6:アセンブリング・マシン
カチ、カチカチッ、パッ!
小部屋を何個か通り抜けたところで、青年が壁を探り、照明を付けた。
姿を現したのは、複雑で大きな、工場のライン。
工作機械と工作機械の間は、コンベアや小型の作業用アームで連結されている。徹底的に自動化を図ったものと思われる。
スタスタと歩いて行ってしまう少女を、青年は追いかけた。
カランカラン。
ガチャガチャ。
サンダルと、ケースが鳴る音が、静かな部屋に反響する。
部屋は、一方向に数回折れ曲がる。
ひときわ長い、その最端。
赤いドアを開けて、入っていく少女。
青年は、後に続いて、ドアをくぐった。
『自動工作機械 4号機』
天井から吊された、機械番号。
そこには、お目当ての、自動工作機械が設置されていた。
「なんか、小じんまりとしてますね」
「コレは、元から小ロット用の、汎用工作機だからな」
長大な工場部屋と比べると、それほど大きくはない部屋の隅、メインの電源スイッチらしき箱が床から生えている。
少女は赤いボタンを押す。
そして、そのまま、スイッチ箱にすがりついた。
「……なにしてるんですか?」
見れば、彼女の足は、プルプルしていた。
「君、本日は、体を酷使しすぎたようだよ。助けろ」
「急に長距離歩いたからですね」
「うむ。具体的に言うと、両足に力が入らなくて、とても、―――痛い」
「今日は頑張ってるなと思ったら、涙目じゃないですか」
「涙目だよ。……ニャーロン君がとても喜んでくれたので、つい私も嬉しくなって、はしゃいでしまった……ようだよ」
「ニューロンを可愛がっていただけるのは、嬉しいことですが、ご自身の体も、
「うむ。なにか、と、徒歩のアシストになるようなものを、か、開発すると今ココに誓うよ」
少女は、顔をしかめつつ、ヨタヨタと方向転換している。
電源を入れられた、自動工作機械は、ガチガチッガチガチッと、セットアップを始めている。その音と、少女のギクシャクした動きは、妙に馴染んでいた。
「はぁーっ、……ひどい筋肉痛ですね。なんだか、玩具のロボットみたいですよ」
彼は、近くのテーブルの上に、自分のバッグと、預かっているケースを置いた。
部屋に作り付けのテーブルには、イスが付いていなかった。
彼は、長い足で、タタンと一息に、
「っひゃあぁ!」
抱きかかえられた彼女は、フフッと笑う彼の胸ぐらを掴んで、あぶないじゃないか! と息巻いている。
「じゃあ、この作業台にでも、座っていてください。僕はイスを探してきます」
彼女を、テーブルに座らせ、入ってきたドアから出て行く青年。
テーブルには、バネの様な機構がついていて、少女の重さを量るように上下している。
「この部屋、入り口は、赤いドアだけですよね?」
開いたドアの向こうから、声が届く。
「そうだが? そ、それがどうかしたのか、ね?」
ガチャン。ドアが閉じてしまったため、返事は、帰ってこなかった。
足を叩くことにも飽きて、彼女がテーブルから降りようとした時、ドアが開いた。
「遅くなりました」
息を切らせた青年が、何かをガラガラと引きずって、部屋に戻ってくる。
「おや、それ、君のバッグと同じマークじゃないかね?」
「はい、来る途中にあった部屋の奥で、見つけました」
それは、オフィスチェアだった。高級ブランド、『ジキトーチカ社』製のロゴが付いている。後ろには、普通のオフィスチェアも、縛り付けられていた。
「これは、君の事務所のヤツよりも、イイじゃないか」
フカフカの、背もたれに、倒れ込む少女。
「ええ、長年使われてなかったとは、思えませんね」
「工場のライン区画は、絶えず空調が回っているから、ソレほどは汚れないのだよ」
「電気代が、もったいなくはないんですか?」
「ココの電力の元は、
「潮汐力? そんな発電方法があるのですか?」
「半島の地下を縦断している水中路がある。繊細な構造のため、設計に10年を要したが、そこそこエネルギー効率は良いぞ」
「そんな仕組みが地面の下に、あったんですね。いいなあ」
「なぜ、
「ウチの事務所は、最近、夜仕事が増えたので、電気代もバカにならないのですよ。ニューロンは元から夜型ですしね」
「それは仕方がないな。近隣の州では、電気代はその倍になるぞ」
「そうなんですか!? 地元では、実家の軒先を借りていたもので、相場とかは意識したことがありませんでした。……お恥ずかしい」
「君のご実家は、私設の
「ええまあ、僕の古文書の
青年は、イスをつかんで引き寄せ、足下のバッグから、紙製のフォルダを取り出した。
「ほんとうかね!?」
「でも、”
彼の背後の壁。不意に、不自然に、強い影が生じた。
彼は、何かの気配を感じたのか、振り返る。
その
「―――それで、その時は、ニャーロン氏も一緒だろうね?」
彼の説明など、1ミリも聴いていない。彼女にとっては、この質問に対する、返答が最重要なのだ。
「そりゃ、置いて行ったら、また、十中八九、航宙研に
青年は少女に向き直り、ため息を付いた。
「ふむ、君の帰省の際には、是非とも私とニャーロン君を、一緒に連れて行ってくれたまえ!」
「ニューロンとの旅行が、メインと言うことでしたら、構いませんよ?」
「よし、約束したからな! 覚えておきたまえよ、君!」
口から出るのは、まるで捨て台詞のような言葉。満面の笑みで、青年を睨みつけ、指をさした。
「ふーーっ、よし、では、それを、さっさと寄越したまえ」
少女は満足げに、フォルダを受け取る。
青年は、投げ捨てられた、幅広のクリップをつかみ取った。
腕を伸ばし、突っ伏している彼に、質問する。
「そういえば、
「ドア、……あー、この大きな機械を、どうやってこの部屋に搬入したのかなと思って」
「……ふむ君も、目の付け所が良くなってきたな」
フォルダの中身を、テーブルの上に並べていく。
「長時間の自動作業にも、耐えうる、遮音性、耐震性、耐久性を実現するために、まず、堅牢な土台を作ったのだろう」
並べた中から、重要なモノをピックアップして残し、要らないモノをフォルダに戻していく。
「できた土台を、仮設の外壁で
「へー、この部屋には、そんなにも手間がかかっているんですね」
「うむ。おそらくは、そのためだろうが、自動工作機械は1棟に1基しか、設置されていなかった」
「そうなんですか。じゃあ、コレと同じ構成の建物が、他にもあるんですね」
「他に? 他にはないぞ?」
「でもこれ、4号機って書いてありますけど?」
「君の目の付け所は、まだまだだな。今、ココは使われていないのは、見ればわかるだろう?」
「ええ、資材搬入口のシャッターも、閉まってましたし」
「そうだ。現在、製品の運搬は、地下空間を利用した、輸送システムにより行われている」
「へー。ココに来て、一年経ちましたけど、まだまだ知らないことばかりですねえ」
青年は、フォルダの中身を、揃えている。
「すべての工場設備は、地下のファクトリーに移管されている」
「地下工場? やはり、ココの技術レベルは凄いですね」
「実は、そうでもない部分も多々ある。たとえば、この自動工作機械4号は、例外で、存続されているが、なぜだと思う?」
「うーーん。緊急時用の予備とか」
「ソレも無くはないが、もっと直接的な理由だよ。コノ場所は
少女は自分の足下を指さす。
「ココを支える深い基礎と、水中路構造の間隔は5メートルも無い。その繊細な工事にかかるコスト的な問題で、撤去が出来んと言うだけだ」
「……ええと、ココの技術レベルを持ってしても、一筋縄ではいかないと言う事でしょうか?」
「うむ。不本意だがな。はは、はは、は……よし、やるぞ」
世間話が終了し、本腰を入れて、立ち上がる―――だが少女は、即座にイスへ倒れ込んだ。
涙目になり、
「うぐぐぐ。ま、ま、まずコレだ。この日付で検索するぞ」
灰色猫が発見した小さな紙切れ。彼女はそこに書かれた、日付を読み上げた。
「音声入力」「日時:2010年9月30日―――」
2人は、機械中央の、最新型積層表示パネルを見る。
……見ている。
……少女はあくびをした。
……また、見ている。
……少女は白衣のポケットから、差し棒を取り出した。
……まだ、見ている。
……少女は差し棒を、伸ばしたり縮めたりしている。
「んー?」
「あれ? 反応しませんねえ」
「あ、
「えー? なにか、落ち度がありましたか?」
まだ若い男性としては、強靱な忍耐力といえる。
まあ、『僕は
「君じゃない。私だ。”私はバカなのか?”と聞いたのだ! ココには、音声入力機能など付いとらんわ!」
ビシッ!
青年に向かって突きつけられる、オレンジ色の差し棒。
「はは、そう言うことですか。でも、珍しいですね、
ホッとした青年が、感想を述べる。
「うむ。そんなのは、ココと君の事務所くらいのものだ。コレは、1960年代から改良し続けられ、2年前に
差し棒を伸ばして、自動工作機械を突いている。
「でも、改良し続けてきた割には、今の、主なインターフェースに対応できていないんですね」
「また、目の付け所が、良くなったじゃないか。秘匿回線を使う、音声入力システムの導入と共に、後方互換性、……古いシステムとの互換性を、一度切り捨てたからな。……そもそも、ファクトリー以前の履歴が、オンラインで検索できないから、ココに来たのではないかっ!」
青年を誉め、青年に解説し、自身に憤慨する少女。
「しかし、本日の私は、立って操作盤に向かう事も、出来ん訳だが、どうしたものかな。……そうだ! これなら、この自動工作機械4号なら、
「え? ほんとですか!?」
「1960年代当初の、インターフェース。アナログ作動式のパンチカードなんてモノまで、生きているからな」
彼女が棒で、指し示してしているのは、機械右端の部分。そこには、パンチ式のタイプライターが作り付けられている。
「アナログ作動式のパンチカード?」
アナログという単語に、興味を引かれたらしい、彼は身を乗り出す。
「君が発現する”
「やだな、魔術だなんて、全ての動作を停止させるだけですよ。でも、コレは、僕には荷が重過ぎます」
目の前の、操作パネルが敷き詰められた機械を見て、腰が引けている青年。
「本日の私では、全く役には立たんぞ? は、は、はは、……いだい」
足を持ち上げて落とす。鈍痛が続いているのだろう、また涙目になった。
「そう言うことなら、僕がやるしか無いですねぇ~」
「どうした? 急に乗り気じゃないか」
「……実は、僕、本当は、こういう機械装置なんかも、結構大好きでして。怒られないなら、是非一度、チャレンジしたいと、思っていたんですよね~」
「君、あまりニヤニヤするな。不安になる。真面目にやってくれ」
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