節分と鬼の子と福の使者

にゃべ♪

第1話 節分の朝

 僕は天城友樹14歳、ちょっとした名家の産まれ。誕生日は2月3日。そう、節分。そして今は2月2日の夜。このまま眠れば明日は誕生日、自動的に15歳になる。

 昔は15歳になればもう大人とされた歳。まだ僕にとって大人は遥か遠いイメージだった。

 でも後たった5年ぽっちで現代社会でも大人扱いされちゃうんだよなあ。その頃には僕も今よりちょっとは立派になれているんだろうか……。


 そんな訳で僕は何の心配もせずにその夜は眠りについた。この後にあんな事が起こるだなんて思いもせずに――。



 それはまだ夜も明け切らない、多分深夜の3時とか4時とかそんな時間だったと思う。朝と言えば朝だし、夜と言えば夜みたいな、そんな不安定な時間に僕は同居しているおじさんに起こされた。

 僕の住んでいる家は広く、お屋敷なんて呼ばれていて、僕の家族以外にも親族の人が一緒に住んでいる。


 おじさんは一族に昔から伝わる古いしきたりとか一切を取り仕切る役目を持っていて、その用事で僕を呼びに来たらしい。家柄が古いと色々面倒臭くて困っちゃうよ。


「友樹、ちょっと来い」

「何?」


 おじさんに起こされた僕は、何の疑いもなくその声に従って廊下を歩いていく。一体何の用事があるんだろう。聞いてはみたかったけど、おじさんは僕にとって怖い存在で、あんまり褒められた記憶がない。怒られた記憶は沢山あるのに。だから突然こんな時間に起こされても、それについては何も話しかけられないでいた。


「お前ももう15だ、分かっているな」

「え? 何が?」


 突然おじさんが話しかけて来たけど、僕には全然思い当たるフシがない。一体15歳になったから何だって言うんだろう。訳が分からなくて混乱していると、おじさんはそのまま靴を履いて外に出て行く。そして僕もそのまま着いていく。

 家と外を隔てる大きな門の前までやって来たおじさんは、脇の通用門を開けて手招きをする。何だろうと近付くと、不意におじさんが僕を外に押し出した。


「お、叔父さん、何……っ!」

「鬼は外!」


 訳が分からずにおじさんに抗議すると、おじさんはそう言いながら僕に豆を投げつけて来た。投げているのはただの豆。そりゃ今日は節分だけど、ちょっと早過ぎない?

 しかも投げているのはただの豆のはずなのに、当たるそれはものすごく痛いんだ。あんまり痛かったから、つい大声を上げてしまった。


「わっ! 痛い! 痛いよ!」

「お前はもうこの一族の者ではない! 去れ!」


 執拗に豆を投げるおじさんの顔は怖くて、まるでおじさんの方が鬼のようだった。あんまり酷い事を言われたので僕は訴える。


「そんな! 父さん、母さんは!」

「お前が産まれた時点でこの日にこうなる事はあれらも了承済みだ!」


 僕を追い出す事を両親が了承済み? そんな馬鹿な話はないよ! 昨日の夜に眠るまでいつもと何も変わらなかったのに。

 正直言って僕はこの言葉が全く信用出来なかった。


「意味が分からないよ! おじさん! おじさん! 親に会わせて!」

「ダメだって言ってるだろうがっ!」


 おじさんは更に力いっぱい豆を投げつけて来る。そのあまりの痛さから逃れようと、僕は門からかなり離れてしまった。そのタイミングを見計らったかのように通用門は閉められてしまう。本当に追い出されてしまったのだ。僕はすぐに門を開けようと手を伸ばした。

 けれど、何か結界のようなものが張られているのか、門に手を触れた瞬間、電流が流れたような刺激を感じて、僕は大声を上げて手を離す。


「うわあああっ!」


 もう家に戻ろうにも門に触れる事すら出来ない。どんな仕組みかさっぱり分からないけれど、本当に追い出されてしまったらしい。


「はは、冗談……だよね?」


 現実を受け入れようにもどこか現実離れをしていて、僕は変に笑ってしまうばかりだった。門の前でしばらく立ち尽くした後、通用門がダメなら大門の方はどうかと隣の大きな門の方にも手を伸ばす。


「痛っ! こっちも?」


 結果は通用門の時と全く同じだった。門に手を触れた瞬間、強力な電流が流れたような強い刺激が全身を駆け巡る。どう足掻いても僕の力ではもう家に入る事は出来ない……。立ち塞がる現実を前に、思わずその場に座り込む。この時、まだ空は暗いままだった。


 家の壁にもたれて座り込んだままどれだけの時間が経っただろう。睡眠時間から考えれば眠くなってもおかしくないはずなのに、ショックを受けた僕はずっと眠れないまま夜が明けるのを待っていた。夜明け前って一日で一番気温が低くなる時間帯なのに、不思議と寒さも感じなかった。


(お腹が空いた……何か……食べたいな)


 いつしか空は白み始め、やがて日が射し始める。誰がどんな悲惨な目に遭っても朝は必ずやって来る。いつも朝食を食べる時間、腹時計は正確に空腹を訴え始めた。

 そう言えばとポケットの中を弄ると、その中にはちょうど小銭がいくらか入っている。財布を持ち出していなかった事を後悔したものの、朝食一食分くらいならこの小銭で何とかなるだろう。空腹を満たす為に、仕方なく近所のコンビニに向かって歩き出した。


 歩いて10分程度で一番近くのコンビニに辿り着く。空腹のお腹を抑えながら僕はその店内に入る。


「おにぎりとパンならどっちが良いかな……」


 何を食べるか少し悩んだものの、結局はおにぎりを選んでいた。朝はいつもご飯を食べていたからだ。買い物を済ませるとそのままコンビニの裏手に回ってまた座り込む。それからおにぎりを取り出してかぶりついた。

 気が付くと自然に感情が溢れ出し、涙が流れるままになっていた。


「なんで……何でこんな事になっちゃったんだ……」


 泣きながらおにぎりをひとつ食べて、僕はふさぎ込んだ。これからの事なんて何ひとつとして思い浮かばない。もしかしてここまま野垂れ死んでしまうのだろうか。家を追い出され、頼る友達もすぐには思い浮かばない。

 こんな事ならちゃんと友達を作っておけば良かった。元々ひとりが好きだったし、名家だから周りから変に避けられていて、それを仕方がないなんて簡単に諦めていなければ良かった。


「友樹君?」


 ずっと地面ばかり見て後悔ばかりしている僕に誰かが声をかけて来た。顔を見上げると、見知らぬ少女――多分僕と同世代くらい――がいた。


 彼女は今まで出会ったどんなタイプの子とも違っていた。身長は多分僕と同じかちょっと低いくらいで、黒くて美しい長い髪と大きな目が印象的だった。よく通るその心地良い声は心の中に漂っている黒い霧をさーっと吹き飛ばしていく。

 何故だか僕から見た彼女はとても輝いて見えて、まるで救いの天使のようにも見えていた。


「え? 誰?」

「私は沙雪。行きましょ」


 彼女――紗雪はそう言って手を引っ張って起こしてくれた。彼女の方は僕を知っているみたいだけど、僕は逆に彼女の事を何も知らない。

 突然行くって言われても、一体どこに行くのか見当もつかない。混乱した僕は彼女に話しかける。


「え? 行くって?」

「あなたの家に決まってるでしょ」


 どうして彼女が僕の家を知っているんだろう? この時はそんな単純な疑問も思い浮かべられないでいた。それでついこの時思った事をそのまま口走る。


「でも、おじさんが」


 沙雪はこの言葉を聞いてにっこり笑って僕に言った。

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