第11話 偶像と書いてアイドルと読む

 順平は鼻孔をくすぐる酒の匂で目を覚ました。

 まだ寝ぼけ眼で、ぼんやりとした意識と働かない頭で、ただ目の前で繰り広げられている酒盛りを眺めていた。


順平「何だ?今日は、祭りか何かか?」


 順平の寝ぼけた言動に、妖精の一人が反応する。


妖精1号「何!今日は祭りなのか?何の祭りだ!」


妖精2号「今日は祭りではない!宴だ!」


妖精3号「そいつに、だまされるな!そいつは姑息こそくにも、

     神や女神に取り入る悪い奴と言われたではないか。」


妖精1号「えぇ!!祭りが騙されるのか?」


妖精2号「おぇ、なんが、ぎもじわでゅい」


妖精3号「お前達!何を聞いていた。この酒をやるから、

     ちょっと絞めてこいと言われたではないか。」


妖精1号「え〜、なんか違くね〜。」


妖精2号「あぁ〜ダメ!電信柱No〜サンキューょ〜

     お願い、見せないで、見せないで!」


妖精3号「あれ〜、オレの聞き間違いかな?だって、バッカスの旦那、

     そんなこと言ってなかった?」


妖精1号「バッカスの旦那の酒は、旨ぇ〜よな〜♪」


妖精2号「オロオロオロオロッ、だから電柱はダメって言ったじゃない!」


妖精3号「今日は祭りとか?そんなこと言ってなかった?」


 部屋の片隅で嘔吐する妖精を見た順平は、驚いて飛び起きた。しかも、はっきりと目が覚めた今では、部屋の中が強烈に酒臭いのが分かる。


順平「何してくれてんだ。お前達。」


妖精1号「なんだ、旦那も一杯ど〜だい。旨ぇ〜よ〜♪」


妖精2号「なんかスッキリしたから、また飲も〜♪」


妖精3号「おぉ〜行ける口だね〜、さぁさぁ、まずは一杯。」


 そのとき、部屋の扉を叩く音が響き、その音に驚いて妖精達は何所かへ消えてしまった。後に残ったのは、異様に酒臭い部屋と不愉快な妖精達に叩き起こされた自分だけ。余りの理不尽さに苛立を覚えたが、ここは気持ちを切り替え、先程から鳴り響くノックに仕方なく対応した。


「はい、はいどちら様で。」


「どちら様じゃないわよ。朝からうるさく騒がないでよ。ここ何処だと思ってるのって……酒、クサッ!……。」


 朝一番で隣の部屋のレイシアに怒鳴られた。しかも朝っぱらから酒臭い匂いを漂わせる俺の事を、まるでゴミでも見るような目で見ていた。


(そんな目で見ないで頂きたい。何かに目覚めてしまうではないか。)


 こんな美人に冷めた目で見られるのは、マニアからは“ご褒美”と喜ばれるかも知れないが、生憎、俺にそんな趣味はない。


 そして、日課となりつつある朝の苦行が始まる。相変わらず熱気に包まれた礼拝堂。さらに続く超極固パンの食事へと続くコンビネーションは、何度経験しても全く慣れる事がない地獄のイベントとなっていた。最初の内は、自分のあごが破壊されるか、もしくはパンを粉砕するかの二択を迫られていた。  

 しかし、最近ではこのスープとパンに、わずかに味がある事が分かった。これは、大きな進歩だった。さらに深く追求する事で、また何か新しい発見があるかも知れない。全く心は踊らないが、どこかに精神の拠り所を求めないと、心が壊れてしまうかも知れない。そんな恐怖が付き纏った。


 まぁ、冗談はさておき。この生活にも慣れつつある現状で、もう少し街の事を理解するために、今日は外出を予定していた。ちなみに、つい先日の一件以来、女魔法士に鬼のように付き纏われていた。例えるなら、クラス全員で鬼ごっこをしているのに、鬼が自分一人しか追っかけてこない感じだ。


(なぜ?異世界に来てまで鬼ストーカー被害に遭うのか。理解に苦しむ。)


 全く意味が分からない。とにかく、この女が“米だ!米だ!”と、うるさく付き纏うので困り果てていた。正直に本当の事を何度も話そうと思ったが、実際には女神や神達の事を話すのは止めておいた。あの女は平気で会わせろと言いそうで、少し怖かったのだ。

「待った〜。」


「レイシアさん。何故彼女がここへ来るのですか?」


 人ごみをかき分け、修道院前に駆け付ける見覚えのある女性。


「おい!米の用意はできたか?」


 挨拶も抜きで開口一番これである。


(毎度のことながら他に言うべき事が無いのか。お元気ですかとか、ご機嫌いかがとか。もっと女性らしい挨拶があっても……ん?……何故、コイツは睨んでいる。もしかして俺が考えている事が読めるのか?)


「米の用意は出来ていないが、もしかしたらバザーで売っているかも知れないな。」


「今、チョー適当なこと言っただろ!」


(うわ、マジ読まれてる。どぉしよう。とにかく誤摩化さねば。)


「とにかくマーケットに行ってみよーかーねー。」


「それで、誤摩化しているつもりか?」


(ぐぅの音も出ないとは、まさにこれか!)


 全くブレる事が無い女魔法士に、タジタジになる順平であった。そんな一行を物陰から窺う怪しい者がいた。それでも一行は、取り敢えずマーケットへ行くこととなり、そちらを目指して歩き始めたとき異変が起きていた。


 その瞬間、世界が止まっていた。順平はもう驚かず、遠くから黒子が歩いて来ると思っていたのだが、歩いて来たのはバニーガールだった。


(…どういうこと?…黒子の旦那は?…まさかの配置転換か…あぁ〜でも、

バニーはいいよな。気分が高揚すると言うか。男心をくすぐるというか。

やはり、バニーは正義だな。)


 などと考えていたら、怪しい感じのバニーは一言も口を利かず、順平の前を通り過ぎ、その先へ進み手招きをしている。順平はまるで、魔法にかけられたようにフラフラと付いて行った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その頃、神様テレビの局内では、不正アクセスの警告とウイルスの侵入を示すアラートが、巨大ディスプレイ上に表示されていた。点滅する警告の文字と室内に設置された赤色灯が回転し、警報は鳴り響き。スタッフ達は大騒ぎで対処を始めた。


「侵入した回線を直ちに遮断せよ!」


「ウイルス除去プログラム起動を確認。」


 様々な対処が行われる中、画面は放送事故表示に切り替わり、


“大変ご迷惑をお掛けしております。現在、復旧作業中です。

 しばらくお待ち下さい。”


 という表示が出されていた。故に、画面の中から順平の姿が消えた事に気付くのが遅れていた。局内のトラブルが解消され放送が再開されたとき、画面の中に順平の姿は既になかった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 黒ウサギに誘われるように、怪しい路地裏へ入り込むと、さらに地下に通じるウサギの穴という酒場の扉を開いた。まだ、時間が早いためか酒場に客の姿は見受けられない。先程、手招きをした黒ウサギさんの姿も見当たらない。


 困った順平が、カウンター内にいるマスターに声を掛けようとしたとき、店内の明かりが暗くなり、ステージ上にゴスロリの衣装に身を包んだ二人組が現れた。静々と現れた二人がお辞儀をしたと同時に、店内の全てのガラスが割れてしまうのではないかと思えるほどの大音量で音楽が鳴り始めた。


「♪〜お前の求める世界の叫びは〜 death! death!~♪

 ♪〜世界を作りし頃より反逆くぅ〜 death! death!~♪

 ♪〜持って産まれた終焉魂すぃ〜 death! death!~♪

 ♪〜アタイが本当の破壊神ん〜イェイ〜 death! death!~♪」


 心の準備すら出来ていない状態で、いきなりの大音量に耳がおかしくなる。順平の頭はガンガンし耳鳴りがひどい。


(この理不尽さに身覚えがある。これは、ご神託を曲に乗せて聞かされているのではないのか?)


 曲が終わっても耳の機能が全く回復せず、先程ステージ上で歌っていた女性が近付いて来て何かを言っているのだが全く聞こえなかった。仕方がないので、ゼスチャーで耳が壊れたと合図したら、相手の女性は何故か大喜びだった。


 あとから聞いた話しなのだが、彼女達からすれば褒め言葉に近い意味のようだ。耳が聞こえないと言う事が、何故褒め言葉なのか聞いても無駄なのだろうと考え、敢えてその事を深く追求はしなかった。


 貴方達のそれはパンクなのかと聞いたところ、デスメタルだと立腹された。ちなみに彼女達は、現在地下をメインに活動をしている地下アイドルらしい。地下アイドルとデスメタルの意味も深く追求するべきではないと判断した順平は、そのことにも触れない事にした。本当は四十八人ほど集めたかったのだが、そこまでの人数が集まらなくて諦めたそうだ。本当に理解できないカミングアウトだった。


 元々このお二方は、天界において奇跡のデュオと呼ばれた正統派アイドルで、天界で人気の歌姫として活躍していたらしい。ところが、あるとき地上の楽園と呼ばれるカラオケで歌を謳ったところ、ひどい点数と評価に自信を失ってしまい。生活は荒れて、引退も考えたそうだ。


 そんな日々を過ごしていたが、やはり歌を捨てる事が出来ず、カラオケにリベンジを果たしに出掛けた。しかし、荒んだ生活をしていた二人は、以前の評価より悪い結果に愕然とした。その時、引退を決意した二人は自棄糞でデスメタルを歌った。しかし、これが異常な高得点を叩き出し、それ以来地下アイドルとして活動しているとの事だった。


(なんだろう?この場合の正解が、さっぱり分からない。俺は、この方々に何と言えばいいんだろうか?)


 そんな事を考えていたら、


「気にする事は無い。今が楽しいので、それでいい。」


 と仰られていた。頭の中で考えただけで伝わるのをすっかり忘れていた。

 そして、今回は新曲のプロモーションを兼ね、今話題の人物にMVの出演交渉と曲の感じを掴んでもらう為に、自分達のステージに招待してくれたのだった。一通りの説明を受けたが、何故自分なのかが全く分からなかった。そして、自分はデスメタルのイメージに、適合してないのではないかという問いかけに、その二人も納得し、この話しは流れてしまった。


 順平は何となく申し訳ない気分になったので、お詫びの意味も込めて、MVのアイデアを提案してみた。それは、編みぐるみと呼ばれる可愛らしいぬいぐるみに、拷問セットで拷問を行っているイメージだった。この奇妙なアイディアを二人が気に入ってくれて、話しはトントン拍子に進んだ。


 最終的に曲のイメージと、それに合わせた拷問セットと編みぐるみでMVを作るときの企画立案に順平の名前を入れる事で合意し、今回の会見を終了した。喜んだ二人組は、早速そのアイディアをもとに撮影に入るようで、早々に退散した。残された順平は、酒場の支払いを気にすることなく飲んで行けといわれ、その日は、浴びるほど飲んで修道院に帰還した。


 修道院に戻ったとき、偶々レイシアと遭遇してしまった。朝、忽然こつぜんと姿を消してしまったことで大騒ぎとなり、散々探しまわったが何処にも見当たらず、院長などからも散々言われたレイシアは、かなりご立腹だった。


 しかも、夜遅く戻って来た自分が異常に酒臭いことで、殺意の籠った目で見られた。すっかり忘れていたが、確かバザーかマーケットに出掛ける予定だった事を、その場で思い出した。


 そのあとは、まさに平身低頭、許して頂けるまで詫びを入れ続けた。

そして部屋に戻ると、ベッドの上に何かが起これていた。


「何だこれ。」


 それは、あのデスメタル二人組の新曲MVのDVDだった。パッケージには、可愛らしい編みぐるみが、もう一匹の編みぐるみをギロチンにかけているシーンだった。新曲タイトルの“姉妹death!”を見たとき、何故か腰から力が抜けorzの体勢になっていた。

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神様テレビ 音無 響 @otonashi

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