第6話

辛苦と快楽の混沌。スポーツの真髄だろう・・・。

マコトを代表に送り出して臨んだ十二月二十五日のクリスマス、全日本学生の一回戦、相手は九州体育大学。後半二十三分、敵のコーナーキック。

私はニアのゴールポストに立ってデフェンスに回り、相手の長身の七番とユニフォームを引っ張りあって主導権を争った。

蹴られたボールは激しい回転でカーブがかかりゴールに向かい私の上にくる。このまま後ろにいかせてはまずいと思った私は、思い切って真っ青な空に丸い影のように見えるボールに向かって飛んだ。

その瞬間、目の前が真っ黒になる。随分長い間気を失っていたような気がしたが、目がやっと開くと皆が私の周りに立って、私を見下ろしていた。

「あ、生き返った」

キーパーの順子が言った。

左サイドバックの美和子が心配そうに、

「なんか、今日子、ネギ坊主が落下するみたいだったよ・・・大丈夫?じゃないみたいね」

ネギ坊主の落下って、いったいどんなイメージなんだか・・・どうやら、私は相手の七番、これが男みたいな体をしているヤツにコーナーキックのボールを競って吹っ飛ばされた模様だった。クラクラしている頭に冷えた水を思いっきりかけたのは寛子だった。寛子が言った、

「今日子、肩からもっこり骨が出てるよ・・・鎖骨が飛び出しそうぅ。うわぁっつ気持ち悪りぃ」

人が苦しんでるのに、うわぁ気持ち悪りぃは無いだろう、と声に出したくとも、そんなことに腹を立てるゆとりもなく、私はだんだん体中に痛みが回ってきた。

「鎖骨が飛び出てるだとぅ・・・」

確かに右腕がちぎれたように痛いし気持ちも悪いが、ぶっ飛ばされカッ飛んで落ちた時に頭か背中を打ったせいだろう。頭もまだクラクラしている。

おばあちゃんが、トレーナーから貰ったスポーツトラブル救急マニュアルを片手に走ってやってきた、

「こりゃ、見事な鎖骨複雑骨折だね、これは。うん、間違いない。直ぐに冷やしてテーピングで固定。ま、骨折だから、救急車じゃなくてタクシーで近所の病院に行けばいいね、うん」

可愛い孫の大怪我だというのに、おばあちゃんは随分冷静にモノを言う。それというのも、この三年間、ひと月に一回は誰かが大なり小なりの怪我をしていた。それを世話するのがマネージャーたるおばあちゃんの役目であるから、そこらのスポーツトレーナーにも負けて劣らぬほどの知識を身に付けていた。

「プレート入れるか、自然治癒で時間をかけてじっくり治すか・・・どっちにするかねぇ。まぁプレート入れれば直ぐに肩も回るようになるけどね、一週間は入院しなくちゃいけないからねぇ」

ベンチで私にテーピングを施しながら、おばあちゃんは手術か否かの二種選択を迫った。

最悪なクリスマスだった。全く神も仏もありゃしないと、おばあちゃんは言うが、そりゃ、私の言葉だと思った。


私はプレートを肩に入れることにした。折った鎖骨が利き腕の右側だったからっていう理由もある。プレートを入れた方が早く腕を動かせるようになるし、手術の傷もほとんど残らないと、プレートを入れる手術に決定。自然治癒をするのも悪くはないが、三ヶ月腕を吊って過ごすのはあまりに辛く、卒業後の進路なんぞは代表騒ぎで全く上の空なもんで、早く治して就職活動でもせにゃいかんと、善?は急げと年末から入院、でも正月休みが入るので結局十日間ほどの入院になった。ま、ゆっくり年末年始をテレビ三昧で静かに病院で過ごすのも悪くないかと思うようにした。

でも、プレートを抜くのでまた三、四日の入院も必要で、二回の入院を通して恋でも芽生えて玉の輿就職なんて優しさ溢れる慶応医学部卒の若い先生との出会いに期待をかけた。



チームは何とか私が犠牲となった九州女との戦いには、延長にもつれ込むも根性で二対一でものにしたが、二回戦でコロッと筑波学院に負けてしまった。自分で言うのも何だが、中盤の要の私と前線の獣のマコトがいない飛車角落ちではしょうがない。

私達、お嬢様チームの頑張りの影響でもあるまいが、最近、女子サッカーのレベルが急激に上がっていた。生半可な力ではベスト八レベルに勝ち上がることは至難の業だった。

これで何となく、超何となく、私のサッカーはジ・エンドとなった。


病室から見る正月の神宮の空、ちぎれた雲がぽっかり浮かぶ。

虚脱感だけが漂う私だった。

みんな、お見舞いに来てくれたが、前みたいに活性しない。

卒業を控え、それぞれの旅立ち前の不安を隠す静けさか、ひとつのボールを必死に追いかけた私たちの青春最終章の空しさが漂った。

FMからは去年の最後の合宿で流行ったサザンの「太陽は罪な奴」が流れていた。


「スポーツって本当に素晴らしいねぇ、夢と勇気と元気の源だよ、今日子」

「ほんと、素晴らしい大学四年間だったかも・・・スポーツ、やっぱ良いね、おばあちゃん」

「でも時に、それは人を傷つけ、毒にもなってしまうからね・・・」

「おばあちゃん、もう、私は代表落選のショック、ないよ。大丈夫だよ、気なんか使わないでよ!」

「そりゃ良かった。スポーツはさ、勝ちと負け。時に辛く、時に楽しい人生そのものだねぇ」

「そんな大袈裟な」

「だから、今日子、人生もスポーツも面白いんだけどね」

「おばあちゃんと私のサッカー、あの晩からだよね、始まったのは」

「ドーハの悲劇、あれがあるから今があるか、かね。いろいろあるよ人生はさ、今日子。ま、何はともあれ今を一生懸命に生きるが大切さ」

「うん」

「若いうちにしかできないことをさ、ちゃんとキッパリやりなさい、ね、今日子」

元旦、二人で震えながら屋上に出て国立競技場の天皇杯決勝の歓声を耳にしながら、しみじみ言ってくれた。


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