人無き世界、寿司の星
CAT(仁木克人)
寿司を追うのは生きるため
荒涼とした平原を駆ける一台のバギー。助手席から身を乗り出して双眼鏡を覗いていた少女が、にわかに弾んだ声を上げる。
「居た。鮪」
運転手の青年が視線を向けると、確かに岩陰からのぞく寿司の姿が認められた。少女は胸を反らし、得意げに微笑む。
「トロかな?」
「いや。全然サシが足りない」
即座に否定され、得意顔がふくれっ面に変わる。
青年がバギーを急加速させ、逃げ去ろうとする寿司を追うと、少女は腰の銃を抜いて弾丸を浴びせた。
鮪は獰猛な吠え声を上げてバラバラとシャリをこぼす。
「どうして寿司ってどいつもこいつも足が速いの!」
「俺らだってそうだろう」
返事を返しながらも、青年は細かくハンドルを切って鮪を追い込んでいく。
が、少女が撃ち尽くした銃の再装填を始めた瞬間。突如方向転換した鮪が体当たりを仕掛けてきた。撃つのは間に合わない。
青年は咄嗟に、車体に備え付けてあるケースから得物を引き抜く。
愛用の剣"ヤナギバ"の美しい刀身が閃いた。
仕留めた鮪の断面を見れば、ルビー色のネタとシャリの間に美しいグリーンがのぞいている。"サビ入り"だ。きれいに仕留めればいい値がついただろうが、もう売り物にはならない。
青年は醤油のスプレーを寿司に吹き付け、雑にヤナギバで削いでそのまま口に運んだ。同じようにして少女にも分けてやる。
「おいしい」
少女が顔を綻ばせる。鮮度で言えばこの食べ方が一番美味い。もっとも、危険を冒して寿司を狩るハンターでなければ味わえない。
寿司の肉を食う事に抵抗があったのは最初の頃だけだ。結局、食わなければ生きていけない。この世界にいるのはもう寿司だけなのだから。
「あとはどうする?コハダ」
「……岩場の方も廻ってみよう。カンピョウくらいは獲って帰りたい」
コハダと呼ばれた青年の身体は、陽光を反射して銀色に輝いている。
これは、寿司の星の物語。寿司によって滅ぼされた愚かな人類に代わり、寿司が生きていく世界の物語だ。
人無き世界、寿司の星 CAT(仁木克人) @popncat
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