人間コンビニ

空伏空人

第1話

「なあ、あんちゃん。聞いてくれよ。おいら、中々面白そうな推理トリックを思いついたんだ」

「はあ?」

 店にある「手作りおにぎりコーナー」から適当におにぎりを選んでレジに持ってきた俺に対して、店の店主である爺さんがそんなことを言ってきた。

 手元には原稿用紙と万年筆。それとお茶。

「なんだ、爺さん。その歳になって小説でも書き始めようかと思っているのか?」

「こんな歳だからだよ、若いあんちゃん。生きていくための金を稼ぐ必要がねえだろう?」

 けひひひ、と爺さんは笑ったあとせき込んだ。

 爺さんが死ぬか、この店が潰れるかどちらが早いだろうか。

 俺は時計を確認してから、バイトまで時間があることを確認してから爺さんを睨んだ。

「まあ、今は暇だからいいけどよ。安くしろよ。手間賃分」

「そのにぎりを更に値切るか。あんちゃん」

「俺は底辺だからな。金は少しでも節約したい」

「こんなボロの店に買いにくるぐれえだからなあ。くけけ。あんちゃんぐらいだよ、うちに買いに来るのはよ」

「どうりで、いつもすっからかんなはずだ」

「だから、嫁に逃げられるのさ」

「爺さん、結婚してたのか」

「昔なあ。この店を開いてから少ししてからどっかいっちまったよ」

「ふうん」

 頭のてっぺんが禿げた、この浮浪者みたいな見てくれをしている爺さんにも、昔はまだマトモな生活と環境があったらしい。

 まあ、俺にもマトモな生活を送れていた時期があった。義務教育を受けていた頃だ。

「それで、思いついたトリックっていうのはなんなんだ? 小説にして、どこかの出版社に持ち込むつもりか?」

「まあ、あんたの反応が上々だったら、持ち込もうかね」

 爺さんは口をひん曲げながらポケットの中から和紙を取りだして、その中に包まれていた粉をお茶の上にふりかけると、一気に飲んだ。

「薬だよ。心臓の。このネタを書き終わるまでは死ねねえからなあ」

 薬を飲みこんで俺の方を向いた爺さんの目は、死人なのかどうか、見分けのつかない目をしていた。

「まずよう、人を殺してなにが問題かっていえば、死体の処理だと思うんだよ」

「ん。まあな」

 人を殺したとして、その、人殺しを隠蔽したいとき、一番困るのは確かに死体だろう。

 あれは、あれ自体が人殺しがあったという証拠になるし、なにより大きいから隠蔽しようにも邪魔だ。どこかに隠しておくのもいいかもしれないが、腐るから臭いが気になるだろうし。

 とはいえ、自分から遠ざけると見つかりはしないか。という気持ちが湧き上がって、日々を過ごすのは大変だろう。

「だろう。だから、バラバラ殺人なんてやつが流行るわけだ」

 爺さんはおかしそうに言う。

「ただ、それにしてもあれはなんなんだろうなあ。バラバラにして捨てるくせに、ゴミ袋に全部突っ込んで捨てるなんて、結局リスク変わってないだろうに」

「そりゃあバラバラにした死体をバラバラに捨てたらリスクが増えるだけだからだろう」

「そうかあ?」

「そうだよ。手のひらが一つ捨てられているのを見つけても、充分犯罪があった証拠になるだろう。見たことないぞ、俺は。手のひらがそこらへんに隠すように捨てられているのを」

「見つかるように捨てようとするからだ。捨てるからには、見つからないように捨てればいい」

「見つからないように? 手のひらをか? どうやって。森の奥にでも捨てるのか。それでも見つけるのが人間だぞ。恐ろしいことに」

 バラバラ殺人の死体の発見現場というのは、いつもいつも山の中だ。車道の隣にある暗がりとか。

 どうしてそこにある死体を見つけれるんだ。といつもいつも疑問を覚えている。そんなところを見ることなんてないだろうに。

「見つからないように? なにを言ってるんだあんちゃん」

 爺さんは首を傾げながらけっけっけ。と笑う。

「は?」

「小石にすればいいのさ。地面に小石が転がっていても、誰も気にはならないだろう」

「いや、まあ。そうだろうけどよ」

 どう隠しても見つかるのなら、見つかっても問題がないようにすればいい。

 それはまあ、分からないでもない。例えば、俺が金塊を持っていたとして、それを金庫の中で大切に管理していたとしよう。それはもう『この中にあるのは本物で、価値があるものですよー』と言っているようなものだ。けれども、その金塊をおもちゃ箱の中にいれていたらどうだろうか。案外、おもちゃと勘違いされてそこまで気にならないのではないだろうか。

 金塊でなくても、指輪でもいい。

 古いだけの人形が並んでいる中に、一個だけマリーアントワネットが愛していた人形が置かれている。みたいな。

 見つからないように。ではなく、見つかっても問題がないように。

 まあ、確かに良い手ではある。

 しかし。

「隠すのは指輪でも人形でも木でもなく、死体だろう? 木を森の中に隠すみたいに、死体の山の中に隠すのか? 戦争中に背後から誤射を装って撃ちぬくのか? それとも、火葬場に勝手に持っていくのか? 絶対にバレるだろう。それ」

 それに今は、戦争は起きていない。

 爺さんなら、戦争が起きていた時代にもまだ生きていたかもしれねえが。

「だから、バラバラにするんだよ。そう言ってるだろう、あんちゃん」

「手のひらだけにするんだろう。そしたら、周りに手のひらを並べるのか。全部おもちゃだとしても悪趣味だし奇天烈すぎるだろう。絶対バレるだろう。誰か通報するだろう」

「だからちげえよあんちゃん。馬鹿だなあ。底辺だなあ。分かってねえなあ」

 爺さんは呆れたように首を横に振った。ため息をついている。

 この爺さんに馬鹿にされるとは思わなかった。

 俺自身、この爺さんを馬鹿にしていたからちょっとイラっとくるな。

「手のひらとか、そんな大きなサイズにバラバラにするからいけないんだよ」

 爺さんは自分の指の先を指した。

 枯れ木。というよりは、脂肪をずっと水の中に浸し続けたみたいなぶよぶよとした指だ。肉がなく、皮だけがどうにかこうにか骨に引っかかっていて、垂れ下がっている。

「例えば、爪」

 地面を指さす。

「あんちゃん。例えば爪切りで切られた爪がそこに落ちていたとしよう。気になるか?」

「……まあ」

 もしもそれを見つけてしまったら。見かけてしまったら。

 気になるだろう。

 うへえ、バッチいなあ。とか、そういうことを考えて……でも、それで終わりだ。

 すぐに意識から外れる。

 次の日には多分、忘れている。

「もしも爪が車道に落ちていたら、誰か気にするか?」

「……見つけたら、気になるかもな」

「でも」

「気になるぐらいだ。それで騒ぐことも、まあ、多分。ないな」

「だろう。だから」

 それぐらいまで、分解してしまえばいい。

 頭は頭蓋骨を粉砕して粉にする。

 眼窩から取りだした目玉は潰してしまう。

 舌は細かく刻んで。

 歯は軒下にでも投げ入れて。

 手は爪をはぎ取って。

 骨は引っこ抜いて。

 削いだ肉はまとめずに土の中に。

「粉々にして、散り散りにして、千切り千切って、それが人だと分からないぐらいにしてしまえばいいのさ」

「まあ、確かに……」

「そしてそれは、そうだな。自販機の下とか、棚と棚の間とか。歩道橋の階段の壁の下とか。そういう、見えるけど見ない場所に細々ちまちま、捨てていくのさ」

 この店だとそうだなあ。そこの隅とか、どうだ?

 爺さんはレジから身をのりだして、店の隅を指さした。

 そこは爺さんが掃除下手なのか、ホコリが溜まっていた。

 そのホコリの中に、すりつぶされた肉片みたいなものが、あるような気がした。

 ホコリの塊だった。

 多分。

「どうだ。どうだい。これなら、死体の処理も解決だ。これなら、バレないだろう」

「確かに、バレないだろうなあ。これなら、うん」

 意外としっかりしているようで驚いた。

 正直『死体を爆破してしまえばいいんだよ。ノドからダイナマイト突っ込んで、胃の中で発破すればいい。粉々の粉微塵だ!』とか、そんな奇想天外な方法をあげてくると思っていたし、それに比べたら充分実現可能だと思う。面白い。実際のところどうなるのかは分からないけれども、小説のネタとしては充分だ。

 しかし。

「このネタだけで書こうと思っても、文字数が足りなさそうだな。原稿用紙十三枚ぐらいあればいいだろうな。これなら。小説ひとつに十万文字必要だと聞いたことがあるぜ」

「なに、そんなにいるのか!」

「短編集なら、そうじゃあないかもしれねえけど、それだと今度は、このネタ一つじゃあ足りなくなっちまう」

「ふむう、せっかく思いついたから、どこかで使おうと思ったんだがなあ。あんちゃん、このネタに使われるつもりはねえか?」

「加害者役か?」

「被害者に決まってるだろう。そっちの方がお似合いだ」

「やなこった。爺さんがなれよ」

おいらは老衰か病死がお似合いさ」

 爺さんは思いだしたように、手作りおにぎりを見て「六十八円」と言った。俺は財布の中から百円玉を手渡す。

「そいえばな、もうこの手作りおにぎり。やめようと思うんだよ」

「どうして。困るぜ、俺が」

「どうしてって、もう必要がなくなったからさ」

 爺さんはガタガタの歯並びの悪い口内を見せるようにニタァと笑った。

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