若女将は寿司になりたい

奈名瀬

若女将は寿司になりたい

 若女将は無計画である。

 自ら独断で競り落とした巨大マグロの処遇について彼女は考えなしノープランだったのだ。


「ねぇ。どうすればいいかな?」

「そんなの僕が訊きたいです。ちなみに刺身にすると二千人前は軽く超えます」


 死んだマグロの目を覗き込む彼女の背中に答える。

 すると若女将は勢いよく振り返り「そんなもったいないことしないわよ!」と叫んだ。


「もっと派手でなくちゃ! じゃないとこんな怪獣みたいなマグロ買った意味がないじゃない!」


 ぷんすこ怒る彼女と巨大マグロに僕は呆れと感嘆の眼差しを交互に送る。


「真面目に考えなさいよね。業務命令よ」

「はいはい」


 そして、理不尽にも命令されてしまい、僕は首を捻った。

 しかし、解体ショーくらいしか思いつかないのだが。


「解体ショーって」

「却下」


 却下された。


「そんなのよくあるじゃない。話題にならない。皆がっかりよ」

「ですよね」


 まあ、確かに。今回は無計画若女将が正しい。

 皆、巨大マグロならではの振る舞いを期待しているのだ。

 なら、その趣向に添えねば白けてしまい、宣伝どころか、旅館の悪評に繋がりかねない。


「いっそ中身繰り抜いて着ぐるみにでもしてみます?」


 妙案が出ず、半ば冗談で言った。しかし、


「確かに、この大きさなら『着れる』わね」


 うちの若女将はバカだった。


「は?」

「女体盛りってあるじゃない? これを布団みたいに切って体にのせるのよ! 名付けて女体寿司……いや、刺激的な絵になるし『童貞を殺す寿司』なんてどうかな!」

「何ですかその童貞云々って」

「前にSNSで見たの! よし決まりね。マグロさばいといて! 私お風呂入って来る! 今日ほど名前が『紗莉しゃり』で良かったと思った日もないわ。私はこれから名実ともに寿司になるのね」


 そう語った瞳には確かな覚悟が見てとれた。

 後日、若女将は自身の裸体に布団よろしく巨大マグロをのせた写真をSNSで公開、炎上した。

 彼女は見事な炙りマグロ寿司になったのである。


~ごちそうさまでした~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

若女将は寿司になりたい 奈名瀬 @nanase-tomoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ