7:オートマティスム
「はい、では、――どうすればよいのでしょうか?」
ワクワクするそぶりを押し隠さず、彼は少女に満面の微笑みで振り返る。
彼が、これほど、内面を露わにするのは珍しい。
「この、ニャーロン氏が見つけてくれた、レシートの番号を、そこのタイプライターから入力してくれ」
青年にレシートを手渡し、機械右端を棒で指す。
「はい。×××ー×××ー×っと」
青年は、その、まるで組み立て途中のATMの様な部分に屈み込み、タイプする。手を止め、振り返らずに、指示を待つ。
「押してかまわん」
このタイプライターには、ENTERキーが付いている。
「はい。『Enter』っと」
ジジジ、ジジジッジーーーーッ!
タイプした文章に対する処理結果が、印字されている。
入力した文面に続いて、即座に算出結果が、同じ用紙に出力される様だ。
青年は、タイプライターの操作は、熟知しているようで、印字された
『同日使用件数:1
<3号機/1件目>
使用者:条例により抹消。第2研究区画航空宇宙研究所所属。
使用設計図:容量超過により印字不可能。
使用素材:マグネシウム、ニッケル、炭素繊維、高次フラーレン構造を持つ六? 立方……難しくて読めません」
青年は、苦笑いをして、少女に用紙を手渡した。
「これは、結晶構造を表しているな……、やはり、あの”跳ねっ返り”のモノで間違い有るまい……で、続きがあるぞ。なんだコレは? ――以降の工作行程は、すべて、自動工作機4号機へ授受されます。』
「この最後に残った4号機は、2年前に最新データに書き換えられているはずだが……どう言うことだ?」
「作業窓の中に何か、金属のようなモノが、光って見えています」
青年が、背伸びして、上から小窓をのぞき込んでいる。
「そのまま、『process
タンタタタンタンタタ、タタタン、バチーン♪
ジジジジッジジーーーーッ。
「<3号機より
「なんだと。なにか、作りかけが、残っていたらしいな」
”今、とてもワクワクしていますよ”と顔に張り付いている。
「おもしろい、『restart
「中に入ってるのは、あの”跳ねるボタン”より、もっと大きなモノですよ!? 危なくはないですか?」
「工作中に危険な組成や挙動を、検出していれば、即時封鎖され、一両日中には連絡が届く仕組みになっている」
「大丈夫なんですね?」
もう一度背伸びして、中を覗いている青年。
彼も、中身が気になっているのだろう。
『restart:×××ー×××ー×』
入力して、今度は振り返って、少女の指示を仰ぐ青年。
頷く
青年は再び『Enter』を押した。
ウィィィィン……ウォォォン……ゴン、カチカチカチカチ、ピピピッ。
シュゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーッ!
内部には電子装置もあるのだろう。電子音を聴いた青年が、機械から離れる。
『00:02:59』
ジジジッ!
大きめの文字で、残り時間が印字された。
青年が、少女のイスを引っ張って、赤いドアから連れ出した。
見たいとゴネる少女のために、彼は少しだけ、ドアを開けてやる。
やがて、3分経過し、――ガタン!
やや乱暴な勢いで、製品が
「なんだコレは?」
青年が少女の目の前に置いたモノは、片手で持てる程度の箱だった。
「”跳ねっ返り”の件もあるし、不用意に開けない方がよいかもしれんな」
「では、僕が、ざっと
ジャケットを脱ぎ、シャツの袖をまくる。
「そうだな、中身がどう言うものでも、ロールアウト直後から
「では」
青年は、自分のメッセンジャーバッグから、
次に、腰のベルトに取り付けられた、小箱から、ミストパイプを取りだす。
内ポケットから、ボールペンと小さな円筒状のモノを取り出す。
「離れていてくださいね。本来、子供、……いえ、若い女性に、お見せするようなものじゃないんですから」
「わかっている」
素直に床を蹴って、イスを壁まで離す。口の端が歪んでいるのは、おもしろい見せ物への期待と、筋肉痛の痛みとの、両方だろう。
ミストパイプにラベンダー色の円筒をセットする。
ぷぉわぁん♪
スパスパと吹かし、軽く吐く。
まさに紫色の紫煙が、立ち上る。
少女が、スンスンと鼻を鳴らす。
「
青年が何かを
そして、すぅーーーーーーーーーーーっと、逆再生のように、彼の口に吸い込まれていく。
彼は、パイプをシャツのポケットに落とし、両手を箱に沿わせた。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーっ」
眼を閉じたまま、箱に煙を吐きかける。
「つぁーーーーーっ!」
両腕に力が込められ、
煙は箱の上に、同じサイズ・同じ形状で停滞した。
彼が時折、披露している怪しげな術の一種なのは、間違いない。
瞬間移動や、超筋力に使ったソレを、
ガッ!
手が即座に離れる。
そして構える、細身のボールペン。
「
バキッ!!!
A6程度のハードカバーをキツく施錠していた、小さなダイヤル錠が、壊れた。その音は想定外に大きく、少女は飛び上がった。
◇
同時刻、青年と灰色猫の事務所。作業机の足下。
四角いハッチ部分を囲む、ランプが光っている。
無人の室内に光る、そのランプは、やがて消えた。
◇
独りでに、めくられていく、
次々に現れる、既に書き込まれている部分は、10ページほどだった。
さらに、もう一枚めくられ、白紙のページが開かれた。
「細かい細工がされた、とても堅い金属製。硬質ガラスのようなフタに、内部に空洞があり、腕輪のような形状……」
青年の言葉に合わせ、箱の上の煙が凝縮されていく。
「っふーーっ、っく、……危険なものではないですね」
まさに、煙が商品へと変貌するCMの、VFXを見ているようだ。
「腕時計?」
「
彼は見開きの左ページに、
細身の極細ボールペンで描かれていく、その筆致は凄まじく正確で、撮影した写真を加工したよりも精巧と思えるほどだった。
ガッガッガガガッ、シャッシャッッシャッシャッ、ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ!
加速していく、ドローイング。
彼の眼は、箱の上に形作られた”腕時計に”向けられている。
「陣弐前、玉女、
青年の発する呪文のような言葉も、加速していく。
それに合わせるように、本を押さえている左手も、
時には、ペンを片手で、ひっくり返し、一瞬消しゴムを使って、またクルリと、元に戻している。消せるタイプのボールペンだ。
線画の、ちょっとした、アクセントや、絶妙な曲線を再現するために、左手でも本を動かしているようだ。
まるで別の生き物の脈動のような、両手の速度が、頂点に達した時。
左ページに高精細の腕時計の画像が完成していた。右ページにも、何か、図案のようなモノがビッシリと書かれている。
八咫烏抹消、天馬抹消、金神、兵参陣、口語訳――。
やや、速度を緩めた呪文と共に、余白に書かれていく、解説文のごときレタリング文字。
『2013年現在、世界最高精度の――クロノグラフ。』
その末尾の『
彼の眼が初めて、手元の本を見た。その顔からは、血の気が引いている。
「
「えっ!? まて、まって!
少女は、慌てている。
それでも、何とか、筋肉痛に耐え、青年のバッグまでたどり着いた。
カラビナに付けられている、ダイヤル錠を一つ取り、青年の元へ。
「ぐっ――くっ!」
青年は、一心不乱に、書き続けていた。
テーブルの天板に向かって。
印字されたかと見まがう、多種多様なフォントで。
「
「
彼の右手は、文言を、生み出し続けている、もう、テーブルの上に余白はない。
「設定する番号は!?」
このダイヤル錠は、自分で設定ナンバーを変えられるモノのようで、彼女はその番号を、どうすればよいのか聞いているのだ。
「何でも良いです!
「よし。まず、撮影だな……」
「机の上の文字は、
パシャリ♪
スマホで、斜めから本のページを撮影する。
即座に電源オフして、ポケットへ落とす。
バタンッ!
青年は、左手で、本を閉じた。
そして、
閉じられた本の閉じ金具。その穴へ鍵を掛けて、ダイヤルを回した。
「ひっ!」
テーブルの上の印刷されたような文字の全てが、一斉に動き出し、人の顔になった。
バーーンッ!
ゾッ――!
人の顔のように見えた、レタリング文字は、散り散りになって掻き消えた。
へたり込む
「
肩で息をする青年。酷使された、腕を抑えている。
「あーーーーーっ!」
「――怖い思いをさせてしまって、大変すみませんでした」
「――おっもしろかったっ! 非破壊検査、ご苦労さん! ヘヒヒッ」
その顔の端っこに、意地悪な笑いが張り付いている。
「アレ!? 笑ってる? 怖く無かったのですか?」
「えーっ!? だって、今のは、急だったから
「それは、……そうなんですけれども、……ふーーーーっ」
床に座りこむ、青年の目を盗んで、
「こりゃあ、……君の使っていた
「あっ、開けちゃった。危険は無いですから、良いですけど。一見普通の、機械作動式の、クロノグラフですよ」
披露した透視術の作用か、彼には、ソレがどう言うモノなのか、よくわかっている口ぶりだった。
「なんでまた、こんなモノが?」
「それは、さっぱり、判りませんね」
「製品に付属品があるなら、そこの、一番下のトレーに出来ているはずだ」
青年が、機械から、平べったい箱を取り出し、開けてみる。
「大量のネジに、換えのためのバンド、……磨耗する機械部分のパーツひと揃え。整備のための工具までそろってますよ」
「設計制作者は、この時計をかなり長期間、……ソレこそ一生、大事に運用するつもりだったようだな」
「んー、これ、君にやろう。時計が無くて困ってるって、言っていたではないか」
「こんな危ないもの……いや、危なくはないな……」
「だろう? 君のお墨付きだから、心配はいらん。それに――」
まるでロボットのような動きで、ガランガランと音を立てながら、自動工作機械へ、近寄る。
ポポーン♪
少女型ロボットは、機械中央のパネルを起動した。
手を貸そうとしていた彼が、壁際まで逃げていく。
「ふう。……せっかくだから、研究用にもう一個、……いたたっ……作っておくことにするよ」
彼女は、そう言って、パネル操作を始めた。
大冒険はボタンから(仮題) スサノワ @susanowa
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