にその話を信じるしかなさそうだった。

 しかしどうして彼女は僕も知らない一族の話をこんなにも詳しく知っているのだろう? それが気になって思わず質問する。


「あの、沙雪……さんは何でその事を……」

「私も今日が誕生日で年齢も一緒。対になっているの。そろそろ分からない?」

「え?」


 質問に対して彼女は謎掛けのような答えを投げかける。この想定外の答えに僕は何も言葉を返せないでいた。困っている顔を見た紗雪はくすっと笑ってそれから僕の方に顔を向けてヒントを出す。


「あなたは節分に鬼として屋敷を追い出された。さて、節分では鬼を追い出した後は何をするでしょう?」

「お、鬼は~外……って、まさか」


 そこまで言って口をつぐむ。このしきたりが節分の行事になぞらえているのなら、鬼を追い払った後に迎え入れるのは福と言う事になる。

 もしかして、彼女は僕を追い出した代わりにその穴を埋める為の――。


「そう、私は福の神の代行者。だからあなたの家に用事があるの」


 彼女の話によれば、いつしかしきたりは一族の穢れを一身に背負った鬼を追い払い、代わりに清浄な福の神を迎え入れるものへと変わっていったらしい。


 鬼の子を追い払った後も一族を襲う不幸現象は止まらなかった。鬼を追い出しただけでは鬼の呪いは祓われないと悟った天城家の先祖は、抜けた穴を埋める存在を求めて各地を彷徨い歩く。やがて旅の果てにその穴を埋める巫女を輩出する村に辿り着いた。

 先祖は鬼の呪いに苦しんでいる一族を助けて欲しいと頼み込み、村の長もそれを了承する。それ以降、天城家で鬼の子を追い出した後、変わりにこの村の者がその穴埋めをする事になったのだと言う。


 福の神の代行者はお告げによって選ばれた同じ日に産まれた巫女が担当し、鬼を追い出した後に天城家にやって来て代わりに住み込み、一族に福をもたらして来た――と、言う事らしい。


「それでこれからウチに住むって事? だって、そんなのおかしいよ! もしおじさんがそれを望んでいたのだとしても!」


 そんな理不尽な話はないと僕は憤った。その態度を見た彼女はやや冷ややかな目線で落ち着いた顔のまま口を開く。


「そう、あなたのおじさんはそれを望んでいる。今回、巫女の里に連絡を入れて来たのも彼だった」

「紗雪さんはそれでいいの? そんな見ず知らずの家に……」

「そうね、いい訳がないわ」


 今一度真意を問うと、彼女ははっきりした口調でそう断言した。この彼女の雰囲気にピンと来た僕はすぐにその閃きを口にする。


「あ、そうか! だから断りに行くんだ」

「いいえ、違うわ。私はあなたを救う為にいくの」


 僕の予想を彼女は一言でバッサリと否定する。しかも僕を救うだって? 一体彼女は何をしようって言うんだ?


「それって……」

「後は屋敷に着いてからね」


 この質問は彼女にあっさりとかわされてしまう。うまく煙に巻かれたような感覚に襲われながら、いつしか僕らは屋敷の大きな入口の門の前までやって来ていた。

 追い出されてから改めて見る門はやたらと大きく見えて、拒絶された痛みがズキンと胸に響く。


 この頃になるともう空はくっきりと青く、街は見慣れた忙しい朝の情景を映し出していた。いつもなら学校に登校している時間帯だ。とは言え、中3のこの時期と言えば、高校受験を前に追い込みの時期ではあるんだけど。


 受験と言えば、両親は僕に鬼の事を何も言わずに好きな高校を受験する事を喜んでくれていた。節分の日に追い出す事が決まっていたのにどうして?

 今更ながら、僕は自分の両親の気持ちが分からなくなってしまっていた。


 彼女は門の正面に立つと大きく息を吸い込み、そうしてよく通る大きな声で宣言する。


「福の神が参った、門を開けられよ!」

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