5:エアバイク
ギュイーーーーン!
ガチン! ガチガチン!
ドガンッドドン!
カンカンカンカン!
―――ヒュゥゥゥゥゥン、キッ! ココンッ!
小型の
ガチャリ。ガチャリ。バタバタン。
「昨日、ココ通ったときは、普通に木が生えていましたよ?」
青年と抱えられたネコが見つめる先、森を切り開いた空間。そこに、ブルーの長方形が、ちょうどぴったりのサイズで、建てられていた。
駐車場へ、入ってくる数台のバス。
中から出てきたのは、黒ずくめの集団。
手には大小さまざまな、道具らしき物を携えている。
「な、なにが、始まるんですか?」
「じつはな、
大きく手をかかげ、胸を反らす少女。
『フライング・プラットフォーム配備のお知らせ』
そこには、”
青年は、灰色猫をそっと、地面に放つ。それから、目の前にいる彼女と、看板を、見比べ、首をひねった。
「相変わらず、広報活動の時のアナタは、……どこかのご令嬢のようですね」
「そうだろう? そうだろーう?」
仁王立ちで、自分の晴れ姿を自慢する、”令嬢”なんて、まず居ない。
「ニャゥーー?」
「また、そんな事言って……」
「氏は何と?」
「いえその、……
「別にかまわんぞ? 正真正銘、コレは私だからなっ! 超っ絶にかわいかろう?」
「たしかに、メイクで目の隈を隠して、髪にクシを入れたら、別人ですからね」
プワーーーー♪
パァーーーー♪
仮設の舞台袖で、楽団らしきモノが、ウォーミングアップを始めている。
その近くに、様々なサイズの台車が並べられていく。
「何ですアレ? 本当に、空を飛ぶんですか?」
「飛ぶぞ。正確には、あらかじめ設定してある空間座標へ、マイスナー効果で絶えず、縫いつけるだけだがな」
「へー、さすがは主席研究員の、面目躍如と言った所ですねー。こんな技術レベルのモノ、僕達の地元では、到底お目にかかれませんよ」
青年の心底感心した表情を見て、
「既存の技術の、
「アレは、―――
「ニャニャニャガッ!?」
「そうですね、危なくないなら、そう言うのも出来るかも知れませんね」
「氏は何と?」
「アレに乗って、空中戦とか、ヤってみたいと言っています、たぶん」
「ニャーロン君の小柄な身体では、あの
「ニャ……ウン」
頭を抱える灰色猫。ネコにとっては、大ショックだが、その仕草は、とてもカワイらしい。
「超伝導体が、記憶できるのは設定平面に対して、水平方向だけだ。同一座標に短時間の間に、複数の機体が進入した場合も、反磁性が消失しかねんのだ」
「……何を言っているのか、全くわからないですが、まだニューロンには無理という事だけは、わかりました。残念ですが、今日は見るだけにしましょう、ニューロン」
アスファルトの上に寝転がり、ジタバタと抗議する灰色猫。
ニューロン!
声を荒げる青年に向かって、少女は指を
「最後まで話を聞きたまえ。見せたい物がある」
はい? ニャッ?
「実際に生産ラインに乗せる前に、どれだけ
ツナギを着た屈強な男たちが、なにやら箱を担いでやってきた。
真っ黒い、ジュラルミンケースが、青年たちのそばに、ゆっくりと置かれる。
少女の荷物である、小さなジュラルミンケースは、彼女の足下に転がっている。
「ごくろー」
パチ、パチン、ガチャ!
黒い箱を開ける
人が乗るには小さすぎる、全長1メートルも無い小型の、バイクの
「ニャアーーーーーーッ♪」
駆け寄ってくるネコ。
「有るんじゃないですかー、やだなあもう」
彼も猫の後ろから、興味深そうに眺めている。
「だから、最後まで話を聞けと、言ったんだ。空中戦は無理だがな」
「ニャガニャガアァーーッ!」
興奮したネコが、箱に敷かれたウレタン製の緩衝材を、
「氏はなんと?」
「コレは、形がバイクみたいでカッコイイ、と言ってます、たぶん」
「そーだよ。高速巡航型飛行席。いわば、エア・バイクだ」
アゴで指し示した先、楽団の横。高速巡航型の実物が、トレーラーから引き降ろされている。
「コレは、実機同様、実際に搭乗して、運転することが出来るぞ」
そう言って、箱の中の、小さなパーツを、どんどん青年に手渡していく。
「どうかね? 航宙研訪問がボツになった、せめてもの償いとして、
「よくこんな短時間で、用意できましたね?」
「いや、実機はセキュリティー班からの要請で、既に作ってあったのだ」
少女は、黒いケースのフタを、リズミカルに叩いた。
「
「これも……やはり、秘匿回線を使うんですね?」
灰色猫は、青年のスキを突いて、真っ黒いボールのようなモノを奪った。
ネコは即座に、開いた穴に頭を突っ込んでいる。
「もちろんだ。と言うわけで、
灰色猫の頭の後ろ、メインスイッチらしきモノを、指先で押してヤる
ブゥン、ピピッ♪
起動するネコ頭。
真っ黒いバイザー部分に、蛍光ブルーの二重丸が点いた。
その、二重丸は、ネコの視線を表しているようだった。動いているときは、丸がブレて中心点がズレる。一点を見つめると収束し、丸が小さくなっていく。
ネコの本能か、ソレにあわせて作られているのか、説明も無しに、ヘルメットを使いこなしている。
どちらにしても、付属品にいたるまで、相当な本気度で、仕上がっていた。
「こんな高そうなもの、頂けませんよ?」
「この小型化が、成功した時点で、元は取れている。既に代金は頂いたようなものだ」
「ニャユーー?」
ネコは、光る
「わー、判りました。では、ありがたく頂いておきます」
青年は二重丸に指先を突きつける。
「但し、ニューロンは、きちんと、
スピーッスピーッスピピーッと3呼吸。
まるで猫のような四足歩行で、少女に接近した。
「ニャユニャーッ❤」
「氏が何と言ったか、私にも判るぞ。私も、大好きだー! ニャーロン君! ニャーロン君!」
アスファルトへダイブしかけた、少女の襟首をつかんで、引き戻す。
「主席研究員である、アナタに何かあったら、研究所のみなさんが困りますよ」
「う、うむ、すまん。気をつける」
白衣の襟元を、自分で直している。
楽団のアップも既に済んで、あたりは来場客の喧噪に包まれていた。
「かっこいいじゃないですか。ニューロン、とても似合っていますよ」
青年は、ネコにベストタイプのハーネスを、しっかりと付けてやる。
二足歩行するネコは、サイバーなネコに変身していた。
「ニャッフウウン♪」
ネコはシッポを、高らかに持ち上げた。
「いたぁー、主席研究員ー!」
まるで、子供に話しかけているような、甘い声。それは、ついさっき、分かれたばかりの女性だった。
青年は、ソレが嬉しかったのかもしれない。歩み寄って声を掛けた。
「先ほどはどうも」
「あらぁ?
「陣です。
「あららぁ? ごめんなさぁい。私てっきり、看板に書いてあったから
「いいんですよ、よく間違われます。『砥述』が名前で、『文語解析事務所』が事業を表す屋号になります」
「はぁい、わかりましたぁ。陣さん、
目の前でしっかりと手帳に、メモっていたにも関わらず、女性は彼の名前を間違えた。
「まあ、いいです、……これ、緊急の場合は、どういう風に地上に降りるんですか?」
「バリュート、……風船がぁ、搭乗者とぉ、エンジンカウル部分からぁ、同時に出ますよぉ」
新任研究員という話だったが、彼女は既に研究員としての実務に就いているようだった。見かけより、ずっと優秀なのかも知れない。人の名前は覚えないが。
「上空50メートルまでなら、どんな形で落下しても、かすり傷一つせんから問題はないぞ」
「―――という事だそうですが、万が一の時は自己責任ですよ? 了承しましたか?」
「ニャッ!」
「はい、では気をつけて楽しんできてくださいね、よっと」
青年は、一抱えはあるエア・バイク本体を、箱から出す。
バイク本体に付けられてた、スタンドが独りでに降りる。
ゴトン。エアバイクは無事、地面に置かれた。
分厚い手袋をした
カウル上部のタンク部分に、液体は注ぎ込まれていく。ソレを見た、青年が問いかける。
「それが、燃料ですか?」
「コレは緊急時冷却用の、液体窒素だよ、君」
「燃料はぁ、こちらでぇすぅ」
女性がポケットから取り出した、
その2個入りの、パッケージを開封する。
バイクのシートを開けて、奥に開いている穴に、2個とも落とす。
キュッキュッキュ! パコン!
「ニャーロン君、このスタートボタンを押してくれるかね?」
青年を振り返る灰色猫。
彼は、にこやかにうなづいてヤる。
「ニャーッ」
瞳を輝かせ、ネコは肉球を『GIVE YOU LIFT』と書かれたボタンに、押し当てた。
シュコーーーーーーッ!
コッコッコッーーココーココンッ!
「MAGLEV RIDE SYSTEM ALL GREEN―――」
カウルから発せられる合成音声に、飛び退いて距離をとる
「主席ー、Mライドシステムー、無事起動ぉしましたぁよぉーっ!」
「当たり前だ。私が手ずからプログラムしたんだからな」
そう言って、いつも持ち歩いている、小さなジュラルミンケースを開けた。
その中には、曲がった棒のようなモノが、緩衝材でぴったりと固定されている。
それは、エア・バイクの様な、精密機器なのかもしれない。
青年は身構える。
彼女はソレを取り出して、黒い箱に残っていた、小さなアダプタを取り付けた。
先端のボタンを押し込むと、ライン状のパイロットランプが点灯した。
ピピピッ♪
「音声入力」「マウスコンフィグ設定」「前進後退:可動域セット」「左右旋回:可動域セット」「上昇下降:可動域セット」「ヨーイング:可動域セット」「ハングオン:可動域:強:セット」
それはどうやら、
正確を期すなら、先端にも短い関節があり、最大で3×2方向。ねじる動きもあわせれば、結構な量の入力が出来そうだった。
主席研究員は、型の鍛錬に励む、格闘家のような動きをしている。
マウスの可動域に対応する動作設定は、30秒ほどで終了した。
「では、動作チェックがてら、デモンストレーションと、いこうではないか」
直立していた、エアバイクが、1メートルほど持ち上がった。
「おっ?」「ニャッ!?」
次に、小さくマウスを振り回す。
エアバイクは姿勢を変えずに、一方向を向いたまま、8の字を描いた。
次に、引き出した新しい関節の先を、ねじっては戻す動きを継続している。
エアバイクは、旋回しながら、上空へ昇っていく。
バイクを見上げる一同。
エアバイクは、スラロームを描き、その傾斜角を深くしていく。
そして、真横に一回転。
瞬間的に、左右、前後、上下、への、ブレ幅を大きくしていく。
その、周期に変化はないため、次第に瞬間移動じみた、高速の挙動を見せる。
沸き上がる歓声。
気づけば、仮設の長いすには、大勢の人が着席していた。
「これはSF映画でも、見ているようですねー」
いつの間にか、演舞飛行は、観客上空で、展開されている。
「じゃ、ラスト」
6個に分かれて見えていた、エアバイクが収束し、キリモミで落下、仮設ステージ上空を駆け抜け、ネコの元へ帰ってきた。
そして、トルクが掛かっているらしい、最後に引き出した関節を、力を込めるようにして押し曲げていく。
エアバイクは、めちゃくちゃに回転しながら、上空から転げ落ちてくる。
「これなら、空中戦、出来るじゃないですか?」
「ぐぐぐ、何を言っている?
科学者としての
ドガン!
自動的に、降りたスタンドで着地する。
ギャリギャリギャリリリッーーーーーッ!
アスファルトの上に散る火花。
エアバイクは、ネコの手前で停止した。
「ふう、ふう、これは、立体的な機動ではない。デモンストレーション用に、すべての挙動を前もって、設定してある」
ふーーーーーっと息を吐いた、少女は緊張を解いた。
「へえー。だから、ステージ上空で、飛び回っていたんですねー」
「そうだ。まだ、複数台での、アクロバティックは無理だ。たとえ、複数台分すべての機動を、設定したとしてもだ」
「あでも、ニューロンは、満足したみたいですよ」
「ニャーロン君、そのメットで見ていた、君用のチュートリアルにもなっていたのだが、基本操作は理解できたかね」
「ニャッ!」
ネコはその場で、中腰になり、手足をカクカクと動かした。
「ははは、よろしい、今回は、平面飛行と旋回スラロームしか出来ないが、我慢してほしい」
会話もそこそこに、ネコは颯爽と搭乗した。
「はぁい、じゃあぁ、せっかくなのでぇ、来賓のぉ方たちにーお披露目いたしましょうー」
女性は、ヘッドセットからの指示を受けたようで、仮設ステージの方へ駆け寄る。
そして、腰に付けられていた、短い棒を取り出した。
「コォォォーン、ザザッ、―――本日の特別ゲストォ、灰色猫のニャーロン君とぉ、そのご主人様のぉ
棒は、3Dマウスの類いでは無く、高性能マイクだった。
そして彼女は、間違って覚え直した名前を、再び間違えた。
「あー、陣です。
青年は、
「そして、本日のぉ立役者ぁ、設計開発のぉ、
「は、は、は、は」
少女は、無表情のまま、ステージに上がり、手を振った。
ウワァァァァァ―――パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
盛大に拍手が、わき起こるが、彼女はそのまま素通りして、階段を下りて行ってしまった。場の空気が、数度下がる。
「か、
会場は、再び拍手で、埋め尽くされる。
「
「はい、わかりました。じゃあ、―――ニューロンのこと、お願いしてしまって大丈夫でしょうかぁ!?」
青年は、ステージに上がった女性に、確認する。
「はぁい、お任せくだぁさぁーい!」
女性は、マイクを通したまま、返事をし、下手くそな敬礼をして見せた。
ネコは、その隣、地上30センチを飛行中。
青年は、相棒である、灰色のテストパイロットに、手を上げて見せた。
ネコは、エアバイクの操作に忙しいのか、無反応だった。
「さてー、ココからの演目ですがぁ、なぁんと、先ほどご紹介したぁ、灰色猫のぉニャーロン君がぁ、初めてのぉ飛行を見せてくれまぁーす!」
女性のステージ向きな甘い声が、背後から聞こえてくる。
「ニャーロン君は、本日が初めてのフライトですが、意気込みをどうぞ!」
「ニャニャンヤーッ?」
「あらぁ、ニャーロン君? なぜに疑問系ー?」
歓声が上がっている。
「こっちだ」
白衣をひるがえし、先に進んでいってしまう少女を、彼は追いかける。
「道なんて無いじゃないですか」
「いいから来い」
「あ、ケモノ道がつづいてるんですね」
「でも、こっちに建物なんて見あたりませんでしたけど?」
「ふむ。ちゃんと資材のための、搬入口がある」
すぐに木がまばらになり、舗装道路へ出た。
「コレを戻ると、さっきの駐車場に、繋がってるんですね、おっと」
背後を振り返っていたため、彼は
先を見ると、小さなゲートが降りている。
常駐するための、詰め所の類は見あたらない。確認用のモニタが設置されているだけだ。
「
言うが早いか、彼女はゲートへ向かって突進した。
カラン、カッカッカッカカカカッ、バチーン!
とっさに、
「なにしてるんですか! 怪我したら、どうするんですか!?」
「待って待って、もう一回!」
「ええい、どうしてこう、飛び抜けた人間ってのは、子供みたいなとこが……」
「なんだと! こ、この前は、ちゃんと、飛び越えられたぞ!?」
「えっと、それ、サンダルのせいですよ、またあとで挑戦しましょう」
彼は、有無をいわさず、少女を抱えて、ゲートバーを飛び越えた。
少女は自分で持っていた、3Dマウスのジュラルミンケースを頭にぶつけた。
「わ、大丈夫ですか!? すみません、すみません。痛かったですね」
次第に、赤くなっていく少女。彼女は、青年を突き飛ばすようにして、ケースを押しつけた。
「ええい。大丈夫だ。いくぞ」
少し歩いた先に、真っ白い平屋の建物が見えてきた。
森の木々の方が高さがあり、近寄らなければ周囲からは見えない。
「……君、ちゃんと、件のフォルダは持ってきているかね?」
そこそこの距離を歩いてきたが、本日、彼女の息は上がっていない。
今日はひときわ、体調がよいのかもしれない。
「はい、あります」
彼は、メッセンジャーバッグを、ポンポンと叩いてみせる。
預かったケースも、肩から提げていたため、ガチャガチャとうるさい音を立てた。
現在地点はちょうど建物の角。
左手側には、小さなドアが3カ所。
右手側には、トレーラーが直接付けられる大きな搬入口がある。
「こっちだ」
少女は真ん中のドアを開けて、入っていってしまう。
青年は慌てて追いかけた。
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