安寿と寿司王
※前回までのあらすじという体の設定
平安末期のお話。
しかし偉い立場だった父親が他人からあらぬ罪を着せられて流刑にされてしまい、お家は没落。
あわれ姉弟は人買いに攫われ、
今日も山椒太夫は悪役令嬢の如く姉弟をいびり、とても子供には向いてない類いの労働を押し付け酷使するのです。
******
「うう、うう、重い」
姉の安寿は一日中、塩を作るための海水を汲まされます。
海水を天日で乾燥させて塩を取り出す天日製塩法は年間降水量の多い日本にはあまり向いてない製法。効率悪く、しかし岩塩も採れない国で塩は貴重品。取り扱う立場の人は大金持ちとなるのです。
まだ子供の少女に肉体労働を強いて財貨を得る、山椒太夫による鬼の所業。
ちなみに塩を売ってるのに何故「山椒」太夫なのかっていうと、元ネタだと「三庄」だったのが森鷗外さん辺りに変更されたらしいぞ!
何故かは分からないがピリリと辛い仕打ちの内容に変わりはない、あまりといえばあまりな重労働の毎日に安寿は
「おう、おう、桶が、水桶が私を虐めるのぉぉぉぉ……!」
と被害妄想が入ってきます。
姉の窮状を見かねた弟、寿司王は姉に駆け寄り取りすがり、
「さあ、僕の頭をお食べ」
「は?」
と頭を差し出します。
寿司王の頭には脂ののった大トロが使われており、マグロにはDHA、ドコサヘキサエン酸が豊富なのです。
ドコサヘキサエン酸とは青魚などに多く含まれる不飽和脂肪酸のひとつで脂質を構成するもとなんだ!
青魚が体にいいと言われる理由だね。
「日本人の食肉文化が進んでから摂取量が減ってしまった傾向があるんだけど、とっても大切な栄養素なんだよ姉さん! 高級食材のマグロにだってたっぷりさ!」
「何言ってるの弟よ!?」
「最近は魚のヘルシーさに目を付けた他国の乱獲や地球温暖化の影響で水産資源の影響も不安視されているけど今はそんな話はいいじゃないか」
「最初からそんな話はしてないっていうか何の話をしているの弟よ!!」
姉を思う弟の優しい気持ち、しかし極悪非道の山椒太夫はそんな弟の心を踏みにじるのです。
「ゲハハハッ、高級寿司だと!? ならばこのワシが喰ろうてやるわ!!」
「まず前提からして意味が分からないけどやめて!!」
寿司王の頭にうめえうめえと食らいつく山椒太夫。
ちなみに太夫っていうとなんか花魁っぽくて妙齢の女性をイメージするかもしれないけど、元ネタからして性別・男のおっさんだから意地悪なおばさんでイメージしていた人は急いで軌道修正だ。
齧り付く山椒太夫に対し、姉のために頭を差し出した寿司王は何故か抵抗しません。それどころか、
「山椒大夫、この僕を食い尽くせるものなら食い尽くしてみろ!」
「おおう、やらいでか!」
「何の勝負!?」
身を削り、山椒太夫に戦いを挑む弟とどう接すればいいのか分からない安寿。
彼女がおろおろしているうちに、大食漢の山椒太夫は寿司王の頭をあらかた食べ尽くします。おそるべし山椒大夫。
「……ふぅ、どうだ寿司王、そろそろ降参か?」
たらふく食い尽くし、そのままお茶をいただく雰囲気。寿司屋で使われているお茶はだいたい粉末茶、安価かつすぐに溶けて安定した味を出せるので高級料亭でもなければ喜ばれる品なのです。
本来ならこの後でおあいそ、お勘定の流れですが寿司王の身は既に自身が奴隷売買で購入したもの。この後高額請求をされる不安はない。
山椒大夫の勝利はもはや決定的のように思われました。
しかし。
相手が勝ち誇った瞬間、それがSUSIの勝ちを確信する時なのでした。
「フッ、かかったね山椒大夫」
「な、なにを──!?」
いぶかしげに言葉衝いた山椒太夫が咳込みます。
吐き出される大トロの欠片、米粒、そして──血。
「と、吐血ぅ!? な、何が」
「ドコサヘキサエン酸は確かに体にいい。人体の維持に必須な栄養素のひとつだ」
頭の大半を失った寿司王の声にも力は無い、しかし言葉にはこれ以上ない強さが宿っていた。
「しかし、摂りすぎると凝血能が低下し、出血障害や血液凝固障害を引き起こす事があるんだ」
「ば、馬鹿な!? そ、それではこのワシは!」
美味しい食物、必要な栄養素も食べ過ぎ・摂り過ぎはよくないのだ。
古人曰く「飽食慎むべし」。
過ぎたるは及ばざるが如しの因果逆転が太夫の身を襲う。
「君の出血は止まらない……終わりだよ、山椒太夫」
「馬鹿な、馬鹿なぁぁぁぁ!!」
自らが招いた強欲の果てか、全身から血を流し、滝のように吐血喀血しながら山椒太夫は息絶えた。
しかし仇敵を倒した寿司王の天命もそろそろ尽きようとしていた。
「……姉さん、そこにいるかい?」
「ええ、ええ、とても取り残されてた気分だけどここにいるわ」
もはや目も見えないのだろう、弟の自分を探す手を握りしめる姉。
「僕が死んだらシャリは土に、ネタは海に還して欲しい。海と大地に包まれて、僕はまた姉さんに会いに来るよ」
悪人から姉を守り抜き、最後に再会を約束して寿司王は逝った。
「うう、寿司王、寿司王」
涙にくれる安寿。
彼女は息を引き取る弟に何も言えなかった。
「冷凍技術が発達するまで、遠洋でしか獲れず寄港するまでに腐ってしまうマグロは売り物にならない下魚扱い……この時代だと高級魚なんかじゃないのよ……」
昭和の頃までは刺身より醤油漬けで食される事が多かったとか。
それはともかく悪党から解放された姉は料亭を開き、あらゆる海鮮食材を扱いながら弟の到来を待ったという。
彼女が弟と再会できたかどうか、それを語るのは無粋というものである。
──というかそんな感動する話かと言われると。
寿司ネタ【短編×2】 真尋 真浜 @Latipac_F
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