お婆ちゃんの愛したサッカー

高橋パイン

第1話

その時、私はアメリカに住んでいた。ロサンゼルスの南、海岸沿いの街、レドンドビーチ。そこに住んで、もう三年になる。理由は夫の仕事の関係。夫は日本の自動車会社に勤務、三才と六才の娘も一緒。下の娘はこっちで生まれたから、アメリカの国籍も持っている。

二人とも、いや私も入れて三人は地元の女子サッカーチームに入っている。私はそのチーム「ホーソン・ガールズ・サッカー・クラブ」の小学校低学年チームのコーチをやっている。アメリカは女子サッカーが盛んだが、うちの娘二人、並み居るライバルの中では、親馬鹿ながら。かなり上手い。上の娘はレギュラーでしっかり中盤を仕切っている。


もちろん、私が住むロサンゼルスには日本語専門のケーブルチャンネルはある。でも、ニュースを除けば、流れている番組と私が見たい番組のギャップはなかなか埋められない。それがオリンピックなどの国際的イベントの生中継はなおさらで、今、やっている北京オリンピックの放送は時差の関係もあるし、放映権の問題もあるのだろう、アメリカで目玉の日本人選手の活躍を生中継で見るのは至難の技だった。アメリカのテレビ局は連日、アメリカ選手が活躍する種目を放映するわけで、日本人選手の活躍などは全くをもって希薄な事象であった。ま、日本に住むアメリカ人とて同様の悩みがあって当然だが。


北京オリンピック。私はどうしても見たい、応援したい種目があった。それはもちろん女子サッカー、なでしこジャパン。

一次リーグ、第一戦、格下のニュージーランドに引き分け。初戦の緊張か、やばいところで二点差を追いついた。日本の男子代表の試合で二点差も離されれば、もう溜息交じりに諦めもする展開だけど、「なでしこ」の試合振りは、いつも「絶対やってくれる!」みたいな安心感が漂うから不思議で、その彼女たちの根性に私はいつも拍手を贈っていた。

アメリカにいる私がどうしてこのこれらの試合をオンタイムで応援できたかといえば、それはインターネットのフル活用、といってもかなりの部分はいたってアナログ的。高校は波乗り、大学からはサッカー仲間だった由美に頼んで、由美の家の自慢の五二型テレビの大画面にスカイプのカメラを北京からの生中継テレビ画面に向けて私のパソコンに中継して貰ったのだ。この極めてアナログ的いえばアナログ的なIT駆使観戦、多少の画質の悪さは気にしない。


第二戦の難敵アメリカには〇対一で惜しくも負けたが、ここで負けたら予選リーグ敗退の崖っぷちの第三戦のノルウェーには五対一で大勝して決勝トーナメント進出を決めた。

準々決勝で地元中国に二対〇で圧勝してベスト四進出。男子のオリンピック代表は三戦惨敗で早々姿を消していたが、「なでしこ」は違った。アメリカ型でもない、欧州型でもない、南米型でもない、日本なでしこオリジナルの闘い方でチームは勝ち進んでいた。

準決勝のアメリカ戦は二対四で落とし、三位決定戦のドイツ戦も超善戦するも最後は地力の違いで〇対二。結局、日本サッカー史上四十年ぶりのメダル、釜本さん達がメキシコ五輪で取った銅メダルには手が届かなかった。でも、彼女たちの全六戦を通した闘いぶりは最高だった。

最後のドイツ戦。私は感動に咽びながら、ロスの早朝午前七時、一人パソコンの前で大きな拍手と歓声を発しながら応援していた。そんな母親の姿を何事かと眠い目をこすって起きてきた上の娘の姿を気にしつつ。

そして、試合終了のホイッスル・・・・がっくり肩を落とす私。現場でもっと、もっと落胆しているであろうパソコンのモニターの中のメダルを逃した選手達は、涙を堪えて空を仰ぎ、グランドに仰向けで倒れ込んで放心状態の選手もいる。そんな選手達を見ると私は胸が熱くなった。

今は亡き私の祖母、好江おばあちゃんの写真がパソコンの横、可愛いピンクの盾に入っている。その写真に私は両手を合わせて感謝した。

「おばあちゃん、彼女達、頑張ったね~、四位だもん、凄いよ。そうそう、メダルはさ、次のロンドンで期待しようね!」

間違いなくこの四位という結果に悔しさと満足感の混じった複雑な心情ながらも、満面の笑みで「なでしこ」の面々を称えているであろう、天国のおばあちゃんの姿を私は思い浮かべた。


北京からの映像は最後にベンチ全体を左から右へ流すように映し出す。私は目を皿にして一人の選手を探した。

「あ!いたぁ」

私は叫んだ。サブのメンバーである私の親友、田崎マコトを発見した。テレビを通して紹介される時の名前は旦那の苗字の西田マコト。

「あー、泣いてるよ、マコト。似合わねー」

マコトは人目を気にせずに号泣していた。

オリンピックに出発する前日、マコトから連絡があった。いつもはメールの連絡なのに、その日は珍しく国際電話。

「もう、今日子、膝が駄目だよ。注射で騙し騙し。北京が終わったら、もう、この膝もヤバイね。それにさ、子供の世話も、もう、親には頼れないじゃん」

彼女にとっては最後のオリンピック、最後のサッカー、北京に行く前、私にだけきっちり引退宣言をしていた。そんなマコトの涙が嬉し涙なのか・・・。

一瞬カメラが捉えたマコトの涙、今度は私の番、堰を切った私の涙は止まらなかった。急な号泣に娘が心配そうに私に声をかける、

「ママ、だいじょうぶ?」

 私は涙目をして言った。

「サッカー、バンザイ!」

娘はきょとんと洗面所に姿を消した

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