3.恋と病熱

 ごめんごめん。お待たせ。ってああもう、ネコちゃん達はいないか。LINE入ってる。『お昼休み終わるから戻ります、ごめんね』こっちこそごめんねだよー、ってきみに言っても仕方ないか。とにかく。なんか、取り調べ? いきなりでびっくりしちゃった。

 妹、木曜が刺されたんだって。

 生きては、いるみたい。で、わたしのところに事情聴取に来たって。刑事みたいなの。この通り、この通り? わたしは何もしてないし、初耳だし、普通に驚いたけど。

 疑われてるのは、教唆とかなんか、そのへん。直接手を下せるわけがないし、そもそもずっとここに居たんだし、向こうもその辺はわかってるみたいだけど。

 確太くんはそういうことしないって信じてるっていうか、それこそ確信? できるっていうかだし、通り魔の犯行、なのかなあ。でもちょっとタイミング良すぎるような。きみはどう思う?

 そっか。きみはまだ木曜のこと、知らないもんね。

 目下木曜。わたしの妹。十七歳。

 いつでも誰かに恋をしてる。もしくは、誰かと恋をしている。幼稚園の頃から始まってわたしを殺してしまうまで。そして、きっとずっと、死ぬまで。

 だから、なんか妹にこういう表現使うの嫌だけど痴情のもつれ、みたいな? そういうので襲われたとしてもわたしはまあ、あり得るな、なんて思ってしまう。でも、そこはそれ、妹だし、っていうわけでもあんまないんだけどとにかく仲はいい方だし、いい子だって知ってるから、別に否定しようって気もさらさらない。いいじゃん。うらやましいと思ったこともないけど。

 え、わたし? わたしは別に……話すようなこともないっていうか、木曜と較べて普通? いやまあ、こんなんなっといて何が普通かって話ではあるんだけどさ。でも、生きてるあいだはただの、うん、普通っていうよりこっちのがしっくりくるな、ただの人、だったよ。

 生きてることに物語のない人間なんていない、とは思うんだけど、いまはそういう話でもない、だろうし。

 お見舞い、行かなきゃ。木曜のためにも、確太くんのためにも、わたしのためにも。

「本当に、閏、きみがやったんじゃないのか」

 そういう風に言われてしまうのはつらい。もちろん、否定する。万が一やろうとしたって、できないのだし。

「誰かに取り憑いてやらせたりとか、できるんじゃないのか」

「できないんだってば」

 これが、元彼の言動か、って思うと堪えるんだけど、でも、いまは妹の彼氏で、恋人が刺されて、元カノが疑わしい、ってなったらだいたいこういうことを言う、ような気もする。確かに差異藤さんじゃないけど、復讐したらんかな、って思ったりするけど。

 思うだけ。いや、確太くんにはああ言ったけど、たぶん、できる。それこそ教唆っていうかさ、別に、特別なことなんて何もできやしないけど、代わりに、ごく人間らしい会話が残ってる、かぎり。

 取り憑く。物理的にはもちろんそんなことなんてできないけど、言葉が呪いでもある、んだったら。

 たとえば、きみ。きみに、この物語に『目下木曜は刺されて死んでしまった』と書き加えてほしい、なんて頼んだら、どうする?

 わからないよ、確かに、取り除かれてしまうのはわたし、かもしれない。まったく別の、ネコちゃんかもしれないし、いきなりこの物語そのものが終わる、終わらせることだって、きみにはできるのだから。

 わたし? 無理。この物語を殺すようなことがあればきっと、例のクローゼットさん? に連れて行かれてしまう。それはきっと、木曜に対してだって、一緒。

 だからわたしはまだここにいるし、いるってことはやってない、ってことなんだけど。面倒、っていうか、意地悪っていうか、色んな感情があるわけだけどとにかく、ふたりには説明してやんない。

「お姉」

「木曜、大丈夫だった?」

「うん……あのさ」

「なに?」つとめて、って使うんだっけ。とにかく、少し明るく応対する。

「罰が当たった、のかな」

「そんなことないっしょ」

 やばい、軽すぎた?

「お姉がやったんじゃない、ってのは、わかる。相手、見えなかったけど、なんとなく。でも、やっぱ、わたしが」悪かったんじゃないか、って。

 少しずつ小さくなっていく声。不安なんだろな。でも。

「いいかな」前置きして、言う。

「少なくとも、わたしは気にしてないよ。いや、確かに、何事もなく日常の延長、なんてわけにはいかないけどさ。でも、だからといってそれが木曜の罪悪感を減らすかな、無くすかな、っていうと違うような気がするんだ」

「……うん」

「だから、木曜が思うなら、そう、いうこと。そうなる。木曜に対する罰は、木曜が与えるんだ」

「そういうもの、かな」

「うん」

 こんな時でも、くそう木曜は美人だな、こんな子、妹だけど、を彼女にした確太くんすごいなうらやましいな、まあわたし捨てられてるんだけど。とかそういうことを考えてしまったり。

 きみはどう? いや、いきなり振られても、って感じかな。でも、ない? なんかすごいまじめな話とか、してても聴いてもいいんだけど、とにかくまじめな雰囲気で、でもそんな時ほど頭の中でどうでもよかったり、あ今回はどうでもよくないけど、関係のないことを考えてしまったり横道にそれたりってこと。

 そんななのに、こんななのに? まじめに説教みたいなこと言って、おかしいよね。だいたい、わたしったr


【目下閏は除霊されました】

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【連載凍結中】リビングデッド・ユースカルチャー 黒岡衛星 @crouka

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