第10話 異世界の風に吹かれて(それ行けシズちゃん……その2)
◯◯BOOKSのエレベーターから、間違って異世界に来てしまった田辺しずかは、カートを引きながら道を歩いていた。
近くの丘の上から眺めると、少し離れた森の脇に、道らしきものがあることに気付いた。近付いてみると馬の足跡と車輪の跡がある。人が生活している痕跡を発見したしずかは、一先ずホッとし、道なりに歩き始めた。
気候としては、日が射している分には暖かいのだが、風は少し冷たかった。仕方がないので、カートの中からコスプレ用の派手なマントを抜き出し、無いよりマシと考えて、そのまま羽織って歩いていた。1時間ほど歩いていると、後方から馬車が近付いて来た。徐々に近付いて来る馬車は、とても豪華な作りで、身分の高い人物が乗っていることを窺わせた。しかも、御者が外国人のイケメンに見えた。
(あぁ私、英語が喋れない。でも、何とかしないと。)
そう考えている内に、二頭立ての馬車はみるみる近付いて来る。あっという間に私の横に来たが、直ぐ追い越して行く。やはり、御者はイケメン外国人だった。しかも、馬車の中にお人形のような可愛らしい貴婦人を乗せていた。しずかが、どうしたものかと考えているうちに、その馬車は通り過ぎ、そして止まった。
(ハッ!これは!チャンスなのか。)
一応警戒しつつ、頭のなかでは“Hello, how are you doing?”でいいのか、などと悩んでいた。カートを引きつつ、停車した馬車に近付くと、いきなり馬車の扉が開いた。
「お嬢様、いけません!」 (…え!…日本語?)
叫んだのは御者だった。そして、開かれた扉の中には、これぞ神が作りし奇跡の造形かと思わせるほど可愛らしい女性がいた。しずかは、何事かと様子を窺っていたが、目の前で御者と貴族のお嬢様らしき人物が、何やら話し込んでいる。二人とも、凄いイケメンと超絶美人だ。
(写真とってもいいかな?取り敢えず確認してからにしとこ。明らかなセレブ
に、訴えられたりしたらマズいもんね。)
少し離れた所から、様子を窺うしずかであった。しばらくして話がついたのか御者が、話しかけて来た。これが凄いイケメンで、何故に御者などしているのか、もったいないと思うしずかであった。
「あの、ご高名な魔法士様とお見受けし、誠に不躾なことなのですが、こちらにいらっしゃいます。セルレイ伯爵家クリスティーヌ様のお話をお聞きしては、頂けませんでしょうか。」
(やっぱり、日本語だね。どうなってるのかしら?まぁ、話が通じないよりマシだからいいか。それにしても、無意味にキラキラしてるわね。しかも、顔の作りがしっかりとして派手だわ。)
御者は、しずかに食い入るように見詰められ、幾分体を引いていたのだが、お願いをしている立場なので、和やかに接していた。
「申し遅れましたが、私は御者のジミールと申します。呼ぶときはジミーで結構です。」
(なっ!なんだと!こんな派手な顔したイケメンが…地味ィ〜だと。
ありえんだろ!もっとちゃんとした名前にしろよ!フェルナンデスとかエステファンとか、もっとあるだろ〜その名前じゃあんまりじゃないか!)
心の中で叫ぶしずかであった。そんなしずかを他所に、伯爵令嬢が話しかけて来た。
「どちらまで行かれるのですか。この馬車でよろしければ、お送り致します。
お乗り下さいませ。」
この申し出に、しずかは一も二もなく飛びついた。話が通じるし、街まで連れて行ってもらえるのであれば、オールオッケーだったのだ。そして、馬車に乗ってから、もう一人の人物がいる事に気が付いた。この人物が明らかに変で、何故そんな特殊メイクのような化粧をしているのか解らなかった。ただ、そのことに触れる訳にも行かず、しずかは困惑した。
馬車に乗ると、その特殊メイクの方が挨拶をしてきた。なんと伯爵夫人様だった。このときしずかは、余計なことを言わなくて良かったと思った。ただ、どうしてもメイクのことが気になって、チラチラと見てしまっていた。そんな伯爵夫人は、哀しそうな顔をして語り始めた。
「私も、年を取ってしまい。この有様です。主人は別の若い女性に…。」
そこまで言って泣き崩れてしまった。娘の方も、涙を溜めて俯いている。そして、しずかはといえば激高していた。
(なんだと!こんな美しい奥さんがいるくせに、若い娘だと!許せん!)
そうなのだ。化粧の仕方には問題があるだけで、土台などはかなりの美人さんなのだ。世の殿方の見る目の無さには、呆れてしまうしずかであった。そんな伯爵夫人が、どうしてこんな化粧をしているのか、なんとなく理解できた。それ故に、しずかは考えていた。自分がコスの為に磨いたメイク術とアンチエイジングの化粧品で、如何様にでも出来るのではないかと。
「伯爵夫人、涙をお拭き下さい。後は、私に任せて頂ければ、必ず旦那様を振り向かせてみせましょう。まず、その化粧はいけません。私を信じて頂けませんか。」
この想いも寄らない言葉に、伯爵夫人は戸惑ったが、しずかの熱意ある説得に、最後は頷いていた。それから、急ぎ城に戻ると大急ぎで準備にかかるしずかであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、場所は変わって天界の一室。お楽しみ読書中の女神のもとに、一通のメールが届く。内容は、予定外の人間が異世界にいるようだが、ご存じないか?というものだった。女神は、何のことか解らず、取り敢えず地上を映すモニターに目を向けて焦ってしまった。
(…!!…あの女は、あの本屋の同じフロアーにいた女ではないか。…まずい。)
女神が、気が付いた時には既に手遅れの状態で、この世界の住人と
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして伯爵の城では、しずかによる伯爵夫人の大変身計画が進められていた。 まず、湯浴みをさせた。そのとき痛んだ髪にトリートメントやパックを施し、綺麗なブロンドを蘇らせた。さらにその後マッサージを施しつつ、ボディークリームを摩り込む。
最初は緊張していた伯爵夫人も、ほどよく暖められた部屋で、適度な蒸気とアロマの香りに癒され、ゆったりとした時間を過ごすことで、いつの間にか刺々しさは影を潜め、見る見る内にその美しさが輝き始めた。
そして本番のメイクを始めるのだが、城の中は薄暗く光りが入り難いのだった。しずかが、明かりと鏡を思い浮かべて、何とかならないかと願ったとき、そのメイクルームのような環境が出現した。これには、しずかも伯爵夫人も驚いたが、これで見やすくやりやすいと大喜びでメイクルームを使い始めた。
ただ、残念な事にメイク道具に関しては、手持ちのもの意外、常備されていないようで、メイクルームの環境のみの再現に留まっていた。それでも、コツコツ揃えた、アンチエイジングの化粧品やメイク道具は、高度な要求に応えられるもので、初回は小悪魔系で攻めてみようと考えていた。
決してキツい感じのメイクにせず、それでいて目元は強調、さらに唇は潤いとグロスで、男からしたら堪りません状態に仕上げた。この完成されたメイクを見た侍女達と伯爵の食いつきが凄かった。
さらに、次の日はナチュラル系で、安心感と年相応の大人の女を演出。これにも侍女と伯爵の食いつきは、ハンパ無かった。その後、思いつく限りのメイクをしたのだが、やはり一つの化粧品を複数で使うと消費が激しく、この状況を長く続けるために、化粧品に変わるものを探さなければならない事となった。
始めの内は、伯爵夫人に止められたが、化粧品が残り少なくなると、渋々OKを出してくれた。メインのメイク道具一式は、伯爵夫人に預けて、自分は簡単なメイクセットを持ち旅に出た。もちろん、化粧品の代用品となるものと、自分自身の野望。米の入手を目的としての旅だった。
しずかは、基本的に自炊の人だった。お米が大好きで、美味しくたべるために、研究を重ねた。まず、お米の選択。これは、やはり個人の好みによる部分が大きく、何種類もの銘柄米を試してみた。そしてその選んだ米と水との相性の問題。これはお米を育てた地域の水と関係もあると考えられる。ただ、アルカリの水は、お米を美味しく炊き上げるので、オススメではある。さらに炊飯器の性能。最近の炊飯器は、感心するほど良く出来ていた。そして、一つ一つ研究を重ねると、その都度、ご飯は美味しいなっていく。最終的に美味しいご飯が、食べられるようになったのだが、今度は外でご飯が食べられなくなってしまった。美味しいのはいい事だが、弊害もあることに気付いた瞬間だった。
そして、さまざまな地方を廻り、米を探していたのだが、見つける事ができず、半ば諦めかけていた矢先に、奇妙な男に出会った。その男は、森でゴブリンと遊んでいた。しずかは、久しぶりの新鮮な驚きに胸を躍らせていたが、この不思議な男が米に繋がっている事に気付いた。その男から、何とか米の情報を聞き出そうとしたが、同じチームのメンバーに止められてしまった。
今日は諦めるが、必ず米の情報を聞き出してやる。決意を新たにその場を後にするしずかだった。
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